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奇跡の協奏

 私とサクラは、あてもなく会場内を歩いていた。その理由は――私が、世紀の大失態をやらかしたからだ。第1試合で、手持ちの全財産をサクラに賭けて約3倍に増やした。その時、うかつにも、勢いに任せて次のサクラの試合に全額を賭けてしまったのだ。第2回戦は午後からなので、それが終わるまで私たちは完全に無一文。――すなわち、お昼御飯が食べれないのだ。


 今から街の雑貨屋に行って道具を売る……なんて時間もない。仕方なく、舞台外の芝生に寝転がり、青く澄んだ空を流れる雲をぼんやり眺めながら、平和をかみしめていた。


「失礼します。サクラ様、シノブ様。ただ今、お時間よろしいでしょうか?」


 声をかけてきたのは、ジェイコブ卿の身の回りの世話をしている執事長――『ルドルフ』さんだった。どうやら貴賓室から私たちの姿が見えたらしく、「よろしければ一緒に食事でも」とのお誘いだった。まさに渡りに船。私たちは喜んでそのお誘いに乗ることにした。


 闘技場の上部にある貴賓室は、豪華な装飾品に彩られ、足元の絨毯も一級品の柔らかさだった。とても闘技場内とは思えないような、上品で静かな空間。


「これはこれは、サクラ様、シノブ様。ようこそお越しくださいました。第1回戦の見事なご活躍、拝見いたしましたよ。いやぁ、実に素晴らしかった!」


 ジェイコブ卿はサクラの手を取り、感激したように声を弾ませた。……実際には、あの巨大な胸で抱きしめただけなのだが。私はルドルフさんに案内され、先に席へと着いた。目の前にはシルクのテーブルクロスにナプキンが広げられ、色とりどりのサイズのナイフやフォークが綺麗に並べられている。


 えーっと、確か……料理に合わせて、外側から順番に使っていくんだっけ? うろ覚えのテーブルマナーを思い出しながら、ちょっとだけ緊張する。ほどなくして、サクラとジェイコブ卿も席につき、私たちは3人で昼食をいただくことになった。


「サクラ様の最後の技、あれは一体なんという技なのですか?」


「んん? ……あれは――拙者の身体を流れる“気”を、相手に送り込んで気絶させたのでござる」


 ……また適当なことを言ってる。「色気」とでも言いたいんだろうか。でもジェイコブ卿は、完全に信じ込んでしまっていて、目をキラキラと輝かせている。


 私は、目の前の前菜を平らげてから、次に差し出されたメインディッシュの霜降りステーキにナイフを入れた。肉厚なのに、ナイフがスッと通る。見事なミディアムレアの焼き加減に、ふわっと広がるソースの香りが食欲をそそる。断面が照明に照らされてキラキラと輝き、したたる脂とソースが絡み合って――まるで芸術作品みたいだった。なんだか、食べるのがもったいないって思えるくらい、すごく綺麗で。私は震える手でフォークを持ち、ゆっくりと口元に近づけて、そっとその一切れを頬張った。


 ……もう、衝撃だった。ちゃんと繊維があって「肉!」って感じなのに、噛んだ瞬間にとろけていって、そこに肉汁とソースが合わさって……。もう、口の中がオーケストラみたいだった。いろんな音――じゃなくて、いろんな味が、バラバラじゃなくて、ちゃんとひとつになって、響き合ってる感じ。ああ……幸せ……。現実世界では、こんな味、食べたことない……。これはもう、奇跡の協奏――そんな感じ。


「このステーキ、うまいっすね! いくらでも食べられそうでござる!」


 私の感動をぶち壊すような、ノンデリカシーな声が横から響いた。ジェイコブ卿は笑って受け流していたけど、なんとなく引き気味な様子が顔に出ていた。……あとで、ルドルフさんにテーブルマナーの講師を頼んでみようかな。


「ほら、口の端が汚れてるよ。もう……」


 私がナプキンで口元を拭いてやると、サクラは少し照れながら「かたじけないでござる」と微笑んだ。……こういうところが、なんだか憎めないんだよね。


「シノブ様も大会に出場できていればよかったのですが……。さすがに、私情で2人をねじ込むことはできませんでした」


 ジェイコブ卿が、少し申し訳なさそうに苦笑する。いくら有力貴族でスポンサーとはいえ、特例を何度も使うのは難しいだろう。特に、私はサクラみたいに目立った活躍をしたわけでもないし。


「いえいえ、私なんて……たいしたことないですよ」


 私が謙遜すると、ステーキを食べ終えたサクラが、フォークをジェイコブ卿に向けて突き出した。


「――シノブ殿が出場していたら、たぶん優勝していたでござるよ」


 サクラが真剣な表情で言うものだから、ジェイコブ卿はその気迫に思わず息を呑み、ゆっくりと私に視線を向けた。


「シノブ殿は、拙者でも即死するほどの暗殺術と、どんな攻撃もかわす体術と忍術の使い手でござる」


「……間違ってはないけど、それ、私のイメージが悪くなるじゃん」


 確かに、他の職業に比べて侍は状態異常への耐性が低いから、私の特殊技能で運よく倒せることはあるかもしれない。でも、それは相手が対策していない場合に限る。サクラが自分の弱点をそのままにしているとは思えない。……まぁ、サクラの攻撃を全部かわすことくらいは、たぶんできると思うけど。


