決め手は――
開会式が終わり、名目上“従者”である私は舞台の場外へと移動する。会場両端の壁面は、魔導具によって巨大なモニターのように変化し、舞台の様子が大写しになっていた。1回戦・第1試合の組み合わせは、サクラ対ラウル。……”ネカマ”VS”いじられキャラ”という、なんとも微妙な構図だ。だが私は、わずかにすらない胸を期待で膨らませながら、イカの串焼きを頬張る。
勝つのはサクラで間違いない。――いや、勝ってもらわないと困る。なぜなら、今まさに手にしているこのイカの串焼きを省いた所持金249万2992ゴールドを全額ベットしたからだ。現在、サクラは“期待の新星”扱いで、オッズはかなり低い。この試合、なんとしても苦戦を演出して――次の対戦でオッズが上がるように仕向けなければならない。……とはいえ、あいつに本当に“苦戦”なんて芸当ができるのだろうか? ちょっと不安になる。
「これより、第1試合を開始します! まずは――特別枠よりの挑戦者、サクラの入場だ!」
司会者の声とともに、サクラがステージへと現れる。軽やかに手を振るその姿に、場内は熱狂的な歓声に包まれた。……それより気になるのは、あの緩くなった胸元。激しく動いたら、絶対、どこかのタイミングで――溢れるぞ。まさかとは思うけど……まさかね? 色仕掛けなんて姑息な手段を考えてるんじゃないだろうな。
「対するは、我が国きってのソーサラー! 王国魔導師団長、ラウル・ロイ・ティベッツだ!」
紅色の魔石が嵌め込まれた長杖を構え、ラウルが舞台に現れる。眼鏡をクイッと持ち上げるその仕草と、真紅の法衣――どう見ても炎属性マニアだ。ソーサラーの強みは、遠距離からの広範囲魔法。通常は、盾役が前に立って敵の接近を防ぎながら、後衛から火力を叩き込むのが鉄則。だが今回のような単騎の対人戦となれば話は別だ。魔法職は距離を詰められた時点で、圧倒的に不利になる。
つまり、接近戦を得意とするサクラが有利。……というより、この勝負は、最初から答えが出てるようなものだ。だがそれを感じさせないように――接戦を装い、ギリギリの勝利を演出するのが今回の肝だ。対戦相手や観客の目を欺いて、次の試合でサクラの評価を落とす。それが、オッズ操作の鍵となる。
「では――第1回戦、第1試合――始め!」
試合の審判を兼任しているらしい司会者が、自身に強化魔法をかけ、右手を高く掲げる。そしてそのまま、力強く振り下ろした――。開始の合図と同時に、ラウルは自身に複数の強化魔法を展開する。魔法陣の”色”からして、おそらく――魔法攻撃力上昇、物理耐性強化、魔力吸収率向上、回避率の上昇……といったところだろう。
一方のサクラは、腕を組んだまま微動だにしない。ただじっと、相手の動きを見つめている。
若干、強者ぶってるようにも見えるが……大丈夫だろうか。
「王国の威信がかかっておりますので、手加減はできません! 大怪我をされても、優秀な救護班が控えておりますので――どうかご安心を!」
ラウルが堂々と宣言すると、杖の先端に嵌められた紅い魔石が強く輝きはじめた。そこへ魔力が集束していく。
「流れる紅玉の二重螺旋よ、すべてを焼き尽くせ!――紅蓮双旋!」
炎属性の上位魔法が詠唱とともに解き放たれる。サクラは静止から一転、鋭く走り出し、その螺旋状の炎を紙一重でかわす。魔法が着弾した瞬間、10メートル級の火柱が舞い上がり、観客席からどよめきがあがった。すごい威力……! 強化込みとはいえ、以前戦ったカマルの比じゃない。
