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始まりの書状

 サクラはすぐに担架に乗せられ、私も付き添って医務室へと向かった。中では医師と聖職者が待機しており、治療は驚くほど迅速だった。けれど、サクラはまだ目を覚まさなかった。きっと連戦の疲労が一気に出たのだろう。回復魔法(リカバリースペル)は怪我は治せるが、疲労感が軽減されることはない。このあたりは現実に忠実のようだ。


 安らかな寝顔を見ていると、私の方まで気が緩みそうになる。そのとき――医務室の入り口から、何やら騒がしい声が聞こえてきた。


「サクラ様! サクラ様はどこだ! 中へ入れろ!」


 ……あの声は。間違いない。サクラの自称“元”婚約者、シグナスだ。私は深いため息をつきながら、騒ぎの元へと向かった。案の定、シグナスが部下の聖騎士たちに取り押さえられて暴れていた。


「おおっ! シノブさんではありませんか! サクラ様は無事ですか!?」


「……シグナスさん、もう少し声を抑えてください。サクラは無事です。今は熟睡してますから」


 私が小声で伝えると、シグナスはほっとしたように肩の力を抜き、大人しくなった。聖騎士たちも気まずそうに頭を下げる。


「そうですか……それは良かった。……あと、1時間後に授賞式と閉会式が行われますので、ご参加をとお伝えください」


「はい、了解しました。……あっ!?」


 大事なことをすっかり忘れていた。賭札の払い戻し……!


「えっと、シグナスさん。サクラは奥にいるので、ちょっと見ててもらえます?」


「おお、もちろん! お任せを!」


 シグナスは張り切って敬礼すると、意気揚々と医務室の奥へと向かっていった。……本当に大丈夫だろうか? まぁ、傷は治ってるし、他の聖騎士たちもいる。何かあれば止めてくれるはず。私は足早に賭博カウンターへ向かった。人の波は試合前に比べてずいぶん少なく、すぐに窓口へとたどり着けた。私はギルドカードと賭札を差し出し、再度受け取ったカードを見た瞬間、――腰が抜けそうになった。


 総額:1億7400万6866ゴールドと記載されていた。2人分で分けても、8700万ゴールド。これは、はっきりいって相当な金額だ。ゲームではある程度やり込んだ後になると、資金の使い道なんて装備強化用のレア素材を、オークションで購入するくらいしか使い道はなかった。だけど、ここは現実世界と同じく、お腹も空けば、疲労回復に睡眠も必須だ。食費に宿代、生活にかかる金は馬鹿にならない。


「冒険者」と言えば響きは良いけれど、実態は住所不定の“日雇いフリーター”みたいなもの。ランクを上げて名が売れれば“個人事業主”っぽくなってくる……そんな立ち位置。そもそも冒険者ギルドって、現実世界の単語に置き換えるなら――そう、“職業安定所”ってところだろうか。……そう思った瞬間、一気に現実味が増して、少し萎えた。


 まぁ、ひとまず。これだけの額が手に入ったなら、当面の生活には困らない。私は心の中でガッツポーズを決めながら、医務室へ戻った。……が、戻った瞬間、目に入った光景に思わず立ち止まる。すでにサクラは目を覚ましていた。その隣のベッドには、顔面を腫らして倒れているシグナス。そして、2人の聖騎士が、黙々と回復魔法(リカバリースペル)をかけているところだった。……いやいや、なにがあったの。ほんの数分だよ?


「ど、どうしたの……これ?」


 私が呆気にとられて尋ねると、サクラは明らかに不機嫌そうな顔で答えた。


「目を覚ましたら、こいつが抱きついてきたので、本気で殴っのでござる」


 ……いやいや、本気で殴ってこれで済んでるの? 腕力極振りのサクラの一撃を食らって生きてるなんて、それだけで奇跡だよ。シグナスはもっと自分の防御力に自信を持っていい。


「おはよう、サクラ。おつかれさま。すごく頑張ってたよ。……ほんと、格好良かった」


「……な、なんか、シノブ殿に褒められると……照れるでござるな」


 めずらしくサクラは本当に照れていた。そういえば、あまり面と向かって褒めたことなかったかも。サクラはすっかり元気を取り戻していて、衣服の自動修復ももう完了しているようだった。


「ねぇ、これ見て!」


 私は嬉しさを隠しきれず、緩みきった顔でサクラにギルドカードの残高を見せつけた。


「1、10、100、1000、万、10万……い、1億!? な、なんで!?」


 サクラは目をこすりながら、何度も金額を確認していた。それも無理はない。もともと私たちの合計貯蓄はたったの249万だったんだから。サクラは試合に集中していて、毎回の払い戻し額なんて気にしていなかったし、そりゃ驚くのも当然。一通り2人で喜びを分かち合ったあと、私は「もうすぐ授賞式と閉会式があるよ」と伝えた。時計を見ると、すでに開始20分前。私たちはシグナスを医務室に放置したまま、急いで会場へと戻ることにした。



 ――そして時間通りに、授賞式が始まった。会場は立錐の余地もないほどの観客で埋め尽くされ、全員が起立し、厳かな空気の中で整列している。国王陛下もすでに姿を見せており、その傍らにはクリスの姿があった。近衛兵たちが各所に配置され、厳重な警備体制が敷かれているのがひと目で分かる。


