ep.7
海は思いのほか大きくて、私が思っていたよりも隣の島は遠かった。
どうやら地図の縮尺は適当だったらしい。
「半日はかかると思うぞ。」
ゾーマは舵の前に座り退屈そうにそう言った。
全長10mはあるだろうこの船はしっかりした造りでとてもきれいだった。
昔もらったと言っていたが、きっとかなりのお金持ちの人からの贈り物だろう。
ゾーマは舵もとらずに魔法任せにしている。
私は船酔いをしたようで少し気持ちが悪くなっていた。
前方に黒いものが見えたかと思うと、それはこちらに向かって来るように見える。
「おじいちゃん、この船に向かって何か来るよ。」
それは2艘の船だった。
この船よりも小さなボロい船だ。
「めんどくさいのぉ。海賊みたいじゃよ。」
ゾーマはハァとため息をついた。
近づくと2艘合わせて10人くらいの人が乗っていた。
みんな剣やナイフを片手にワーワーと目をギラギラさせてこちらを見ている。
ゾーマは向かってくる船に向かって魔法を放った。
海賊たちの船は急に旋回して、乗っていた人たちは次々と海に投げ出された。
「ユトや、あいつらの黒いものは取れんかね?」
「えっと…その人に触らないと無理みたい。遠いとそれの存在も見えないや。」
「そうか、残念じゃな。」
海では海賊たちが大騒ぎで泳いでいた。
ゾーマの船はそれを避けるように通り過ぎる。
「くそー!待てこの野郎!!」
海賊たちはニヤニヤと笑うゾーマに向かって溺れそうになりながらそう叫んでいた。
「二度と悪さができんようにするか。」
ゾーマは黙っていればよかったものをと言いながらプカプカ浮いていた海賊たちの船に火をつけた。
「やめろー!!!」
海賊たちは慌てて船に乗り込み、一生懸命火を消そうとしている。
火はすぐに消えたようだが、ボロボロだった船はさらにボロボロになった。
「まっとうに漁業でもしていればいいものを。」
ゾーマはだんだん見えなくなる海賊たちの方を見て残念そうにそう言った。
「お魚、いないのかな?」
私は海の中を見ようとしたけれど魚の姿までは見えなかった。
「いっぱいおるじゃろ。町にたくさん売ってたじゃろ?」
そう言われてみればさっきの町にたくさん売られていたし、宿の料理にもたくさんの魚料理が出てきて美味しかった。
「変なの。」
「魚を獲るよりも人から船や金を奪うほうが早くて割がいいのかもしれんな。海を渡るのは商人が多いから、わしらも間違われたんじゃろう。」
「海も物騒だね。」
「まったく。」
それからは海賊も現れず、すぐに隣の島が見えてきた。
「すごいね!崖の上に家がたくさんあるよ!」
断崖絶壁の崖の上には豪邸がたくさん並んでいた。
「景色がいいからのぉ。貴族たちが別荘地にしとるんじゃろ。」
ゾーマは船が行き交う港を避けて、近くの砂浜に船を近づけた。
船は砂浜の上に乗り上げて知らない人が見たら座礁しているように見えるだろう。
梯子をおろして砂浜におりた。
カニのような生き物がヒョコヒョコと歩いている。
ゾーマは自分がおりるとすぐに船をアイテムボックスに入れた。
ゾーマのアイテムボックスの中には家と馬車と船が入っていることになる。
「そのバッグを盗まれたら大変だね。」
「なあに、他の人が何をしようとも、わし以外の人には取り出せないんじゃよ。」
アイテムボックスは所有者しか使えないという制限付きのアイテムなのだと言う。
今はバッグをアイテムボックスとして使っているが、どんなものにでも付与できるのだと言った。
見た目が違う複数のものを使っても中身は共通するのだという。
(便利だなぁ)
ゾーマは地図を見て、次の街を確認した。
港は小さな町になっていたがここには宿屋がないという。
すぐ近くに大きな街があるからだ。
「この島の首都ニワエに向かうぞ。」
ゾーマは道に出るとアイテムボックスから馬車を出して、魔法で岩の馬も出した。
街道は馬車の往来が多い。
商人が多くて活気があるようだった。
「豪華な馬車も多いね。」
すれ違う馬車には真っ白で美しい馬の引く装飾を施された豪華なものがあった。
