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オンラインサービス最終日

 オンラインゲーム『ソーサラー・マスター・オンライン』(略称:SMO)、このゲームは、最先端の高性能AIを搭載したフルフェイス型モニターデバイスを用い、パソコン性能に依存しない超高画質360度パノラマ映像を実現したMMORPGだ。そのリアルさと没入感はこれまでのオンラインゲームを一線越えたものにしている。

  

 さらに、プレイヤー自身の声を人気声優の声にリアルタイムで変換し、ボイスチャットが可能な「声優変換機能」も搭載。これに加えて、多言語同時翻訳システムが導入され、世界中のプレイヤーとの円滑なコミュニケーションを可能にした。この技術革新により、SMOは世界初の新世代MMORPGとして大々的に注目を集めた。日本企業とアメリカ企業の共同開発デバイスとソフトウェアのセットは日本円で約30万円と高価だったが、発売後すぐに爆発的な人気を博し、最高同時接続数10億人を記録する大ヒットとなった。

  

『カスタマイズ性と先進的なコミュニケーション』

 SMOのキャラクターメイキングは、内蔵ツールの直感的な操作によって初心者でも簡単にオリジナルデザインを作成可能で、「無課金でも唯一無二のアバターを作れる」と高く評価されている。さらに、200人以上の人気声優を起用したボイスチャット機能は、性別や年齢を問わず自由自在に声を変更可能。例えば、男性が女性の声、女性が男性の声を使うこともでき、違和感のない会話を楽しめる。


 また、フルフェイス型デバイスに搭載された高性能AIの高速処理により、多言語会話もほぼリアルタイム(誤差0.5秒以下)で翻訳され、国際的なプレイヤー間の言葉の壁を完全に解消。このシステムにより、SMOはゲームファンだけでなくアニメ愛好者やビジネスユーザーにも人気が広がり、瞬く間に動画サイトやSNSで世界的トレンドとなった。このような機能により、SMOは単なるオンラインゲームを超えた「新世代のコミュニケーションツール」として評価され、発売当時の他のツールを凌駕する成功を収めた。


『SMOの影響と終焉』

 その革新的な機能の陰で、SMOは社会に新たな問題も引き起こしていた。ボイス変換機能を悪用し、有名声優になりすました卑猥な発言や、犯罪行為に利用される事例が後を絶たなかった。その結果、出演声優の名誉を傷つける事件が多発。裁判沙汰となるケースも増え、連日ニュースで取り上げられるなど、SMOは一種の社会問題としても注目を集めることになった。


 サービス開始から約5年後。かつては最先端とされたデバイスやシステムも、某国によって解析・複製され、安価な模倣品が市場に出回るようになる。これらの技術は次第に各分野に応用され、やがて汎用化。その影響で、SMO自体は”過去の遺物”と見なされるようになり、同時接続人数の減少が顕著になっていった。


 プレイヤー人口の減少に伴い、SMOの運営も徐々に活力を失っていく。アップデート内容は明らかに質が低下し、新たに追加される武器や防具、敵キャラクターは色や性能数値が変わっただけのマイナーチェンジが目立つようになった。運営スタッフの減少により、メンテナンス後にはバグが頻発し、緊急メンテナンスが常態化。「プレイヤーがデバッグをしている」という皮肉すら囁かれる始末だった。


 さらに、大規模アップデートの欠如や、毎週のように更新される課金ガチャもプレイヤーの不満を煽り、離脱を加速させた。古参プレイヤーは次々と引退し、新規プレイヤーも増えない状況が続く。運営体制は縮小を余儀なくされ、各国に設置された管理会社は次々と撤退。


 そしてついに、日本とアメリカに残っていた運営もサービス終了を発表した。かつては世界を熱狂させたSMOも、栄光の時代を終え、静かに幕を下ろすこととなった。



 しかし、そんな時代遅れと言われるゲームでも、なお楽しみを見出して続ける酔狂なプレイヤーたちがいた。その中の一つが、仲の良いリアル女性限定の小規模ギルド『深紅の薔薇』だった。ギルド結成時は52人のプレイヤーで賑わっていたが、サービス終了の発表や新たなゲームの台頭と共に次々と引退者が続出。最後に残ったのは、結成当初からの親しい古参メンバー6人だけだった。


