武闘大会開催
―オスロウ国 円形闘技場―
王城に次ぐ規模と存在感を誇る巨大な円形闘技場は、オスロウ国の象徴のひとつだ。その大きさは、例えるなら東京ドームほど。観客席だけでも数万人を収容できるらしい。
昨日、私たちはジェイコブ卿の自宅に招待され、ささやかな壮行会を開いてもらった。そのまま来賓扱いで一晩泊めてもらうことになった。公爵の熱の入れようは尋常ではなく、ついには「ぜひサクラ様を、我が息子の嫁に」とまで言い出す始末。集まった貴族たちに「ジェイコブ卿の審美眼は、まさに世界一ですね」などとお世辞を言われては、満面の笑みで頷いていた。
無理もない。彼から依頼を受けたその日に、幾多の冒険者たちが跳ね返されてきた高難易度の討伐任務を、私とサクラのたった2人で完遂してみせたのだ。その噂は瞬く間に広まり、私たちは街中で“時の人”として扱われるようになった。とくに、ジャイアントギガースの首を一閃したサクラは、現場を目撃していたカイルとエドの誇張混じりの証言も相まって、”鮮血の桜舞う呪い姫”などという、物騒な異名までついてしまった。
……納得いかないのは、私の方が与えたダメージは多かったのに、なんとなく“おまけ”扱いされていることだ。ふん、忍者とは闇に紛れて生きる者。目立つなど言語道断。――と、強がっておくことにする。そんなわけで、今朝はジェイコブ卿の邸宅から馬車で送迎され、私たちは闘技場へとやってきたのだ。
「サクラ様の武勇、今日は存分に世に知らしめてください。期待しておりますよ」
そう言い残すと、ジェイコブ卿は護衛の2人を従えて、貴賓席へと向かっていった。
私たちは出場者控室へと案内される。
「……私も、見学組なんだし貴賓席で優雅に過ごしたかったなぁ」
「まぁまぁ、そういわず……。拙者はシノブ殿と一緒が良いでござるよ」
サクラは懇願するような表情で縋ってきた。私は出場資格がないが、彼女の“従者”として控室への同伴が許されている。もっとも、武闘大会といっても――サクラはすでにレベルカンストしている。優勝など確定事項だ。……正直、応援なんて必要ない気もするけど。ゲームの本編では、この大会で優勝することで国王との謁見が叶い、物語は次章――隣国戦争編へと進むはずだ。ふむ、予定通りといったところか。
「あれ、シノブ殿。あれをご覧くだされ!」
会場内を見て回っていると、サクラがふと指をさした。その先では、勝利者予想をめぐる“賭け賭博”が盛り上がりを見せていた。石板のような魔導具――巨大なモニターには、出場選手の一覧が映し出されていた。
●東地区ギルド代表:カイゼル(スカウト)
●西地区ギルド代表:フォト(サモナー)
●南地区ギルド代表:セアス(ウォリアー)
●王国聖騎士団長:シグナス・ルイ・レイナース(パラディン)
●王国魔導師団長:ラウル・ロイ・ティベッツ(ソーサラー)
●王国近衛騎士団長:クリス・バーン・レフィエル(ブレイドマスター)
●特別枠:SAKURA(侍)
これが今回の出場メンバーだ。トーナメント方式で、3回勝ち抜けば優勝となる。ちなみに、サクラが急遽飛び入り参加したため、前回優勝者であり王国最強の近衛騎士団長――クリスが、シード枠に繰り上げられたらしい。
「おい、あれ……」「ああ、噂の……」
和風の着物を羽織ったサクラは、どう見ても目立つ。冒険者たちの視線が集まり、ざわつき始めていた。当の本人はというと、いつの間にか屋台でイカの串焼きを買い込み、頬張りながらオッズ表を見ている。その租借する口の端には、タレをつけている。……子供か。
「拙者の試合は全部拙者に賭けるでござる。残りの試合は、近衛騎士団長殿に賭ければ全勝確実!」
「うん、それで全財産いっちゃおう!」
ゲームのストーリーを知っている私たちには、確信があった。武闘大会の決勝戦――サクラの対戦相手は、必ず近衛騎士団長のクリスになる。実際、トーナメント表を見れば、右端のシード枠にクリス。左端にサクラが配置されている。つまり、サクラは3戦、クリスに1戦賭ける。この4試合に資金を全額ベットすれば……とんでもない額になるはずだ。
「作戦はこう。拙者が頑張って、毎戦ギリギリの勝利を演出するでござる。そして決勝――クリス殿への掛け金が爆上がりしたところで……」
「そこでサクラに賭けて、一気に回収だね。……ふふっ」
