ep.4
私はゾーマにみなちゃんのことを話した。
みなちゃんがこの世界にいるということを私は本能で感じる。
私には彼女を全力で幸せにするという役目がある。
もちろんそれはみなちゃんに頼まれたことではない。
みなちゃんが私のことをどう思っていて、私にどうしてほしいかなんて聞いたこともない。
前回会ったのは前の人生。
小学校の入学式だった。
みなちゃんは私が私であると感じた瞬間に自分の人生を閉じようとした。
幸せにするどころか、出会った瞬間にまた不幸に落としたわけである。
あの場にいた全員とその家族、友人、そしてあの学校に私はまた不幸な傷をつけてしまった。
いっそのこと私など存在しないほうがいいのではないかと思うこともある。
みなちゃんにとって私は忘れたいものだろう。
恨んでも恨みきれない。
しかしあの黒い部屋の少年が私を生かしてくれているのには何か理由があるはずだ。
私にも何かができるはずだと思うことにした。
「街に探しに行ってみるかい?」
話を終えるとゾーマは何かを考えているような顔でそう言った。
「この世界は広いですか?」
私がそう聞くとゾーマはテーブルに何やら魔法をかけてくれた。
テーブルはあっという間に地図のようになった。
「この谷はここじゃ。このザールという山の中にある。街はここじゃな、いつも通っているのはここじゃ。」
ザールという山は地図上の左下にあった。
街も含めて大きな島になっているようだった。
同じような島が4つある。
「これで全部なの?」
島は大きいとは言えこれが世界の全部だとしたら小さすぎる気がした。
「それはわからん。海が続いているから、向こう側に何があるか確かめに行くこともできない。」
「船はないの?」
「もちろんあるが、島と島を渡るのがやっとじゃ。」
船の技術が私の知っているものより進んでいないということなのだろう。
飛行機なんてきっとない世界なんだ。
この島のどこかにみなちゃんがいてくれるといいのだけれど。
「おじいちゃんはどこまで行ったことがあるの?」
「わしはこの島全部に行ったことあるぞ。海を渡るのは好きじゃないのだがね。」
私は急いでノートに地図を描き写した。
谷から街への道の縮尺から考えると1つの島は直径500kmくらいなんじゃないかと思う。
そこまで大きな島でもない。
きっとこれだけではないのだろう。
いくらなんでも狭すぎる。
私は地図を描き終えてため息をついた。
みなちゃんを探すことがとても途方もないことのように思えた。
ゾーマはそんな私を見てどこか寂しそうな顔をしていた。
私が今にもみなちゃんを探しに行くとでも言うんじゃないかと思っているのかもしれない。
行きたいと言えばゾーマは止めるかもしれない。
「街にいないかだけ探してみようかな。」
「そうか。そうじゃな。」
ゾーマは微妙な作り笑いをした。
そして私たちは明日、街に行くことにした。
────
久しぶりに来る街は相変わらず賑やかだった。
この街はこの島最大の大きさで、必要なものはなんでも売っていた。
私とゾーマはいつもは歩かない道も歩いてみることにした。
店がない道はほとんど歩いたこともない。
賑やかな通りから1本中に入るとまるで別の世界のようだった。
暗くて、なんだかジメジメしているように感じる。
「ごめんなさい!」
そう言って泣きながらドアを叩く少年がいた。
髪の毛はボサボサでボロボロの服を着ていて痩せこけていた。
ゾーマを見ると悲しそうな顔で首を横に振った。
「これが現実じゃよ。」
どうやら貧富の差が激しいようだった。
道端に布をひいて寝ている人やゾンビのようにフラフラと徘徊している人もいた。
私にこの人たち全員を助ける力はない。
ドアを叩く少年と目が合った。
少年は生気のない顔で今にも倒れそうだった。
「大丈夫?」
声をかけるつもりはなかったのだが、つい反射的にそう言って近づいていた。
「僕が悪いんだ。お父さんの言うとおりにできないから。」
少年はそう言ってドアを叩くのをやめてその場にうずくまった。
今この子に食べ物を与えることは可能だ。
しかしそれはその場しのぎにしかならない。
ゾーマも切ない顔で少年を見ていたが目をそらした。
きっと同じ思いなのだろう。
「不況なんじゃ。仕事がない人がたくさんいるんじゃろう。かわいそうにのぉ。」
通りには似たような子供たちが道端に座り込む様子が何度も見られた。
「政府は何もしてくれないの?」
「せいふとは何じゃね?貴族たちのことかね?」
この世界には政府という概念がないようだった。
「えっと、王様は?民を助けたりしないの?」
「王か。あいつらは民など税金を納める金づるくらいにしか思っていないだろうよ。戦争でも始まれば兵士にでも雇うかもしれんが、今はあいにく平和なようじゃな。」
平和なのに民が苦しんでいるなんて、なんて皮肉なことだろうか。
「嫌な奴らがおるの。関わらんほうがよさそうじゃ。」
