自爆系少女
私たちが会場に到着したとき、ちょうど次の試合が始まるところだった。舞台には、サクラと”婚約予定”のシグナス、そしてその対戦相手であるフォトが並び立っていた。
「ほらほら、婚約者がいるよ」
「……いやいや。拙者は”優勝できたら結婚”と言っただけでござるよ?」
シグナスの姿を見つけた私は、ついサクラをからかいたくなってしまう。サクラは心底うんざりしたような表情を浮かべた。――まあ、ゲーム内で優しくされるのと、現実的な求婚をされるのとでは、まるで話が違うもんね。自分が同じ立場だったら……嫌がる気持ちも、少しわかる。悪い気はしないけど、接し方とか、距離感とか……いろいろと困りそうだ。
「でもさ、それって彼が負けない限り、婚約者ってことじゃないの?」
「……ぐぬぬ」
ついつい意地悪を言ってしまうのは――もしかして少し、嫉妬してるのかも。それは、イケメンにモテる女の子への嫉妬? それとも、サクラが誰かに取られそうな気がしてるから? ……いや、後者じゃないよね、たぶん。
「さぁ、午前中最後の試合となります! 第3試合――その美しさは神の祝福か、それとも悪魔の誘惑か!? 王国が誇る聖騎士団・団長! パラディン、シグナス・ルイ・レイナァァス!」
シグナスが手を振ると、会場中から黄色い歓声が飛んだ。まるでアイドルのライブのような盛り上がりだ。人気はあるみたいだけど、賭けのオッズは高かった。やっぱり、賭ける層って男性が多いのかな。
「対するは――男性なら誰もが従属したいと思わせる麗しさ! そして、私の”最推し”! 西地区ギルド代表、サモナー・フォトちゃぁぁん!」
フォトが控えめに手を振ると、今度は男性観客から大きな歓声が上がった。しかしこの実況、完全に感情入りすぎじゃない? まあ、今に始まったことじゃないけど。ちなみにサモナー、つまり召喚士は、契約したモンスターや幻獣を使役して戦う後衛職。ゲームでは幻獣に任せてフルオートで戦うのが基本で、回避重視のアクションスタイルだけど、性能面では中途半端になりやすく、最終職に選ぶ人は少なかった印象がある。
「さて、あの色男の実力を見定めてやろうか」
サクラの目が少し鋭くなる。やっぱり気になるんだろう。本人が全勝優勝を宣言しているわけだし、当然といえば当然か。聖騎士――パラディンといえば、神の加護を受ける戦士職。回復魔法と信仰系特殊技能を持つ、耐久と回復に特化した職業だ。防御性能や状態異常への耐性は他の職業の追随を許さない。攻撃面ではやや控えめだが、それを補って余りある硬さがある。ちなみに、ギルド深紅の薔薇のマスターのミカさんも、聖騎士の最上位職”ロード”だった。
「それでは第1回戦、第3試合――始め!」
開始の合図と同時に、フォトの周囲に5つの魔法陣が展開され、そこから3体の幻獣と2体の魔獣が現れた。前方には小型の黒い犬のような魔獣、両脇には白猫と黒猫。そして頭上には、小さな鯨がふわふわと浮かんでいる。黒犬は、陽炎のようにゆらめく黒い体毛をたなびかせ、鋭い牙を剥き出しにしてシグナスを威嚇している。両脇の猫は、黒犬とフォト自身に強化魔法を付与しているようだった。――犬はちょっと怖いけど、猫とあの小さな鯨は……普通にめちゃくちゃ可愛い。
対するシグナスは、腰の剣をスッと抜き放ち、無駄のない動作で構えた。
「あれは……“スコフヌング”か。なかなかマニアックな剣を持っているでござるな」
「すこふ……ぬんぐ? なんか言いにくい名前だね。それってどんな剣なの?」
「ふむ。12人の英霊が宿るとされる剣で、防御力を底上げする特殊効果があったはず。ただし、装備にはレベル制限があるため、扱える者は限られるでござるよ」
サクラは戦士系の武器に関して、相変わらず尋常じゃない知識量を誇る。ゲーム内に登場した武器なら、見ただけでその名前と性能を即答できる。まさに、“好きこそものの上手なれ”だ。聖騎士という職業に、さらにスコフヌングの効果が加わるとなれば、まさに鉄壁……いや、“難攻不落の要塞”といったところか。
「まぁ、拙者なら一撃で貫けるでござるがな」
……なんか対抗心を燃やしてるし。この勝負、やっぱりサモナー側が不利ってことなのかもしれない。うーん、そういえばサモナーって、かつて一つだけ強すぎて修正されたスキルがあったような……? 一撃必殺系だったような気もするけど、思い出せない。私がモヤモヤしている間に、舞台上では戦闘が始まっていた。
フォトの指示を受けた黒犬が左右に分かれ、挟み込むようにシグナスへと飛びかかる。シグナスは即座に反応し、盾と剣を用いて応戦――そのすべての攻撃を正確に捌ききり、不敵な笑みを浮かべていた。
「おおっと! フォトちゃんの猛攻が続くが、さすがは聖騎士団の団長。まさに鉄壁の守りです!」
実況の声と同時に、会場から再び黄色い歓声が湧き上がる。ちらりとサクラの顔を見ると……案の定、不機嫌そうな表情をしていた。――これは、たぶん男性としての嫉妬だな。
さらに、白猫と黒猫が続いて飛び出し、シグナスに対して弱体魔法を発動する。シグナスの顔がほんの僅かに歪み、立ち位置を調整するために後退。動きも、先ほどより若干鈍くなったように見えた。
「俊敏性と回避率の低下、さらに防御力の低下もかかってるね。あの猫たち、結構厄介かも」
