第一話:追放された荷物持ち、覚醒の兆し
「おいリュウ、お前また遅れてんぞ! そのでけぇ剣、もっと軽く持てや!」
「す、すまない……」
俺の名はリュウ。職業は【荷物持ち】。
勇者パーティの一員……という肩書きはあるが、実質的には雑用係。荷物を運び、テントを張り、水を汲み、敵が出れば隠れてろ、と命じられる日々だ。
もちろん、戦闘には参加できない。俺のステータスは平均以下。スキルも【重量耐性(小)】とか【持久力アップ(微)】とか、どう考えても戦力にはならないようなものばかり。
「なぁ、もうこいつ要らなくね?」
ある日の焚き火の場で、戦士ガルドがそう言った。横には魔法使いのミリアと、聖女エレナ、そして勇者ユウト。
「そうだな。正直、リュウの分の飯がもったいないし」
「うん、リュウ君には感謝してるけど……戦いについてこれないなら、ここで別れてもいいんじゃないかな」
「……」
俺の言葉は、喉元でつかえた。
そして、追放は決まった。何も持たせてもらえず、残ったのは汚れた服と、自分の手で手入れしていたバックパックだけだった。
──それから、数ヶ月が経った。
山中にぽつんと建つ朽ちかけた山小屋。雨風をしのげるだけの最低限の設備だが、今の俺には十分だった。
食料は自分で狩り、薬草は自分で煎じる。生きるための知識は、追放されてから死に物狂いで覚えた。
【荷物持ち】として鍛えた身体は、皮肉にもこの生活と相性がよかった。重い荷物を背負って移動することには慣れている。今は逆に、背中に何もないと落ち着かないほどだ。
ふと、思い立ったように呟く。
「……そういえば、ステータスって久しく見てなかったな」
勇者パーティにいた頃は、見るたびに劣等感に苛まれていたステータス画面。でも今は──なんとなく、自分の中で何かが“変わった”ような気がしていた。
「《ステータス・オープン》」
光が走る。半透明のウィンドウが、目の前に浮かび上がった。
【ステータス】
名前・・・・リュウ
職業・・・・荷物持ち(ポーター)
レベル・・・255
HP ・・・・3570
MP ・・・・212
筋力・・・・961
敏捷・・・・752
耐久・・・・1287
【スキル】
・重量耐性(極)
・持久力超強化
・荷重吸収(NEW)
・自己強化:負荷反応(NEW)
・隠密行動(上級)
・生命力活性(中)
「……な、なにこれ……」
言葉を失った。記憶では、レベル8、筋力は20前後、スキルも“微”や“小”だったはずだ。
だが思い返せば、毎日背中に山ほど荷物を背負い、崖を登り、洞窟を歩き、死にかけながらも生き延びてきた。
──そうか、荷物そのものが、俺を鍛えていたのか。
【荷重吸収】──荷物の重さを経験値や能力値に変換するスキル。
【自己強化:負荷反応】──高い負荷に応じて、肉体が即時強化される自動スキル。
つまり──俺は、知らず知らずのうちに“超人”になっていた。
「……試してみるか」
小屋を出て、人気のない森の奥へ向かう。俺の気配を感じたのか、木の陰から一体の魔獣が現れた。
体長3メートル、鋭い牙と黒い毛並み。Bランク魔獣【牙狼グリス】。勇者パーティでも、2〜3人がかりで戦った相手だ。
「来い」
拳を握ると、牙狼グリスが飛びかかってくる。
その瞬間──「……ふっ」
俺の拳が空を裂いた。
ドンッ!!
鈍い衝撃音とともに、牙狼グリスの頭部が爆ぜ、肉片が木々の間に飛び散った。
「……マジかよ……」
一撃だった。かつてあれほど苦戦した魔獣が、今の俺にはただの雑魚。
「これ……マジで、一人で生きてけるじゃん……」
あの時、俺を追放した奴らの顔が脳裏に浮かぶ。勇者ユウト。戦士ガルド。聖女エレナ。魔法使いミリア。
「ざまぁみろ……俺は、もう“お前らの下”じゃねぇんだよ」
口元が自然に吊り上がる。胸の奥で、熱が燃え上がる。
あの日、地面を這っていた俺はもういない。これからは俺が、この道を選び、進む。一人で、自由に。
そう決めた俺は、肩に簡素な荷袋を引っかけ、次の村へと歩き出した。空は青く澄み、鳥のさえずりが聞こえる──はずだった。
だが、途中から様子がおかしいことに気づいた。獣の気配がない。鳥も虫も沈黙し、風さえどこか冷たい。
そして、村が見えた。地図に記された、平和な農村──そのはずだった。
「な、なんだよこれ……」
焦げ臭い匂い。砕けた家屋。地面に残る、巨大な爪痕。村の中央に、村人たちが集まり、何やら言い争っていた。
「魔王軍だ! 今朝方、空から降ってきやがった!」
「勇者様は!? 勇者様は来てくれないのか!」
「無理だ……。一昨日、王都からの使者が来て……勇者パーティ、全滅したって……!」
全滅──その言葉が、耳に突き刺さった。俺を見捨て、追放し、英雄を気取っていたあいつらが。
「勇者が……死んだ?」
村人の一人が、俺に気づく。「お、お前さんは……冒険者か? なら、お願いだ! どうかこの村を──!」
その“お願い”を最後まで聞くことはなかった。
「いいよ」
俺は荷袋を地面に放り出し、ゆっくりと首を回した。
「勇者が死んだなら──次は俺の番だ」
「え……?」
「魔王が攻めてくるなら、こっちから叩き潰すまでだろ。世界を救って──いや、背負ってやるよ」
そう言い残し、俺は村を後にした。向かうは──魔王の本拠地、漆黒の城。
魔王城は、空をも覆う黒い雲と雷光の中にそびえていた。地を這う者、空を飛ぶ者、魔族たちがひしめく、絶対的な敵の本丸。……だけど、俺はたった一人で、堂々と正門をノックした。
「開けろ。荷物持ち様の登場だ」
その声が響いた直後、城門が軋むように開いた。
「ふむ……貴様が“例の男”か」
現れたのは、魔王直属幹部《死牙公ダロス》。骨のような肌、漆黒のマント、全身から溢れる死の瘴気。Aランク冒険者10人を同時に殺したとされる魔族。
「魔王様に挑む愚か者め。ここまで来たことは褒めてやろう──だが、ここまでだ」
「……喋りすぎだ、骨野郎」
「なに?」
次の瞬間──俺の姿が、ダロスの視界から消えた。
「……どこに──」
バキィッ!!!
音が鳴ったのは、彼の胸骨が粉砕された瞬間だった。
「が、あ、ぁ……」
吹き飛ぶ死牙公ダロス。石造りの廊下を五十メートル以上も滑り、壁に叩きつけられてようやく止まる。
その場にいた魔族たちは、誰一人として動けなかった。何が起きたのか、理解する間もなく終わっていた。
俺は黙って歩み寄る。目の前に倒れ伏す、もう動かぬ死牙公に、冷たく一言。
「俺を舐めたことを後悔しながら、砕けろ」
バチン、と軽く踏みつけたその瞬間、死牙公ダロスは音もなく粉塵と化した。
──ただの、雑魚だった。
「次は誰だ。幹部でも魔王でも、まとめて来いよ」
その言葉に、魔王城全体が震えた。侵略者としてではなく、世界の運命を背負う破壊者として。