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求婚

 私とサクラが舞台をあとにして通路を進んでいると、次の試合に出場するらしい選手とすれ違った。すれ違いざま、彼は鼻で笑いながら一言だけ呟く。


「……茶番だな。見え見えだぜ」


 言い捨てるようにそれだけを残し、足早に去って行った。


「え……誰?」


 私は思わず振り返る。サクラも怪訝そうな顔をしている。


「あれって、次の出場者の……」


「うむ、カイゼルとか言ってたでござるな」


 私たちは顔を見合わせ、「中二病?」と同時に呟いた。ああいう言い回し、どこかで聞いたことがある……そう、ギルド内で“魔王ロールプレイ”が好きな“ハーちゃん”のセリフまんまだ。


 次の対戦は、東地区ギルド代表のカイゼル対、南地区代表のセアス。斥候職では基本職のスカウトと、近接職の中間にあたるウォリアーという組み合わせで、職種は異なるけど実力は伯仲。ランク差を感じさせない接戦になりそうだ。


「試合、見なくてもいいの?」


 私がそう尋ねると、サクラは腕を組んで胸元をちょいと引っ張りながら答えた。


「まぁ、大丈夫では? 拙者はこの(すす)けた体を流したいでござる」


 そう言うので、私たちは選手用の控室に戻った。室内に設置されたモニターには、すでに次の試合が始まっていて、スピードで攻めるカイゼルがやや優勢といったところ。私はそれをぼんやり眺めながら、さっきの茶番発言を思い出して「フッ」っと笑いが漏れる。その時――控室の扉が軽くノックされた。


「はーい?」


 私が応じて扉を開けると、そこには……。一輪の薔薇ではなく、豪華な花束を両手に抱えた美青年が立っていた。扉を開けた私の顔を見て、少し驚いた表情を浮かべた。けれどすぐに微笑み、丁寧にお辞儀をする。


「初めまして。私は王国聖騎士団長、シグナス・ルイ・レイナースと申します。以後、お見知りおきを――」


 そう言って、彼はさらっと片膝をつき、私の手を取り――手の甲にキスをしようとした。うわっ、ちょっ、キモッ! 思わず、というか反射的に手を引いた。シグナスは一瞬きょとんとしたが、すぐにまた微笑を浮かべる。


「フフ……照れ屋なお嬢さんだ」


 いやいやいや、違うから。……っていうか、この一連の流れ、どこまでテンプレなんだろう。ナルシストって、絶滅してなかったんだなって改めて思った。世の中にはこういう露骨なアプローチを喜ぶ人もいるらしいけど、正直、私は苦手だ。――いや、好みの問題だけどさ。生理的にくるものがある。


「ところで……サクラ様は、どちらに?」


「え、あ、ああ。サクラなら今――」


 シャワーを浴びている。そう言おうとしたその瞬間、背後から声が聞こえた。


「シノブ殿、どうしたでござるか?」


 振り向くと、黒のスポーツブラとパンツ姿のサクラが、タオルで頭を拭きながら歩いてくるところだった。直立したまま動けずにいるシグナスの手から、抱えていた花束がぽとりと落ちる。来客の目の前であんな格好を……! 慌てた私は、サクラを押し戻すようにしてシャワー室へと突き返した。


「前にも言ったけど、もうちょっとデリカシーと向き合いなさいよ!」


「いや、だって……誰か来てるとは思わなかったでござるよ」


「いいから、早く服を着なさい!」


 不満そうにブツブツ呟くサクラを尻目に、私は落ち着いたふりをしながら扉の方へと戻った。シグナスは落とした花束を拾い上げ、高揚した顔でそっとため息をついている。


「あはは……すみません。あの子、ちょっとずぼらなもので」


 ――言っててなんだけど、なんだか不出来な子供を持つ親の気持ちが少しわかった気がした。世の中のお母さん方、本当に尊敬します。


「い、いえ。こちらこそ、突然押しかけてしまって……」


 恐縮しながらそう答えたシグナスを部屋に招き入れ、私は控え室にあった紅茶と茶菓子を並べた。少し遅れて、服を着たサクラが戻ってくる。するとシグナスは立ち上がり、私にした時と同じようにサクラの手を取り、(うやうや)しくキスをした。……その瞬間、サクラの眉間に(しわ)が寄った。不機嫌そうな顔だ。……あれ、私もさっき同じ顔してたのかな。まあ仕方ないよね、日本にはこういう風習ないし。距離感だって、全然違うんだから。


 サクラに用事があるようなので、私はソファに腰かけ、本を見るふりをして様子を伺うことにした。シグナスは花束を渡し、完璧な笑みを浮かべる。整った顔立ちに、柔らかな物腰――これはもう、手慣れてるな。幾多の女性を、その外見と振る舞いで落としてきたんだろう。


「先程の試合、拝見させていただきました。あの優美にして華麗な舞……まさに噂に(たが)わぬお姿でした」


「は、はぁ……」


 ――あれ? サクラの反応が、なんだか微妙におかしい。いつもの調子と違う。遠巻きに美人だのとは言われ慣れてるはずだけど、こうして面と向かって本人から好意を向けられるのは案外、初めてなのかもしれない。でも、男にチヤホヤされるのが嬉しくてネカマ続けてたって言ってたじゃん……? もっとこう、余裕ぶって受け流すもんだと思ってたけど……