ゾーマは少し先の家のドアを叩く男たちを見てそう言った。
チンピラのような3人組は大きな声で「金を払え!払えないなら今すぐ出ていけ!」と叫んでいる。
ドアを蹴破り、男たちは中に入っていった。
そして少女の髪の毛を引っ張り、外に連れ出した。
「離して!やめて!お母さん助けて!」
「うるさい!借金を払えない親を恨め!」
ドアのところで母親と思われる女が口に手をあてて泣いている。
助ける様子もなかった。
「おじいちゃん、あの子、どうなるのかな?」
「奴隷として売られるだろうね。」
この世界にはまだ奴隷制度というものが存在しているらしい。
泣いて暴れる少女に「いい加減にしろ!」と男は蹴りを入れた。
私はどうしても見ていられなくなってその男のところに駆けつけてしまった。
私は男の腕を掴み、「やめなさいよ!」と言って睨んだ。
男は驚いた顔で私の顔を見ている。
その時、男の中にある黒いものの存在を感じた。
私はほとんど無意識にそれを男の中から取り出して空に放り投げた。
黒いものは宙に浮かんだかと思うとスーッと消えていった。
その男は掴んでいた少女を離した。
他の二人が「何だお前は?!何をした?!」と言って私の腕を掴んだ。
私はその二人の男たちの中から同じように黒いものを取り出して空に飛ばした。
男たちは私の腕を離し、放心状態になっている。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「はい。」
男たちは顔を見合わせていた。
「こんなひどいことをするなんて、俺たちはいったい何を考えていたんだ。」
「ごめんよ。家に帰りな。」
男たちは少女を家に帰した。
少女はわけがわからないという顔をしていたが、「お姉ちゃんありがとう。」とだけ言って家に入っていった。
「なんじゃ?」
ゾーマは私の隣に来て男たちをまじまじと見ていた。
男たちは「ごめんなさいごめんなさい」とブツブツ言いながら去って行った。
「どんな魔法を使ったんじゃ?」
ゾーマは怪訝な顔で私を睨んだ。
「えっと…」
私はそのままのことを伝えた。
「黒いもの…奴らの悪意や邪心かのぉ?」
ゾーマは首を傾げて私を見ていた。
「あの人たち大丈夫かな…抜け殻になってないかな…」
私はみなちゃんを思い出して心配になってきた。
「いや、それはないじゃろう。謝っていたということは、悪いことをしてしまったという自覚があったんじゃろ。」
黒いものだけを取り出して悪いことをやめさせられたのだろうか。
私の能力。
感情を操ることができる。
「ユトの能力は判定が難しいのぉ。目に見えるものではないからなぁ。練習するにしても人間相手にはできんしなぁ。」
そしてゾーマは「また悪いやつがいたら試してみなさい」と言った。
私たちは街の薄暗い通りを歩き続けた。
似たような取り立て屋のような人や、ひったくり犯にも遭遇して、私は同じように黒いものを取り出した。
その人たちは「ごめんなさい」と謝って、中には泣き出す人もいた。
「本当はこんなことしたくなかったんだ。貴族のガブリエル公爵にやらされていただけなんだ。」
「おじいちゃん知ってる?」
「あぁ、この街の領主じゃな。」
ゾーマは明らかに嫌なものでも見たときのような顔になった。
きっといい人ではないのだろう。
スリをしていた男の人は「許してくれ」と泣きそうな声で言い残し走ってどこかに行ってしまった。
みなちゃんがいないか探すために街に来たのだが、いつの間にか私の能力を試すために悪者を探しているような感じになってしまっていた。
太陽が沈み始めた。
「今日はもう帰ろうか。」
歩き回っていた私たちは疲れていた。
「うん。」
私のこの能力はいったいどこまでできてしまうのだろうか。
人から取り出した黒いものはどこに消えたのか。
謎ばかりが残った。
────
「おじいちゃん、私の能力をどう思う?」
晩ご飯の食器を片付けながら私はゾーマに聞いてみた。
「ふむ。使い方や制御のしかたを覚えないとよくないことが起こる可能性もあるな。」
「うん。今日は黒いやつだけ取り出したんだ。多分、悪い感情だと思う。」
「うむ。それは間違いないじゃろうな。悪党共が謝っておったからな。」
私が悪い奴らの中にある黒いものを取り出すとみんな決まって怯えた顔になり、自分がしていたことを後悔するような口ぶりになった。
自分がしていたことを理解しているけど、なぜそんなことをしてしまったのかわからないという感じもした。
「みなちゃんの気配もまったくなかったし。あの街にはいないのかもしれない。」
「そうか。では旅に出るかの?」
「えっ?!」
ゾーマはここを離れることをいいと言わないと思っていた。
「わしもそろそろこの谷には飽きてきたところじゃよ。」
ゾーマはそう言って子供が何か企むような顔をした。
こうして私たちは旅に出ることになった。
─────