ep.8
ゾーマと私はニワエの冒険者ギルドから逃げるように出てきて、すぐにその場を離れた。
「ちょっとあんたたち!待ちなさいよ!!」
ものすごい勢いでさっき出会ったあの女性が追いかけてきた。
「振り返るんじゃないぞ!」
ゾーマはそう言って私の腕を掴み走った。
しかし女性はとても足が速かった。
私は女性に捕まってしまった。
「逃げるなんてひどいじゃない!」
「おやおや、私たちを呼んでいたのですか。」
私が捕まったのを見てゾーマは白々しくそう答えた。
女性は息を切らしていたが私の腕を離そうとはしなかった。
「孫が怯えております。離してもらえますかな?」
ゾーマが女性を睨みつけると、女性はハッとして掴んでいた手を離した。
「ごめんなさい!痛かったかしら?」
「大丈夫です。」
「でも、嘘をつくなんてひどいじゃない?あなたたち魔法が使えるんでしょ?あの馬車、どう見ても普通じゃなかったわよね!」
この女性はどうやら岩の馬のことを思い出したようだった。
「いかにも。わしは魔法使いじゃよ。でもお前さんも貴族じゃろ?魔法の1つや2つ使えるじゃろ。」
ゾーマは開き直った様子でそう言った。
女性はすぐに悲しそうな顔になった。
「貴族が全員魔法が使えるだなんて思わないでよ。」
さっきまでの勢いはなく、弱々しく女性はそう言った。
「ミルフェ様…やっと追いつきました…」
さっき一緒にいた年配の男性がヨロヨロと走ってきた。
「バール、遅いじゃない!逃げられるところだったわよ!」
「申し訳ございません。」
どうやらこの男性はこの女性の従者のようだった。
「挨拶が遅くなったわね。私はミルフェよ。貴族と言っても辺境に住んでる底辺よ!こっちは執事のバールよ。」
ミルフェは堂々とそう言い切った。
「そんな底辺貴族のお嬢さんが、わしらに何か用ですかな?」
ゾーマは明らかにめんどくさそうにしている。
「あの時、助けてくれなかったことは許すわ!でも少しくらい罪悪感はあるでしょう?だから私たちの積荷を取り返す手伝いをしてくれないかしら?ちゃんと報酬は払うわ!」
ミルフェは鼻息を荒くしてそう言った。
「罪悪感などありません。それに老人と子供にそんな危険そうなこと、できるわけがありません。」
「できるでしょ!あなた、かなり腕のいい魔法使いじゃなくて?私は魔法が使えないけど、そういう勘だけはよく当たるのよ!嘘はたくさんよ!」
ゾーマはふぅーとため息をついた。
「冒険者ギルドで依頼を出せばどこぞの強い人がやってくれますぞ。わざわざこんな老いぼれと子供に頼むことはありませんぞ。」
「もちろん依頼は出してきたわ。でも受付の人に言われたのよ、同じような依頼がたくさん出ているけど受ける人がいないって。早くしないと売り捌かれてしまうわ!とても大事なものが混ざっているのよ…お金じゃ…どうにもならないものが…お母様からいただいた形見のペンダントが…」
ミルフェは怒っていたかと思うと今は泣きそうになっていた。
「取り戻したいのはそのペンダントだけかね?」
「そうね、他のものはお金を出せばどうにかなる物だわ。ペンダントだけ戻れば文句はないわ。」
ゾーマはまたため息をついて「しかたないのぉ」と言った。
「犯人の目星はついてるのかね?」
「もちろんですわ!このバールが奴らに目印をつけましたの。この男、戦いは全然だめですけどそういう小賢しい魔法は得意なんですのよ。」
ミルフェはそう言うとバールに地図を出させた。
「犯人は今ここにいます。」
バールは地図にある赤い点を指差した。
よく見るとその赤い点は動いているようだった。
「あの森の奥のようじゃな。」
「多分そこに奴らのアジトがあるんだわ。」
ゾーマは地図を持ち、「借りるぞ」と言って畳んでバッグに入れた。
「お前さんたちは宿屋かどこかで待っとってくだされ。いると足手まといになるじゃろうから。」
「わかったわ!この子は置いていく?面倒みてましょうか?」
「この子は連れて行く。わしの邪魔はせんからのぉ。」
ゾーマは「では後ほど」と言って2人と分かれた。
そしてゾーマと私は森へ向かうことになった。
────
街を出るとゾーマはアイテムボックスから小さな荷車を出した。
「目立たないほうが良かろう。」
そう言って私と荷車に乗り込むといつものように岩の馬を出した。
「しっかりつかまってるんじゃよ。」
「うん。」
荷車は馬車よりも速かった。
道が整備されていることもよかった。
そしてすぐに森に到着した。
ゾーマは荷車をアイテムボックスに入れた。
「危険だと思ったら魔法で倒していいからな。」
「わかった。」
奥に進んでいくと見張りのような男が2人ほどウロウロしていた。
ゾーマは2人の口を塞ぎ、拘束の魔法を使った。
「ユトや、あれを試してみなさい。」
私は頷き、2人に触れた。
2人とも中に黒いものがある。
大きなそれはグルグルと渦巻いていた。
私はそれらを捕まえて握りつぶす。
黒いものは私に掴まれるとシュッといって消えてしまう。
2人はすぐに驚いた顔になった。
ゾーマはそれを見て塞いでいた口を自由にした。
「俺たちはなんてひどいことをしてきたんだ…」
ショックを受けている様子だった。
「昨日女性から奪ったペンダントを知らない?」
私はうなだれている2人に聞いてみた。