サクラが、ほんのわずかに焦りを見せる。さすがに直撃すれば無傷とはいかない――そんな緊張感が走る。だがサクラはあえて間合いを詰めず、闘技場の外周を走り続ける。そして走りながら、懐から何かを取り出し、腕にはめた。
ラウルは追撃の手を緩めない。2発目、3発目、さらに4発目と次々に紅蓮双旋を放ち、火柱が連続して立ち上がる。それはもはや魔法の応酬というより、観客を魅せるショーのようだった。だがサクラは、そのすべてをギリギリで回避してみせる。そのたびに会場は沸き、歓声と拍手が鳴り止まない。
「やりますね。では……これはどうですか?」
そう言って、ラウルが杖を高く掲げ――振り下ろした瞬間、サクラの足元が轟音と共に爆ぜた。爆風に吹き上げられ、サクラの身体が宙を舞う。まずい――場外に落ちる! だが、サクラは空中で身体を捻り、体勢を整えて場外ギリギリの舞台に着地する。その刹那、着地点に――追撃の紅蓮双旋が直撃した。巨大な火柱がサクラを飲み込み、観客席から悲鳴が上がる。
「これは直撃か!? サクラ選手――大丈夫かっ!?」
ラウルが警戒を解かぬまま杖を下ろし、状況を見定める。先ほどの爆発は、おそらく“土”属性の上位魔法だ。サクラの動きから着地点を予測し、その直後を狙って炎魔法を重ねたということだ。……ただの“いじられキャラ”じゃなかったんだな。さすがに王国魔導師団長の名は、伊達じゃない。連続で上位魔法を放っているのに、息一つ乱れていない。
「剣技――”旋空烈風斬”!」
その瞬間、火柱の内部から強烈な風が炸裂し、炎を一気に吹き飛ばした。そこに姿を現したのは、抜刀したサクラ。刀を天に掲げ、微かに煤けた姿で――堂々と立っていた。風属性を内包した特殊技能で、炎そのものを吹き飛ばしたのだろう。刀をゆっくりと納めたサクラは、右手を前に突き出し、ラウルに向けて「来い」と挑発する。その挑発的な仕草に、観客は沸き立ち、大歓声が舞台を包み込んだ。
「おおーっと! サクラ選手、まったく動じていないぞ!」
観客席から実況の声が響く中、サクラの姿を見たラウルが眼鏡の縁を指で押し上げる。その目元がわずかに鋭くなり、張り詰めた空気が走った。どうやら、サクラの挑発は見事に効いたようだ。ラウルは再び自身に強化魔法を付与し、長杖を高く掲げる。今までとは桁違いの魔力が魔石へと集中し、空気がびりびりと震え始めた。
「こ、これは……! ラウル団長が、最強にして最悪の奥義を詠唱し始めたぞ! ――危険につき、私は舞台外へ避難させていただきます!」
冗談交じりの実況が飛ぶほど、舞台には尋常でない魔力の奔流が発生していた。空中に漂う魔力が熱に変換され、烈火となって渦を巻く。それはまさしく、「災厄」の前触れだった。――これは、上位魔法を凌駕する究極攻撃魔法。範囲が広すぎて回避はほぼ不可能。あのサクラでさえ、まともに喰らえば無傷では済まない。サクラは静かに腰を落とし、右手を地面に触れる。構えはまるで、陸上競技のクラウチング・スタート。だが、その瞳には一切の怯えがない。
「――あなたの実力、しかと理解しました。まさか、初戦から奥義を披露することになるとは……!」
「ふふ、それは光栄でござるよ」
ラウルの身体を深紅の魔力が包み込む。熱は昇華され、会場にまで届くほどの上昇気流を生み出した。彼の周囲には、まるで炎を纏った台風が立ち込めているようだった。
「我が全魔力をもって放つ、最終奥義――”神話級終焉業火”!」
ラウルが杖を振り下ろすと、次の瞬間――サクラを中心に舞台上の空気と物質が共鳴するように震え、すべてが青白い高温の炎へと転化された。
ドンッ――!
