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やくそく

 サクラは、バロウキンを斬り捨てたようだった。気丈に振る舞ってはいるものの、その笑顔にはどこか陰が差しているのがわかる。誘拐されていた住民たちは無事にアルテナの町へと輸送され、私たちは山賊のアジトの後始末を手伝っていた。すべての山賊を搬送し終えたのは、明け方近くだった。


 半数は隣国オスロウへ送られるらしい。アルテナの町だけでは、収監施設の収容数が足りなかったのだろう。サクラは、高額賞金首だったバロウキンを討伐した英雄として、自警団員たちに持ち上げられていた。実際に彼の戦いを目撃していた自警団員の話によれば――「まるで、鮮血の中で舞い踊る歌姫のようだった」とか。あの刀は斬撃のたびに桜の花びらが舞うエフェクトがあるから、きっとそう見えたのだろう。


 サクラは、死亡した冒険者が実は山賊の一味であったことを説明し、私の無実を訴えてくれた。事件の解決に協力的だったこともあり、私は”情状酌量の余地あり”と判断された。……とはいえ、形式上は一応の拘束を受け、私たちはアルテナの町へと帰還することになった。


 ――事件から、約二日が経過した。


 事件の全容が明らかとなり、私は正式に“無罪”と認められ、解放された。発端をたどれば、サクヤとその相棒がこの町に現れ、周囲のモンスターを一掃したことがすべての始まりだった。冒険者の仕事は激減し、職を失った者たちは、偶然廃墟の砦に拠点を構えていたバロウキンの部下となり、山賊稼業に手を染めていったらしい。窃盗、誘拐、奴隷売買、殺人。わずか1週間あまりで判明しているだけでも、多くの凶悪な犯罪が行われていた。


 主な収入源は人身売買で、過去にも女性や子供をさらっていた形跡があった。さらには冒険者ギルドに“架空の山賊討伐”の依頼を出し、それを受けたパーティーを罠にかけて武具を奪い、命乞いをする者には服従を誓わせ、隷属させる――そんな卑劣な手口も横行していたという。どうやら、それが原因で冒険者ギルドが廃れていたらしい。


 山賊たちの供述により、私が事故で殺してしまった3人組も、構成員であったことが判明し、私の罪は取り消された。――おおよそ、そんな経緯だ。……とはいえ、私の中に残る罪悪感まで消えたわけではない。ただ、死んだ相手が極悪人だったという事実が、ほんの少しだけその痛みを和らげてくれたような気がする。


 留置場の前では、サクラと少年探偵団の子供たちが待っていてくれた。


「……おつとめごくろうさまです!」

「ごくろーさまです!」「ごくろーさまです!」「――さまです!」


 どこかぎこちない出迎えのセリフに、思わず苦笑がこぼれる。……たぶん、サクラが仕込んで、わざわざ練習させたんだろう。だけど、それでも――なんだか、すごく嬉しかった。何より、子供たちのまぶしい笑顔が、私の心に温かい癒しを届けてくれた。


「シノブ殿、これを見てほしいでござる」


 そう言って、サクラがおもむろに冒険者カードを差し出してくる。何かと思って受け取ると、そこには冒険者ランク「B」の文字が記されていた。今回の事件の解決により、どうやら2階級特進したらしい。


 ゲーム内では、いくつもの依頼をこなして、地道に昇格を目指すのが当たり前だった。この世界では、ランクの仕様が少し違うのかもしれない。……ちょっと悔しいな。噂では、バロウキンは元Aランクの冒険者だったらしいし、現実的にはサクラも、もうAランクでも十分通用すると見られているだろう。


「シノブ殿。これから、どうするでござるか?」


「じゃあ、ロープを仕入れて――オスロウ国に出発しようか」


 私のせいで、出発が予定より2日も遅れてしまったわけで。早くサクヤに追いついて、合流したいところだ。そう言った瞬間、子供たちが口をそろえて叫んだ。


「えーっ!? もう行っちゃうの!?」


 ミアちゃんは、私の袖をぎゅっとつかみ、上目づかいで見つめてくる。――どうしてこうも、罪悪感を刺激するような、綺麗な目をしてるんだろう。


「聞け、少年たちよ! 拙者らには、暗黒神を倒すという使命がある。そして、この呪いを解き放ち、世界に平和をもたらさねばならんのだ!」


 サクラは、わざとらしいほど大げさな身振りで、自らの“使命”を語ってみせる。即興で作った設定も、これだけ堂々と語ると説得力が違うな。……と、あきれて苦笑する。


「うおぉ! かっけぇ!」「すごいです!」


 純粋な少年たちには、どうやら大ウケのようだ。この子たち、黒猫の使い魔のことなんて、もうすっかり忘れているらしい。――唯一、それをまだ覚えているのは、私の袖をつかんで離そうとしないミアちゃんだけ、だろう。