「貴族の奴らじゃろう。崖の上に豪邸があったじゃろう?そこに向かっているんじゃろう。」
「なるほど。」
太陽が沈みかかって空がオレンジ色に染まった。
街に向かう道は整備されていてきれいだった。
貴族がよく通る道だから優先的に整備されたのだろう。
「この森を越えたらすぐ着くぞ。」
途中に小さな森がある。
背の高い木がたくさん生えていて森の中は薄暗かった。
「きゃーー!!」
前方から女性の悲鳴が聞こえてきた。
「なんじゃ?」
少し先で貴族のものと思われる馬車が止まっていた。
「盗賊に襲われているようじゃなぁ。」
ゾーマは呑気にそう言った。
私たちの馬車が近づいても盗賊たちは逃げる素振りもなかった。
ゾーマも助けるような感じではない。
「助けてー!」
馬車の中の女性が叫んでいる。
「助けなくていいの?」
「いいじゃろ。命まで奪うような奴らじゃないじゃろ。」
ゾーマは貴族が嫌いだ。
私には貴族の前で絶対に魔法を使わないようにと言っている。
この世界に魔法という概念があるとはいえ、魔法が使えるのは限られた人たちだけだった。
貴族たちは自分たちの血筋に魔法使いを増やすようにしているという。
だから貴族同士の縁組はもちろん多いが、ときどき庶民の中に生まれる魔法使いも養子として貴族に売られたり、誘拐されたりもしているらしい。
ゾーマは私の能力は国をも動かす危険な力でもあると思っている。
どこまでできるのか試したことはないけれど、みなちゃんのように抜け殻にすることが容易にできるようならかなり危険と言っていいだろう。
しかし今のところは悪い奴らを改心させるくらいの能力しかわかっていない。
ソレイにかけられた呪いを解いたことになっているが、本当に私の能力なのかと聞かれると確証は今のところない。
だってどうやったのか何も説明できないからだ。
そして私たちの馬車はその現場を通り過ぎた。
馬車の中には年配の男性と若い女性が乗っているように見えた。
盗賊たちは貴族の積荷を奪っていた。
ゾーマの言ったとおり命の危険はなさそうだ。
「傭兵も雇わないケチな貴族が悪いんじゃよ。」
確かにあんな豪華な馬車なら狙ってくださいと言っているようなものだろう。
実際に護衛をつけている馬車がほとんどだった。
すぐに森を抜け、ニワエの街が見えてきた。
ゾーマは街の手前で馬車をアイテムボックスに入れた。
岩の馬はいつものように土になった。
すっかり日が落ちて暗くなっていた。
「まっすぐ宿屋に行くぞ。」
並んでいる店は閉まっているところも多い。
開いているのは飲食店ばかりに見える。
昼間はさぞかし賑やかな街なのだろうと思った。
「とりあえず1泊と食事をお願いしたいのじゃが。」
「かしこまりました。」
料金は前の街よりも高かった。
都会のほうが料金が高いのはどこの世界も同じようだ。
ゾーマは部屋に向かわずに先に食事にすると言った。
私もお腹がペコペコだったのでありがたかった。
料理は特別美味しいわけでもなく、「料金の割にイマイチじゃな」とゾーマは言った。
それでも私たちはお腹を満たして部屋に向かった。
部屋はさすがに港町の宿屋よりも広くてきれいだった。
部屋にお風呂もトイレもついている。
「先に風呂に入っておいで。」
「はい!」
その日はお風呂から上がるとすぐに寝てしまった。
かなり体が疲れているようだった。
────
次の日、食堂で朝食を済ませた私たちは街の中を歩いてみることにした。
みなちゃんがいたら本能でわかると思っていたけど、よく考えたら前回はあんなに近くにいたのにすぐにはわからなかった。
それはみなちゃんも同じだったと思う。
私に会いたくないにしても10年以上隠れて生活しているとは考えにくい。
私なら月日が経つにつれて油断していくと思う。
そんな感じで私はこうやって探し歩いていればいつか会えるのではないかと少々楽観的に考えている。
街の中は夜と違い活気が溢れていた。
まだ朝だというのに露店がたくさん並んでいる。