凄まじい衝撃音とともに、青い閃光が舞台の半分を飲み込む。爆発とともに立ち上る炎柱は空高く伸び、まるで核爆発のようなきのこ雲を形作った。観客席までも揺れるほどの威力。結界がなければ、観客すら巻き添えになっていただろう。――これが1回戦って、派手すぎるだろ。
私は呆れながらも、青炎の熱波を肌で感じる。とはいえ、これほどの魔法でもサクラや私のようにレベルカンストした存在なら、致命傷にはならない。それでも、観客にとってはただただ圧倒的だった。舞台の半分を今も包み込む青い炎の中、沈黙と緊張が広がる。
魔力を一時的に使い果たしたラウルは、杖を下ろし、静かに目を閉じた。瞑想に入ったその姿からは、すでに勝利を確信しているような余裕すら感じられる。彼はきっと、こう想像しているはずだ――あの青炎が晴れた時、満身創痍のサクラが倒れている・・・・・と。
「こ、これは……勝負あったか――――っ、ああっ!?」
審判の声が会場に響いた、その瞬間だった。青い炎を切り裂くように、サクラが縮地を発動して舞台の中央から飛び出した。観客の反応が一瞬遅れる。それほどまでに、彼女の動きは速すぎた。そして、最も反応が遅れたのは――勝利を確信していた、ラウル本人だった。彼がようやく気づいた時には、サクラはすでに彼の間合いに入っていた。――これで、決まった。
誰もがそう思った。私もそう思った。だが、次の瞬間――サクラは、思いもよらない行動に出た。ラウルに駆け寄った彼女は、なんとそのまま――その豊満な胸で、ラウルを抱きしめたのだ。
「な、なんとぉぉぉーお!?」
審判の絶叫が、観客の混乱を代弁するかのように響き渡る。ラウルはぽかんとした表情のまま杖を取り落とし、サクラの胸の中で完全に固まっていた。しばしの静寂の後、サクラは軽やかにその抱擁を解いた。ラウルは糸が切れた人形のように、仰向けに倒れ、そのままピクリとも動かない。
……何が起きた? 今、サクラはただ距離を詰めて、抱きしめただけ。攻撃の素振りすらなかった。なのに――ラウルは気絶している。審判が慌てて舞台へ駆け寄り、倒れたラウルの意識を確認した。そして観客に向き直り、高らかに宣言する。
「ラウル選手、戦闘続行不能! 勝者――サクラァァァァァーッ!!」
その一声を皮切りに、張り詰めていた空気が弾けるように歓声が爆発した。会場両翼の巨大モニターには、煤けたサクラが微笑んで手を振る姿。そして――鼻血を出して気絶するラウルの姿が、それぞれ大写しになっていた。
……そうか。サクラは、精神的に極限状態のラウルを、その”暴力的な肉体”で魅了したんだ。魔力が尽きてボロボロになったウブな青年には、あまりにも刺激が強すぎた。脳の処理が追いつかず――結果、気絶。……まあ、煤けたせいで、かなりダメージも受けたように見えるし、ギリギリの勝利という点でも演出は成功なのかもしれない。
それにしても、モニターに映るラウルの顔はどこか満たされたような表情を浮かべていて……いたたまれない。明日からさらに“いじられ度”が加速しなきゃいいけど。ともかく、第1回戦の勝者はサクラで決まりだ。
「おつかれ。……最後の、あれ、何だったの?」
「いやぁ……拙者もあそこで気絶するとは思わなかったでござる。ラウルはきっと童貞でござるな」
「うわ、最低の勝ち方……」
よくよく考えたら、サクラの攻撃って1度抱きしめただけじゃん……ラウルは魔力が枯渇するほど全力で挑んでいたというのに、童貞認定までされて踏んだり蹴ったりだ。そもそも王国魔導師団長って、現実世界でいうなら堅実な国家公務員だよね? この負け方……減給どころか役職も危ういのでは。色々と、ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ、気の毒に思えてくる。まぁ、優秀な救護班が控えているって言ってたし、精神的なケアもしてくれることだろう。
――まあ、サクラが色仕掛けを戦術に組み込む気マンマンだったのは、なんとなく予想がついていたけどね。今回は、相手の免疫がほぼゼロだったことが悲劇の引き金になった……というわけだ。
「でもさ、あんな威力の魔法を喰らって、よく無事だったね?」
「ふっふっふ。これでござるよ」
サクラが自信満々に腕まくりをして見せた。その手首には、青い宝石が嵌め込まれた、優美な腕輪が光っている。――これは「海鳴りの腕輪」。炎属性のダメージを半減する希少な魔導具だ。なるほど、腕力特化の近接職らしい魔法対策。ていうか……あの状況で”タオル神拳”すら使わなかったのは、次の対戦でのオッズ操作を見据えてってことか。
――そして私は、見事3倍近くに膨れ上がった配当金を手にした。
「これは……おいしい賭けだ」
私はそう呟きながら、笑みを浮かべる。そして、迷うことなく――受け取った全額を、次のサクラの勝利へと賭けたのだった。
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