「……お姉ちゃん、いっちゃうの?」


 ミアちゃんが、消え入りそうな声でぽつりとつぶやいた。私はしゃがんで、彼女と目線を合わせ、そっと頭を撫でる。


「うん。行かなきゃいけないんだ」


 そう答えると、ミアちゃんは口を尖らせて、少し拗ねたように俯いた。きっと、彼女なりにわかっているのだ。――私たちの事情も、別れが避けられないことも。優しくて、恩を忘れない、聡明な子だからこそ、気持ちの折り合いがつかないのだろう。


「ひとつ目の“内緒の約束”、ちゃんと覚えてるよね? ……じゃあ、もう一つ、約束しようか」


 私はそっと小指を差し出し、彼女の小指に絡める。


「――いつかまた、きっと会いに来るよ。約束する!」


 するとミアちゃんは、ぱあっと顔を輝かせ、力強く頷いた。


「うんっ!」


 私たちは、しっかりと指切りを交わした。


 その後、私たちは子供たちと別れ、雑貨屋で物資を買い揃えたのち、お世話になった宿屋へ挨拶に向かった。宿屋の女将さんは私のことを、事件を解決したサクラの“相棒”として認識していたようで、丁寧にお礼を言われた。ミアちゃんは、約束を守ってくれたらしい。私の正体が”喋る黒猫”だということを、誰にも話していないようだった。


 町の入口に差し掛かると、先ほど別れた少年探偵団の子供たちと、彼らの保護者らしき人々、そして自警団の数人が手を振って見送ってくれていた。そのなかに、ひときわ上質な衣服をまとった、貴族然とした人物が立っていた。


「サクラさん、シノブさん。初めまして。私はアルテナの町を治める領主のひとり、『オスボーン・マッティ・ギッフェン』と申します。このたびは我が領内で起きた事件を解決してくださり、心より感謝いたします。町を代表して、お礼を申し上げたく参上しました」


 そう言ってオスボーン氏は、サクラに装飾の施された小箱を手渡した。一見しただけで、それなりの値で売れそうなほど精巧な造りだ。


「これはかたじけない」


 サクラは礼を言うと、まるでお土産でも開けるかのように、無造作に小箱を開けてしまった。――“デリカシーとかマナーとか、もう少し気にして!”……と思わず心の中でツッコミを入れながらも、中身が気になって私もそっと覗き込む。


 中には、シルクのような上質な布に包まれた白金貨が2枚、きちんと収められていた。この世界の通貨単位は、SMOと同じ「ゴールド」だ。小金貨が1ゴールド、中金貨が100ゴールド、金貨が1万ゴールド。そして白金貨は100万ゴールド――つまり、今回の報酬は200万ゴールドというわけ。


「これでしばらく路銀には困らないでござるよ!」


 サクラが無邪気に喜びを爆発させる姿に、私はつい赤面してしまう。た、たのむから少しは空気を読んでくれ……! ――と、思ったものの、意外にもオスボーン氏や保護者たちは笑顔で頷き合い、柔らかな雰囲気に包まれていた。たぶん、サクラの人柄が、場の空気を自然と和ませたのだろう。こうして私たちは、多くの人々の見送りを受けながら、アルテナの町をあとにする。


「お姉ちゃーん!」


 少し歩き出したところで、背後から元気な声が響いた。振り返ると、ミアちゃんが小さな黒猫のぬいぐるみを抱きしめながら、手を振っている。


「ぜーったい、約束だよ!」


 振っている手の指をぎゅっと握り、小指だけを立てて見せる。私は笑顔で、こちらも小指を突き出して応える。


「侍の姉ちゃん! 俺も、大人になったら侍を目指すぜ!」


「僕も、侍になります!」


 ゲン君とミーツ君も、元気に両手を振って声を張り上げている。「いや、君たち探偵じゃなかったのかい」と、思わず小声でつぶやくと、横を歩くサクラが爆笑した。


「探偵兼侍ってことでよいでござろう」


「どんな組み合わせの兼務よ」


 ……と笑い合う。こうやって軽口を交わせる時間が、なんだか懐かしくて心地いい。SMOの中で、あの頃一緒に過ごした日々を思い出させてくれる。


「がんばるでござるよ!」


 そう言って、サクラも笑顔で手を振り、みんなに別れを告げた。わずか4日あまりの短い滞在だったけど、思い出深い出会いになった。それに、この世界のことをほんの少しだけ、理解できた気がする。見た目はゲームと同じでも、そこに暮らす人々は生きていて、笑って、悩んでいて。現実となんら変わらない“本物の世界”が、ここには確かに存在している。


 ――こうして私たちは、万感の思いを胸に、オスロウ国へと足を踏み出す。旅は、まだまだ始まったばかりだ。

お読みいただきありがとうございます。

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