食べ物から工芸品まで様々な商品が買えるようだ。
見ていても楽しい。
「欲しいものがあったら買ってやるよ。」
ゾーマも楽しそうにいろんな商品を手に取って見ている。
そして私は気がついた。
私にはあまり物欲がない。
かわいい洋服もアクセサリーも特別興味がない。
スカートも履かないのでときどき男の子と間違えられるときもある。
みなちゃんはいつもかわいくて、おしゃれだった。
身だしなみにも気をつける女子力の高い女の子だった。
だから私もみなちゃんを返すまではかわいくしていたし、男子からも女子からも好かれていた。
それが今は男の子に間違われるような姿なのである。
人にどう見られようと気にならないというのが最大の違いだろう。
ゾーマもうるさく言わないので私はそういうことを気にしないでのびのび育った。
どちらがいいのかは私にはわからない。
どちらもその時の私にとっては最善の姿だったから。
────
大きな通りの一本裏道を歩くと、冒険者ギルドと書かれた看板が目に入った。
これはゲームの中でよく見るクエストを受けてクリアして報酬を貰う的なやつだろう。
「興味があるのかい?」
ゾーマは覗いてみようと言って中に入っていった。
中には筋肉モリモリの人から華奢な女の人までたくさんの人がいた。
受付があり、壁に貼ってあるものを持っていって受けるシステムのようだった。
ランク分けされていてSからABCとFランクまであるようだった。
「おじいちゃんのランクは?」
「わしか?わしは冒険者登録してないからのぉ。やるとしたらFランクからじゃろうな。」
いろんな依頼をこなしてランクを上げていくのだそうだ。
私が想像しているとおりのようだった。
『薬草採取』『害獣討伐』などといろいろ書かれていて面白かった。
中にはモンスター討伐のようなものもある。
私が動物だと思っていたものの中には魔物と呼ばれるものが混ざっているようだった。
魔物とは自然界にある魔力の何かが動物などに吸収され誕生するのだとゾーマは教えてくれた。
「ザールには悪さをする魔物はいなかったよね?」
私が聞くと、「わしが倒しておったからのぉ」とゾーマは言った。
いなかったのではなく、私がみつける前に倒されていたのだった。
しかも食材として持ち帰り、私もそれを食べていたと今聞かされた。
知らなかっただけだったということに軽くショックを覚えた。
Sランクの依頼を見ると『海賊討伐』というものがあった。
見ると海で出会ったあの海賊たちのようだった。
「あいつら、金になったのか。失敗したのぉ。」
私たちが帰ろうとすると見覚えのある年配の男性と若い女性が入ってきた。
「依頼を出したいんだけど!」
女性はキレ気味で受付の人を呼んだ。
そして私と目が合った。
「ちょっとあんたたち!!昨日いたわよね?あの森に!!」
「えっ?!」
やはり昨日の盗賊に襲われていた人たちだった。
「私、助けてって叫んでたわよね?普通こんな若くてきれいな女性が助けを呼んだら助けに来てくれない?素通りするとか、ありえないんですけど!!」
「ご無事のようで何よりじゃ。では、わしらは失礼します。」
ゾーマはそう言って私の腕を掴んで出ていこうとした。
「待ちなさいよ!!あんたたちが助けてくれないからこっちは大損よ!わかる?荷物を全部盗られたのよ?!ひどいと思わない?!」
「それは残念じゃったな。でも見ての通り、わしらは老人と子供じゃよ。助けに行ったとて、すぐにやられてしまっただろうよ。」
ゾーマが弱々しい老人の演技をしていたので私もゾーマの後ろに隠れて小さな子供の演技をした。
女性はジロジロと見て「確かにそうね」と言って受付の方に向き直った。
ゾーマはその隙に建物から出てきた。
「ああいうのは関わらないに限るぞ。」
ゾーマは小声でそう言うと小走りでそこから離れた。
貴族のことが嫌いだというゾーマの気持ちがよくわかった気がした。
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