不躾(ぶしつけ)なお願いになることを、最初にお詫びいたします。――私と、結婚を前提にお付き合いしていただけませんか」


「――ぶふっ!」


 不意の“求婚”発言に、ソファで紅茶を飲んでいた私は思わず吹き出してしまった。サクラは、今までに見たことのないような困惑と戸惑いの入り混じった顔で、こちらに助けを求めてくる。……いや無理、こっちも対応に困るわ。とりあえず、テーブルを拭くフリをして会話に聞き耳を立てる。これはもう、今後の展開に目が離せない。


「……確かに、不躾(ぶしつけ)でござるな。拙者、そなたのことなど何一つ知らんでござる」


「ええ、ですから。これから少しずつ、知っていただきたいのです」


 そう言って、シグナスはサクラの両手を優しく包み込んだ。……なんという美男美女。互いに見つめ合い、手を取り、恥じらい、そして求婚。まるで恋愛映画のワンシーン。ビジュアルだけなら最高に絵になる。――でも残念ながら、両者とも男なんだよね。これはこれで、うちのリアルの友達に刺さりそうなBLシチュだけど。……相手が真剣なだけに、逆にツッコミづらい。


 サクラの顔からは、明らかに困惑と戸惑いがにじみ出ている。ネカマプレイと、こういう“個人的な好意”に面と向かうのとでは、やっぱり全然違うんだろう。


「そもそも、おぬし。拙者のこの声、何とも思わないでござるか?」


「――”呪い”と聞いております。心中、お察しします。私の家は王国でも屈指の名門……もしかすれば、力になれるやもしれません」


 ……うわ、真顔だ。本気で言ってる。ちなみにその“呪い”は、サクラが勝手にでっち上げた設定だし、かつて私を黒猫にしたとかいう黒歴史も、もう完全に無かったことになってる。でも……今の言葉に、作り物っぽさは感じなかった。不自然なくらい真っ直ぐで、どこか切実だ。――こういうのって、ただの軽薄な軟派野郎だったら絶対に言えない。……まさかとは思うけど、これ、本気でサクラに惚れてる……のか?


 いやいや、騙されちゃダメ。これは演技。きっと、そう。でも、ふと気づけば、私の中にもわずかに疑念が芽生えていた。……もしかして、私、うっかりこの男の“術中”にハマりかけてる?


『――――勝者、カイゼル!』


 控室のモニターから、審判の声が響いた。第2試合の決着がついたようだ。つまり、サクラの次の対戦相手は、スカウトのカイゼルに決定――と。


「雌雄を決したようですね。……そろそろ私も準備を始めるとしましょう」


 そうだ、次の対戦はこの色男と、私と同い年の女の子だったっけ。そう考えていると、サクラが何か思いついたように小さく笑った。ニヤリと、いたずらっ子みたいな顔で。


「シグナス……とか言ったな。条件次第では、結婚を承諾してやらんでもないでござる」


 ……え? 不意打ちにもほどがある。私は思わずサクラの顔を2度見した。え、それ、どういう意味……? さすがに結婚って言葉の意味くらい知ってるよね?


「おおっ……! その条件、ぜひ聞かせてください。どんな試練であろうと、私は乗り越えてみせます!」


 シグナスは大げさなくらいに喜び、ピシッと敬礼する。サクラは満足げに頷き、口元に笑みを浮かべた。あれは何かを企んでいる時の表情だ。


「この大会で――優勝することが条件でござる」


 ……はい、無理ゲー発動。シグナスが優勝するには、次戦でフォトに勝ち、シード選手のクリスに勝ち、そして決勝でサクラに勝たなきゃいけない。これは、言ってみれば“絶対に負ける”ことが確定している事象なのだ。


「フフフ……もとより、優勝するつもりでした。前回大会、クリス君に敗れてブレイドマスターの座を逃しましたが――この4年間、私はそれだけのために鍛え抜いてきました。今年は、必ず栄冠を掴んでみせます」


 ……な、なんだこの人、ポジティブすぎる。むしろ、条件が燃料になってるし。


「……ということは、拙者にも勝つと?」


 サクラがわずかに目を細め、声の調子を変える。挑発混じりなのに、どこか楽しげだ。こういう“本気の相手”には、むしろ燃えるタイプかもしれない。


「もちろんです。――全ての勝利を、あなたに捧げましょう」


 そしてまた、シグナスはサクラの前に(ひざまず)いて誓いを立てた。いや、さっきからプロポーズの文脈が濃すぎてツッコミきれない。ここ、選手控室なんだけどな……。


「まずは、最初の勝利を。――必ずお見せします」


 そう言って、シグナスは高貴な笑みを残し、すっと部屋を後にした。……まるでピンク色の台風みたいな人だな。それにしても以外だったのは、ネカマを何年も続けていたサクラでも、本気の好意には対処に困るんだなということ。”見た目だけなら凄くお似合い”なんだけどな……もったいないことで。


「イケメンにモテてよかったね」


 私がそう言って極上の微笑みを浮かべると、真っ白になったサクラの姿がそこにあった。サクラにここまでの精神的動揺をもたらすとは……イケメン恐るべし。


 私は苦笑しながら、放心したサクラをズルズル引きずって、試合会場へと向かった。

お読みいただきありがとうございます。

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