 私は『相葉忍(あいば しのぶ)』。この深紅の薔薇の一員で、日々、ギルドメンバーと夜な夜なまったりチャットを楽しむ自堕落な生活を送っている。現実では高校に通い、少ないながらも友人はいる。でも心のどこかで、私は現実よりもこのゲームの世界『レナスディア』に強く惹かれていた。時折、「この世界こそが現実だったら……」と思わずにはいられない。それほど、この電脳世界は私にとって居心地が良く、心の拠り所だったのだ。


 レベルはすでにカンストし、キャラクター育成要素もすべて終了。メインクエストもサブクエストも制覇し、残る挑戦は唯一のエンドコンテンツ『世界最強の武器と防具を作る』のみだった。しかしこのクエストは、かつて10億人がプレイしていた時代でも、わずか2人しか達成者がいないとされる伝説的な高難易度。私はその気の遠くなるような難易度に最初から挑戦を諦めていた。


 私のキャラクター名は『シノブ』。リアルの名前をもじり、回避に特化した職業『忍者』を選んでいる。この選択は私なりの工夫の結果だった。アクションゲームにはあまり得意意識がない私でも、忍者なら巧みに立ち回れると聞いたからだ。このゲームでの回避性能は特殊で、仮に被弾しても確率でダメージをゼロにできるというシステムがある。私はレベルアップ時に得られるボーナスポイントを全て回避に振り、徹底的にその能力を追求した。斥候系職業の最上位にあたる忍者は即死攻撃のスキルを多数覚えるので、雑魚モンスターとの戦闘に関しては攻撃を全て回避し一撃必殺で制圧するという立ち回りのキャラクターとなっていたのだ。


 そして今日はSMOのサービス最終日。


 普段は閑散としているロビーも、この日ばかりは多くのプレイヤーがログインし、久しぶりの賑わいを見せていた。プレイヤー同士の笑い声や、思い出話に花を咲かせる声がロビー全体に満ちている。このゲームが初めてのMMORPGだった私にとって、サービス終了というイベントは初めての経験だ。新鮮さと寂しさが混ざり合った、不思議な感覚に包まれている。


「ここがなくなるなんて、まだ実感が湧かないなぁ……」


 思わず呟いた私の言葉は、広いロビーの喧騒に消えていった。サービス終了後にはこの世界へ2度とアクセスできなくなるという事実が、どこか非現実的に感じられて仕方がない。


 ロビーには推定3000人ほどのプレイヤーが集まっている。全盛期の規模には遠く及ばないものの、これほどの人数をこの世界で見るのは久しぶりだ。会話に耳を傾けると、誰もがこのゲームの思い出を語り合っている。


「……ねぇ、なんだか懐かしいね。サービス開始当初を思い出す」


 高校の入学祝いとして、このゲームを両親からプレゼントしてもらい始めた2年前。初めてこのロビーに足を踏み入れた時も、こんな風に活気に満ちていたのを覚えている。サーバー稼働残り2時間を切った頃。ギルド『深紅の薔薇』のマスターである『ミカエル=アルファ』、通称”ミカさん”が立ち上がった。


「みんな、ちょっと提案があるんだけど、聞いてくれる?」


 ロビーにいるギルドメンバーの目が一斉にミカさんへ向けられる。リアルでは現役の医大生で、ゲーム内ではプレイヤーランキングの常連。さらには、SMOを特集した雑誌で紹介されたこともある彼女は、私にとって憧れの存在だった。ギルドをまとめ上げるリーダーとしてだけでなく、年齢が近いこともあって私の進路相談に乗ってくれたこともある優しく凛々しいお姉さんだ。そんなミカさんの提案はシンプルだった。