 そんな話をしていたら、ジェイコブ卿は私にも興味を持ったらしく、いろいろと根ほり葉ほり聞かれることになった。でもそのおかげで、緊張もすっかりほぐれて、けっこう楽しかった。


 食事をご馳走になったあと、サクラはジェイコブ卿に「必ず優勝するでござる」と力強く宣言し、貴賓室をあとにした。私はこっそり残ろうとしたけれど、サクラにぐいっと引きずられ、再び会場へと戻ることになった。



「ああ……麗しきサクラ様、こちらにおられましたか」


 私たちは闘技場の通路で、サクラの婚約者とエンカウントした。相変わらず大げさな動きで、サクラの前に膝をつく。シグナスは壊れていた鎧は脱ぎ、気品のある白い制服を身に纏っていた。それを見ていた彼の取り巻きの女性たちが一斉にどよめき、サクラに向けて敵意のこもった視線を投げかけている。


 ……この人はいつも、追っかけのような団体を引き連れて歩いているのだろうか。控室に来た時はいなかったから、多分一生懸命撒いてきたのだろうと私は思った。


「……試合をご覧いただけましたか? 貴女のために、私は全ての勝利を捧げ続けます」


 露骨に演技がかった台詞にもかかわらず、取り巻きの女性たちはまるで自分が言われたかのように嬉しい悲鳴をあげ、腰を抜かしていた。何だ、これは新手の色男特殊技能(イケメンスキル)か? と思ったが、サクラは「はいはい」と塩対応で返す。しかし、シグナスも負けじと「冷たく見下す貴女も美しい」などと、さらに返していた。


「――私、先に行くね。ごゆっくり!」


 1人だけ、この空間に馴染めなさそうだったので、私は足早に舞台へと向かった。後ろから「後生でござる!」という声が聞こえたが、完全に無視した。


 時間に余裕があったため、この会場に多く集まっている冒険者たちに情報収集をすることにした。アルテナの町を経てオスロウ国へ向かったはずのサクヤの行方についてだ。彼女の特徴を伝え、この辺りで見かけなかったか尋ねて回った。


 だが、やはりめぼしい情報は得られなかった。もし会場にいたなら間違いなくこの大会に参加しているはずだから……いないのだろう。私は溜息をつきつつ、舞台へと向かった。



 ――そして30分後。午後の部にあたる第2回戦、第1試合の時間がやってきた。


 第1回戦の勝者、サクラとカイゼルの対決だ。サクラのオッズは、前回より少し上がって3.8倍になっていた。カイゼルの試合は少ししか見ていなかったけれど、彼のオッズは2.2倍と、サクラより低かった。おそらく、カイゼルがSランク冒険者で、サクラがAランク冒険者だという情報だけで賭けている人が多いのだろう。


 ふっふっふ……でも実際、サクラの本気はSSS(スリーエス)クラスって言っても過言じゃないのだよ。……などと、ひとりでニヤニヤしていると、司会者が舞台に現れた。


「えー、大変長らくお待たせいたしました! 優秀な医療スタッフのおかげで、司会に復帰することができました。ご迷惑をおかけしました! それではただいまより、第2回戦・第1試合を開始いたします!」


 会場はほぼ満席で、司会の声に合わせて一斉に歓声が巻き起こる。その中に、ひときわ目立つ集団が目に入った。大きな弾幕に「SAKURA最強」と刺繍され、そこに座る全員が、桜の模様が入ったハッピのような服を着ていたのだ。


 午前中はいなかったような気がするけど……いや、確実にいなかった。2時間の休憩中に、あれを作ったのだろうか?  完全にアイドルの追っかけみたいじゃないか。どうしたファンタジー世界!? 舞台上のサクラも、それに気づいたのか、表情が少しゆるんでいるのが見て取れた。……やっぱり、ああいうのって嬉しいものなんだろうな。


「それでは、選手の紹介です! 第1試合では魔導師団長の究極攻撃魔法(アルティメルスペル)を耐え、その魅力的なム……圧倒的な大胸筋で打ち勝った、本大会のダークホース! その名はサァクラァァァ!!」


 今、司会者は「魅力的な胸」って言いかけて、言い直したよね? サクラが大きく手を振ると、会場から割れんばかりの拍手と歓声があがる。例の応援団は「S、A、 K、 U、 R、 A! サクラ!」と大合唱していた。


「対するは――Sランク冒険者にして暗器の使い手! その圧倒的な戦闘センスで第1回戦を突破した若き実力者、カイゼェェル!」


 カイゼルは静かに立ち尽くしていたが、会場からはこちらも負けじと大きな歓声が上がった。2回戦ともなると、一定の固定ファンがついている選手も多いのだろう。そのとき、カイゼルがサクラに指をさし、低く呟いた。


「――最初から本気で来い。死にたくなければな……!」


 その挑発に、会場が一段と盛り上がる。当のサクラは余裕の表情で腕を組み、まったく動じた様子はない。暗器使いか……。私もスカウトから忍者にクラスアップした経験があるから分かる。高レベルのスカウトが扱う、状態異常を引き起こす特殊技能(スキル)の数々は、どれも油断できない。まあ、サクラがやられるなんてことは……ないと思うけど。


「それでは、第2回戦・第1試合―――始めッ!!」


 ――司会者の合図とともに、第2回戦が幕を開けた。

お読みいただきありがとうございます。

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