「目ぼしい物はすべてカシラが持ってるはずです。強欲ですから…なぜ俺たちはそんなやつのために働いていたんだ…」
2人は後悔していると言った。
「後で拘束はとるから、今はもう少し黙っててくだされ。」
ゾーマはそう言うとまた2人の口を塞いだ。
2人はおとなしく頷いた。
建物が見えてきた。
そのまわりにも見回りがいるようだった。
ゾーマは1人ずつ同じように拘束して口を塞いで1ヶ所に集めた。
ぐるっと建物のまわりに5人ほどいた。
私はまた同じように彼らの中にある黒いものを潰した。
「中には何人いるのかな?」
「3人です。カシラとその奥様と奥様の弟さんがいます。」
拘束された男は隠すことなく教えてくれた。
そしてさっきの男たちのように「なぜこんなことを…」と嘆いていた。
「3人か。まぁ、いけるか。」
ゾーマは少し考えてからまっすぐ建物に向かった。
私は音を立てないようにしてその後についていった。
窓から覗くとソファに座っている男と女が見えた。
もう一人は奥の部屋にでもいるのだろう。
ゾーマはその2人を拘束して口を塞いだ。
ソファの上でモゴモゴと動いている。
それに気がついたのか、奥のドアが開いてもう一人の男も出てきた。
ゾーマは窓の外からその男も拘束した。
ゾーマと私は建物の中に入った。
中にはボロい小屋には不似合いな装飾品がたくさん並べられていた。
「誰だお前は!何をした?!離せ!!」
見るからにボスっぽい男がジタバタと動いていた。
「ユトや、頼めるかな?」
「うん。」
私は建物の中の3人の中にある黒いものも握りつぶした。
ボスだと思われる人のは他の人のそれよりもはるかに大きくてドロドロしているようだった。
それでも私が消えろと念じるとそれはスゥーッと消えていった。
さっきまで叫んでもがいていた男はおとなしくなり、「どうしてこんなことを!」と他の人たちと同じような反応を示した。
「奪ったものを返してもらうぞ。」
「はい。本当に申し訳ありませんでした。」
私は女の人がペンダントをつけているのを見つけた。
「これは昨日のやつですか?」
「はい。持ち主の方に返してくれますか?」
女の人は泣きそうな顔で私にペンダントを渡した。
「大切なものらしいです。ちゃんと返しておきますね。」
ゾーマを見ると小屋にある装飾品やお金を次々とアイテムボックスに入れていた。
「どうせアホな貴族の連中のものだろう。わしがもらってやるわ。」
ゾーマはそう言いながら悪い顔をしていた。
「おじいちゃん、悪い顔になってるよ。」
「なぁに、こいつらを改心させてやった報酬じゃよ。正当なものさ。」
私はちょっと悩んだけれど、何が正しいのかよくわからなくなって考えるのをやめた。
「ミルフェさんみたいに大切なものも中にはあるかもよ?」
「そうじゃな。その時は返してやるさ。」
ゾーマはそう言って笑った。
なんだか怪しい笑顔だったけれど、ゾーマからは嘘をついている感じは一切しなかった。
そして小屋はほとんど空になった。
「さて、お前さんたち。ニワエでお前たちの討伐依頼がたくさん出ているのは知っておるかな?」
「はい。知ってます。」
「それなら話が早い。街に行けばお前たちは捕まるじゃろう。しかし今は後悔しているし、もう二度と悪いことをしようだなんて考えられないじゃろ?」
「もちろんです!罪は償います。」
「いや、わしらはお前たちを罰するために来たんじゃないんじゃ。お前たちがここから消えても構わないんじゃよ。」
「それは?どういうことでしょう?」
「だから、街には行かずにどこか別の場所で人生をやり直せと言ってるんじゃ。」
「しかし…私たちは…」
「貴族たちから金目のものを奪ったんじゃろう?わしは貴族が嫌いでな。どっちかと言うとお前さんたちの味方じゃよ。」
ゾーマがそう言うと盗賊たちは驚いていた。
そしてアイテムボックスからお金を出してカシラと呼ばれる男に渡した。
「その金でみんなでやり直しなさい。この島から出るのもいいかもしれん。とにかくニワエには近づかないことじゃ。できるかね?」
「いいのでしょうか?」
「いいんじゃよ。わしらは役人でも何でもない。ただの老いぼれと子供じゃよ。お前さんたちはその老いぼれと子供に財産を盗まれた被害者みたいなものだよ。」
ゾーマはそう言って笑った。
「ありがとうございます。」
盗賊たちはまるで神様でも見るような目でゾーマを見ていた。
ゾーマは「ちょっと不気味じゃな」と言って小屋を出てきた。
「さて、街に戻るか。」
街までは歩いてもそんなにはかからない。
「歩いて行くかね?」
「うん!」
ミルフェのペンダントは青い大きな石がついていて太陽の光が当たるとキラキラ輝いてきれいだった。
裏には『永遠の愛』と文字が刻まれていた。
きっとミルフェのお母さんが愛する人に貰ったものなのだろう。
私はそれをそっとポケットに入れた。
「暴力なしに解決できるなんて、ユトや、お前の力は素晴らしいな。」
ゾーマは誇らしげにそう言うと私の頭を優しく撫でてくれた。
恐ろしい力でもあると思ってはいたけれど、そう言われるとすごく嬉しかった。
なんだか自分は存在しててもいいんだよと言われている気がした。
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