「残りの2時間、最高難易度のストーリーモードをみんなでクリアしよう!」


 ロビーがざわつく中、私はふと息を呑む。ギルドメンバー全員がレベルカンストしているから、クリアそのものは難しいことではないだろう。けれども、時間が残り少ない中での挑戦は、プレッシャーと緊張を伴う。それでもミカさんの言葉には、揺るぎない信念があった。


「ここが私たちの居場所だった。このゲームに感謝の気持ちを伝えるためにも、最後にみんなで思い出を作ろうよ!」


 その言葉に、メンバー全員が頷いた。どこかしら緊張した表情の中に、わずかな笑みが浮かぶ。私たちはこの日、この時間、この瞬間を共有するためにここにいる。最後の2時間で挑む最高難易度ミッション。それは、私たち深紅の薔薇にとって最高のフィナーレとなるだろう。


「よし、行くでござる!」


 その時、江戸侍口調の女性が立ち上がり同意した。彼女の名前は『SAKURA(サクラ)』、通称も”サクラ”。長身の『侍』でギルドのいじられ役兼ムードメーカーである。リアルではブラック企業のOLで、よく言えば社会の厳しさを愚痴という形で教えてくれる気さくなお姉さんだ。たまにお酒を飲んでログインして、「がはは!」と男勝りな笑い方をするのが玉に(キズ)だったりする。


「よかろう! 最後に我が魂の片割れを闇に葬り去ろうぞ!」

「少し面倒ですけど……いきましょうか」


 この中二病全開の”魔王ロールプレイ”をしている人物は『暗黒神ハーデス』、通称”ハーちゃん”。ストーリーモードのラスボス『暗黒神ザナファ』と同一の魂を持つという”設定”のロールプレイをしている自称天才システムエンジニアの女性。26歳と言っていたけど、ロールプレイを徹底しているせいか、本当は中学生でしたと言われても納得してしまうかも知れない。


 面倒臭そうに立ち上がったのは『伊集院咲耶(いじゅういん さくや)』、通称”サクヤ”。ファンタジー世界にそぐわない赤いパンツスーツを着用した妖精種(エルフ)で、礼儀正しい言葉遣いで年齢不詳のお姉さん。在宅勤務で年収3000万以上稼いでいると自称し、メンテナンス時以外は常にログインしている強者で、本人は否定しているが影では自宅警備員を疑われている。


 その時、画面横に流れるチャット欄に”DOS「行こう」”と打ち込まれる。


DOS(ドス)』と読むこの人物は深紅の薔薇のサブマスターで私は”ドッちゃん”と呼んでいる。彼女は私の師匠にあたる人物で、ミカさんと共に深紅の薔薇を立ち上げた創設者の1人だと聞いた。彼女はギルド最年長の36歳既婚者で自営業を行っているらしい。デバイスが故障しているのかボイスチャットは使用せず、もっぱらキーボードチャットをしている。倍近く年齢が上だけど、2年前に初めてログインした時からこのゲームの”イロハ”を丁寧に教えてくれて、このギルドにも誘ってくれたお母さんのような人だ。


 他にもたくさんメンバーはいたけれど、皆フレンドカードを残し引退していった。リアルの事情もあるし、コンテンツの更新が終わった時点で飽きたりもしたのだろう。寂しいかぎりだけど、どんな事柄にも止めたり終わったりする理由があるとドッちゃんが教えてくれた。既婚者で人生の先輩の言葉は重みが違うと感じた。


 全員の合意を得て、私たちは最高難易度のストーリーモードを始めた。役割分担は単純明快で、忍者の私が先行し敵の攻撃を回避しながらヘイトを集める。聖戦士系最高位『ロード』のミカさんが盾役(タンク)、殴り系聖職者『アークビショップ』の咲耶が回復・補助役(ヒーラー・サポーター)攻撃役(アタッカー)は『侍』のサクラと、魔法職最高位『カオスソーサラー』のハーちゃんが敵を殲滅、取りこぼしを遠距離銃撃職『スナイパー』のドッちゃんが遠距離攻撃役(サブアタッカー)として処理をする感じ、当然チームワークは抜群だ。特に苦戦する事もなく昔話に花を咲かせながら、次々とミッションをクリアし皆でSMOのストーリーを辿っていく。今日で最後か……と不意に郷愁が心を震わせる。願う事なら、ずっとこの時間が続けばいいのにと心から思う。