まさに“神の視点”。超越した観測者にしか成し得ない黄金戦略。……あとは、サクラがうっかり場外負けとか、しょうもないミスをしないことを祈るばかりだ。とはいえ、出場者自身による賭博は禁止らしく、サクラが券売所で断られた。仕方ないので、私が代わりにサクラの資金を預かり、彼女の試合にベットすることになった。あとはサクラの演技力次第。すでにジャイアントギガース討伐の噂で知名度が広がっており、オッズはかなり低い。だからこそ、接戦を演出して観客の期待値を“相手”に向ける必要があるのだ。
『業務連絡いたします。これより開会式を行います。選手の方は、会場中央の舞台へとお集まりください』
どうやら呼び出しが入ったようだ。私はサクラと別れ、観客席へと向かうことにした。
この円形闘技場は、中央に直径40メートルの戦闘舞台があり、その外周には10メートル幅の芝生地帯が広がっている。そこを超えると場外扱いだ。さらにその外側はすり鉢状にせり上がる観客席。数万人を収容する巨大スタジアムだが、構造のおかげでどの位置からでも戦いを見渡すことができる。
そして最上部、真正面の高台には、大きく張り出した貴賓席が設けられている。舞台を斜め上から一望できるその空間は、王族や高位貴族のみが座すことを許される特等席。強固な結界に守られており、まさに王国の威信を象徴する“天空のアリーナ”であった。
やがて舞台中央に、選手たち7名が整列する。司会者が前に進み出ると、手にした魔導具が輝き、声を増幅して会場中に響かせる。開会式の幕が上がった。司会者は四方に向かって深く一礼すると、荘重な声で開会の口上を述べ始めた。
「――諸国の勇士が一堂に会し、武を競い、栄誉を争う。4年に1度の聖なる祭典――この時を迎えられましたこと、まことに栄光の至りにございます。ここに開会を宣言いたす前に、我らが誇り、高き玉座に座します――オスロウ国、国王陛下よりお言葉を賜りたく存じます。陛下、何とぞ、お導きの御声を――」
その瞬間、貴賓席の中央、ひときわ威厳を放つ間がライトアップされる。光に浮かび上がったのは、絢爛な衣装を身にまとった初老の男性――オスロウ国王その人であった。白銀の髪を王冠の下から覗かせ、口元には立派な髭をたくわえ、堂々たる体格が衣の中でもはっきりとわかる。控えていた側近が恭しく膝をつき、魔導具を捧げ持つと、王はそれを受け取ってゆっくりと立ち上がった。
その威容に、サクラ以外の出場者たちは一斉に膝をつき、頭を垂れる。状況が読めなかったサクラは一瞬戸惑い、周囲を見渡してから慌てて同じように膝をついた。そのぎこちない動きに、観客席からはクスクスと笑いを堪えるような声が漏れる。そして――静寂の中、王の声が、荘厳にして力強く会場へと響き渡った。
「――民よ、勇士たちよ。本日ここに、栄光と誇りを懸けた闘技の祭が始まる。技を磨き、魂を燃やし、この国の礎たる“力と心”を示してくれ。勝者には誉れを、敗者には敬意を。すべての者が、等しく我が民である。――誇りを胸に、堂々と戦え。――武運を、祈る!」
宣言が終わると、司会者が再び深く礼をし、舞台上で体勢を正す。
「ありがたき御言葉、恐悦至極に存じます。それでは皆々様――第13回、オスロウ国武闘大会、ただいまより――開幕と相成ります!」
その瞬間、会場からは地鳴りのような拍手と喝采が湧き上がった。ファンファーレが鳴り響く中、紙吹雪が舞い、天高く放たれた白い鳩たちが空へと飛び立っていく。開会の興奮が冷めやらぬまま、続いて司会者による選手紹介が始まった。
「最初の選手を紹介いたします! 東地区ギルドより選出――最近、Sクラスに昇格したばかりの若き冒険者! 斥候職、スカウトの『カイゼル』!」
黒ずんだ麻布を身にまとった男が、一歩前へと進み出る。晴れ舞台という雰囲気は皆無。無骨で実用一点張りの風貌は、まさに“斥候”という言葉が似合っていた。その鋭い目つきで他の選手たちを睨みつけるように見渡し、なんとも不気味な印象を与えていた。……うん、確かに実力はあるのかもしれないけど、こういう人とはできれば関わりたくないタイプだ。
「続きまして、西地区ギルドより――Aクラス冒険者、『フォト』! 若干17歳! 花も恥じらう乙女にして凄腕のサモナー! 私の”最推し”で今大会、最年少の挑戦者です!」