「……ふむ。これで、黒犬の攻撃が通るやもしれませんな」
フォトが指揮棒のような武器を一振りすると、2匹の猫がふっと消え、それに代わって魔法陣から2羽のフクロウが出現した。フォトが再び指揮棒を振ると、それに呼応するようにフクロウたちは上位魔法の詠唱を始めた。一羽は雷属性、もう一羽は風属性――放たれた上位魔法が、鈍った動きのままのシグナスへ襲いかかる。
黒犬の攻撃で防御を崩されたシグナスは、フクロウの上位魔法をまともに被弾。聖騎士団の鎧と盾には細かなヒビが走り、脚部には裂傷のような痕が刻まれ、そこから血がにじみ出していた。
「これは強いッ! フォトちゃんの華麗なる指揮により、シグナス選手は満身創痍か!?」
司会者兼審判の男が、舞台の端から感情たっぷりに叫ぶ。客席からも、どよめきとため息が交錯する。……ただ、実際のところダメージは見た目ほどでもないはずだ。サクラもそれを理解しているのか、腕を組みながら不満そうな顔をして舞台を見つめている。もしかすると、「満身創痍に見える演技」を研究しているのかもしれない。
「さすがはギルド代表。女性だからと遠慮していましたが……そろそろ本気でいきましょう」
そう告げたシグナスは、剣を空高く掲げた。瞬時に、頭上へ白い魔法陣が浮かび上がり、そこから無数の光の矢が現れる。
「聖なる神の威光よ、ふりそそげ――聖光神矢霧雨!」
100本を優に超える光の矢が、フォトと召喚獣たちへと降り注ぐ。黒犬と2羽のフクロウは絶叫をあげ、光に貫かれて霧散。頭上にいた鯨だけが、ぎりぎりでフォトの前に割り込み、その身体で主を守るように動いた。だが――シグナスはその矢の雨の中をまっすぐ突き進み、盾を前に構えた。
「特殊技能――シールドバッシュ!」
動けないフォトの鯨ごと正面からシールドが炸裂。そのまま彼女の身体は大きく吹き飛ばされた。
「おおっとぉ! フォトちゃんが吹き飛ばされたぁー! ……この人でなしぃぃ!」
司会者から明らかに私情のこもった叫びが響く。場内には一斉に歓声とブーイングが巻き起こる。ファンの悲鳴、黄色い声援、そして不満そうな男たちの声が交錯する、混沌とした熱気が会場に満ちていた。……この雰囲気、大丈夫だろうか。まるで、男と女、それぞれの“推し”を賭けた冷戦状態が始まりそうな空気だった。
「女性だからと手加減して、場外負けにしようとは、笑止千万……甘すぎるでござるな」
サクラが誰に言うともなく失笑する。確かに、剣で直接斬っていれば、間違いなく勝負はついていただろう。さっきのシールドバッシュも、鯨がクッションになっていたからこそ耐えられたのだ。
飛ばされたフォトは、舞台を転がりながらも、場外ギリギリのところで踏みとどまる。心なしか、頭上の鯨が3倍くらいの大きさに肥大しているように見えた。起き上がったフォトは指揮棒を振るい、巨大な黒い犬を召喚した。先ほどの野犬サイズとは違い、全長3メートルを超える猟犬といった風貌だ。
「ああーっと! これは巨大な精神獣だ!」
シグナスは再び剣を掲げ、聖光神矢霧雨を放った。その時、フォトは意外な行動に出た。巨大な猟犬をシグナスに仕向け、それを追うように自らも走る。無数の矢を直撃しながら猟犬が突進し、シグナスの胴体に嚙みついた。フォトは鯨に守られながら、なおもシグナスに向かって突き進む。
「なんか、見たことあるような光景だけど……あのまま抱きついたりしないよね」
「あの子ぶりな胸では威力が低かろう。それに、あの色男なら、逆に喜んで口説くのでは?」
巨大な猟犬は光の矢を受けて今にも消えそうだ。フォトがシグナスの間合いに入った時、さらに膨らんだ頭上の鯨を掴んでシグナスに押し当てた。その瞬間、舞台上で大爆発が起きた。衝撃と爆風が会場を揺らし、砂煙が巻き起こる。
それを見て、私は思い出した。サモナーの特殊技能で、ダメージを累積して相手に返すというものがあった最初に実装された時、特定の特殊技能と併用するとカンストダメージが出ると話題になり、緊急メンテナンスで下方修正されたから、記憶の片隅に残っていたんだ。……ってか、司会者も巻き込まれたっぽいけど、大丈夫かな。
しばらくして、舞台を覆っていた砂煙が晴れると、そこにはシグナスの姿があった。鎧と盾は崩れ去っていたが、当の本人は比較的平然とした様子だった。その近くには、フォトと司会者が倒れている。すぐさま救護班が駆けつけ、2人の生存が確認された。そして、勝利者宣言のないまま、シグナスの2回戦進出が決まった。
「最後の攻撃が自爆とは、なかなか根性がある少女だ。シグナスの剣が普通のものであれば、勝負は分からなかったでござる」
「聖光神矢霧雨のダメージが思ったより蓄積してて、自分でも爆発に耐えられなかったってのは、少し可哀そうではある」
ゲームならダメージ計算の類は、結構シビアに計算しなければならない場面がある。それを見極めるには、彼女が経験不足だったってことかな……。かくゆう私にも、そんな高度なプレイヤースキルはありません。
――こうして、午前中の試合はすべて終了し、午後からの2回戦の出場選手が決定した。そして、2時間の休憩時間へと入った。
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