 大会に参加した選手たちも壇下に並んでいるが、その中にシグナスとスカウトの姿はなかった。シグナスは医務室にいるけど……スカウトの方は、どこに行ったんだろう。まぁ、見た目からしてサボりそうではあったけど……。


「――皆さま、静粛に! これより第13回オスロウ国武闘大会の授賞式を執り行います!」


 司会者の高らかな宣言とともに、観客席から盛大な拍手と歓声が巻き起こった。


「見事、数々の強敵を退け、今年の頂点に立ったのは――“鮮血の桜舞う呪い姫”こと、サクラだッ!」


 司会者の高らかな叫びが場内に響いた瞬間、紙吹雪が宙を舞い、観客席からは地鳴りのような歓声と拍手が巻き起こった。新たな英雄の誕生に、笑顔と祝福の声が咲き乱れる。


 サクラは堂々たる足取りで赤絨毯を進み、脇に控える近衛兵に刀を預けると、国王陛下の前で片膝をついて頭を垂れた。さすがに2度目の式典ともなれば、空気を読むことにも慣れたのだろう。少しばかり心配していた私は、ようやく胸を撫でおろした。


「それでは、王都オスロウを治める国王陛下より、優勝者・サクラ選手へ、トロフィーの授与をお願い申し上げます!」


 ファンファーレが鳴り響き、場内の観客たちが一斉に(こうべ)を垂れる。静寂の中を、荘厳な足音が響く。国王はゆっくりと玉座から立ち上がり、サクラの前へと歩み寄った。そして宰相から、細やかな彫金が施された白銀のトロフィーを受け取る。


「顔を上げることを許す」


 宰相の声に従い、サクラが静かに顔を上げる。その視線の先に立つのは、荘厳な威容をまとった国王――。ただし、ゲームの知識では“既に魔人に入れ替わっている”はずの存在だ。次の章でプレイヤーを絶望へと叩き落す、隠されたボス。今、目の前にいるこの男がその魔人だとしたら……。まさかこの場で殴りかかったりしないよな? ――私は、ほんの少し不安になった。国王の口からは、静かで威厳に満ちた言葉が紡がれる。


「よくぞ、ここまで勝ち抜いた。貴殿の戦いぶり、しかとこの目に焼きつけたぞ。妖艶にして迅速――その刃は、まるで夜の月が闇を裂く一閃のごとし。オスロウの誇り、この大会の名誉を背負うに相応しい者よ。ここに、第13回武闘大会の優勝者として、貴殿に栄誉を授ける」


 サクラは静かに一礼し、両手でトロフィーを受け取った。


「……謹んで、お受けいたします」


 ――その瞬間、再び湧き上がる歓声と拍手。祝福の嵐が式典の会場を包み込んだ。こうして、戦いの火蓋が下ろされ、栄光の名は刻まれた。“鮮血の桜舞う呪い姫”サクラの名は、オスロウの地を越え、世界中に鳴り響くこととなる――。


 その夜、私たちはジェイコブ卿の屋敷へと招かれた。サクラの優勝を祝うために、卿が盛大なパーティーを開いてくれるという。屋敷に到着すると、すでに宴の準備は整い始めていた。


 私とサクラは、ずらりと並ぶ20名ものメイドに囲まれ、奥の部屋へと案内される。「まずは湯あみを」と、彼女たちは私たちを浴室へと誘う。しかし――当然のように同時入浴を求められ、私は慌てて制止した。


「申し訳ないけど、私とサクラは入浴の時間をずらしてください」


 サクラは不満げに頬を膨らませ、子供のように駄々をこねたが、私は断固として拒否。先に彼女を入浴させることにした。……この際、ネカマだと暴露してやりたいくらいだ。


 その後、なかば強制的にドレスアップされ、サクラとともにパーティーの主役として大広間へと送り出された。屋敷には数多くの貴族たちが招かれており、規模は先日の壮行会など比にならない。豪奢な衣装に身を包んだ令嬢や紳士がひしめき合い、祝福と賛辞が飛び交っていた。


 その中には、フォーマルな礼服に身を包んだシグナスの姿もあった。彼はまるで護衛騎士のように、ひたすらサクラに張りついて離れようとしない。私はというと、潜伏と抜足を駆使して人目を避け、卓の影から料理だけはしっかり楽しんでいた。優勝者はサクラだ。私は壁の花で十分だろう。パーティーは夜更けまで続き、やがて宴は最高潮に達していた。


 ――翌朝。


 ジェイコブ卿の屋敷に、国王陛下からの使者が現れた。一通の書状を携えて。なぜか、私とサクラは卿に呼び出され、その書状の内容を共に確認することになった。そこには、隣国ハイメスからの宣戦布告と、それに伴う国家会議への出席要請が記されていた。そして――参加者一覧の中に、私とサクラの名が連なっている。サクラはともかく、なぜ私まで?


 優勝者としての彼女が重要視されるのは理解できる。だが、私が国家レベルの会議に呼ばれる理由など、あるはずがない。だが、なにか――この世界を動かす“見えざる力”の存在を、私は直感していた。


「どうやら……本当に物語通りに話が進んでいるようでござるな」


「――“隣国戦争編”だね」


 書状を見つめながら、私たちは無言でうなずき合った。そして、ジェイコブ卿と共に、オスロウ城へと向かうこととなった。

お読みいただきありがとうございます。

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