青い法衣のようなローブに身を包んだ小柄な少女が、手を振りながら前に出ると、場内からひときわ大きな歓声が湧き上がる。あれ、私と同い年だ……これは意外。ゲームではサモナーって不人気職だった記憶があるけど、こうして選抜されるってことは、相当な実力者ってことなんだろう。
「いやあ、可愛いですね~、私の”推し”です! ……コホン。それでは続いて! 南地区ギルドより――Sランク冒険者、『セアス』! 2日前に遠征から帰還、小型ワイバーンの首を持ち帰った、歴戦のウォリアーです!」
観客の歓声に応えるように、真っ赤なフルプレートを身にまとった大柄の男が、どっしりと腕を掲げて応える。背には、自身の身長とほぼ同じサイズの大剣が背負われていた。あれは、絶対自分で引き抜けないやつだよね。思わず心の中で突っ込んでしまう。ゲームのビジュアルではよく見るけど、現実的に考えたら……あれ、柄を掴んで引き抜くことが出来ないんだよね。それに深くお辞儀したら、スルっと鞘からすっぽ抜けそうな気がする。
そして、司会者が次の選手の名を告げようとしたそのとき――今までで最も大きな歓声が、会場を包んだ。しかも、明らかに女性ばかりの黄色い声援。その視線の先にいたのは、薄青色の鎧に身を包んだ金髪の男性。長く美しい髪に、女性と見まごうほど整った顔立ち――これは、人気が出るのも頷ける。
「せ、静粛に! こちら、我がオスロウ国・聖騎士団の団長にして、国一番の美男子! パラディン――『シグナス・ルイ・レイナース』!」
名が読み上げられると、会場中で地鳴りのような足踏みが起こる。ああ、なるほど……見た目人気はダントツってわけね。……私は、ちょっとタイプじゃないかな。
「続きまして、オスロウ国1番のイケメンの後に紹介されるという、不運な男。真面目で実直が取り柄――この国の魔導師団長を務めるソーサラー! 『ラウル・ロイ・ティベッツ』だ!」
赤い法衣を纏った、眼鏡の男性が一歩前に出て、控えめに手を振る。見た目は20代前半、いかにも知性派という印象だ。……が、さっきまでの熱狂が嘘のように静まり返り、小雨のような控えめな拍手がぱらぱらと会場に降る。ああ、これは……いじられ枠か。ラウルは恨めしげな視線を司会者に向けていたが、あえて無視されたようだ。……うん、どんまい。
「さて、次は本大会の――大本命! 前回大会では若干15歳での優勝を果たし、現在は国王陛下を守護する最強の近衛騎士! 陛下より“ブレイドマスター”の称号を授かった、『クリス・バーン・レフィエル』だ!」
黒く光る騎士鎧を纏った少年が、胸に手を当てて敬礼する。左手には、龍を象った意匠の大剣を携えていた。その美しい顔立ちにはまだあどけなさが残っており、一見すると優しげにも見えるが――この章の“ラスボス”にふさわしい人物だ。
シグナスに勝るとも劣らぬ歓声が場内を揺らす。ただし今度は、男性ファンからの声援が多いようだ。
彼は、ゲームに慣れ始めたプレイヤーが初めてぶつかる“壁”のようなボス。私もかつて、何度も彼に倒されては、対策を練って再挑戦していた……懐かしいなぁ。
「――そして皆様、お待ちかね!」
司会者の声色がぐっと力をこめる。それに呼応するように、場内がすっと静まり返った。空気が張りつめる。
「難攻不落の厄災――ジャイアントギガースを一刀のもとに沈めた冒険者! 本大会の主催、ジェイコブ卿の強い推薦により、特別出場が決定した、まさに“時の人”!」
……いや、私が大幅に削ったからなんだけどね。小声でブツブツ言っていたけれど、誰も聞いちゃいない。会場全体が静寂に包まれる中、司会者が大きく息を吸い込んだ――
「――異国より来訪した美しき侍! またの名を――“鮮血の桜舞う呪い姫”! その名は――SAKURA! 本大会の――ダァァークホォォォースだあぁっ!!」
サクラが前に出たその瞬間、会場が割れるような歓声で揺れた。まるで爆発するかのような熱気の周囲を包む。その時、私はサクラの微妙な変化に気付いた。いつも一緒にいたからこそ分かる微妙な変化、それは……あいつサラシを巻いていない! さっき別れるまで、確かに巻いていたはずなのに。
……あれは絶対にわざとだ。また良からぬことを考えているんだろうな。
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