 約1時間と50分をかけてストーリーモード最終ダンジョンの最下層、ラスボスの鎮座する部屋の大扉の前にたどり着いた。視界の上部に「あと10分でメンテナンスが開始されます……」的な文章が表示され、刻一刻と最後の時を迎えようとしていた。


「最終決戦だ! 行くぞ皆!!」

「おう!」「おおー!」「OK!」


 ギルドメンバー全員が武器を構え、ラスボス部屋の大扉を開放する。ストーリーモードの難易度設定は選択可能で、参加人数やプレイヤーレベル合計によってボスの行動や能力値が変化する。絶妙な調整がされており、比較的難しいが難易度設定を変更すれば単独(ソロ)クリアも可能だ。上手なプレイヤーは"RTA"(リアルタイムアタック)や"ドロップ装備縛り"といったやり込みプレイを動画サイトに投稿することもあり、多くのプレイヤーは必ず挑戦しクリアしている。


 最高難易度の暗黒神ザナファは、推奨レベル70以上のプレイヤー20人以上が必要と言われている。それをレベル100のプレイヤー6人で10分以内に倒すのは、なかなかの挑戦だ。特に、回避に全振りした私は攻撃力が低く、即死耐性を持つザナファ相手では戦力として心許(こころもと)ない存在になる。それでも今日は、必ず勝ってこのゲームに最高の形で幕を下ろしたい。そう強く思っていた。


 対峙する暗黒神ザナファはプレイヤーキャラクターの10倍以上の巨大サイズで8本腕に蜘蛛の下半身をした巨大モンスターで物理・魔法など多彩な攻撃を仕掛けてくる。部位破壊をする事でレアアイテムを落し易くなるが、各部位破壊をするごとに攻撃力が上昇し攻撃パターンが苛烈になる。今日に限ってはドロップアイテム狙いではなく時間内討伐が最終目標なので、最大の急所である頭部への集中攻撃をするのみだ。


「あと2分! ギリギリだ!」

 チャット欄:DOS「部位破壊は無視で頭部に集中しろ!」

「最後だ、咲耶も攻撃に回るでござる!」

「了解です!」

「魂の片割れよ、我が究極魔法にて深淵へと沈むがよい!」

「いっけぇぇぇ!!」


 画面上部に「あと1分でメンテナンスが開始されます……」と表示され、ロビーではプレイヤーたちがサービス終了に向けて大規模なカウントダウンを行っていた。周囲に声を届けるオープンチャットや運営のみが使用でき全サーバーにログを表示させれるワールドチャットが本日のみプレイヤーにも限定解放され、「88888888888」や「おつかれー!」とか「またねー!」と、ゲームを楽しんできたプレイヤーの声が表示され始める。そして「10、9、8、7……」とカウントダウンの合唱でチャット欄が埋め尽くされ、異常な速さで会話ログが流れては消える。それを横目に私たちは懸命に最後の攻撃を仕掛けた。もう少しだ絶対に勝てる。


「オオオオオオオオ!!」


 暗黒神の雄叫びが響き渡り、視界が大きく揺れた。その直後、まばゆい光が視界全体を包み込み、思わず目を閉じる。それと同時に、意識が遠のいていくような、浮遊感に似た感覚に包まれた。


 ――ようこそ、僕の箱庭へ。


 女性とも、声変わり前の少年とも取れる、どこか幼さの残る高い声が聞こえた気がする。数分だったのか、それとも数時間だったのか、時間の感覚を失ったまま、ふと意識を取り戻す。目を開けると、そこには澄み渡る青空と、燦々と輝く太陽、そして悠然と流れる真っ白な雲が広がっていた。頬に触れるのは、柔らかく育った青草が風に揺れるくすぐったい感触。


 ――ここは……どこ?

お読みいただきありがとうございます。

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