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ep.3

魔法が使える世界で私は10歳になった。

ゾーマとの生活は相変わらずで、私はそのほとんどを谷で過ごした。

ゾーマは前にも増して人嫌いに拍車がかかったようで、私以外の人間と関わろうとしなかったし、特別な用事がない限りは私を街に連れて行かなかった。


私はみなちゃんを探すためにも街に行きたいと思う気持ちがあった。

しかしゾーマは私が街に行くのをいいことだと思っていないようだった。

私はそんなゾーマの前では街に行きたがらなかったし、街に行ったとしても楽しんでいるようには見せなかった。

そうすることがいいように思ったからである。

ゾーマはそんな私を見て満足そうだった。


ゾーマは人の悪口を言う人ではなかったけれど、「人間は見えない部分に悪を持っている」とか「むやみに人を信じると痛い目に遭う」などと、ときどき漏らしていた。

きっと何か嫌な経験があるのだろう。


ゾーマは私が生まれるずっと前に軍隊の幹部をしていたと街の人に聞いたことがある。

その時のゾーマは「とても冷静で、ものすごく強くて、誰も逆らうことはできなかった」と言っていた。

魔法の腕は今のゾーマを見てもわかる。

並の魔法使いがどれほどなのかはわからないけれど、ゾーマの使う魔法はどれも美しく、力強い。

私が何度やっても真似すらできないほどだった。


私が新しい魔法を覚えるたびに「才能がある」と褒めてくれるのだけれど、ゾーマの足元にも及ばないことを私は知っている。

ゾーマの言葉に嘘はないように感じるが、きっとそこには愛ゆえのバイアスがかかっているのだと思う。


「魔法に大事なのは想像力と自分を信じる心じゃよ。」

ゾーマは優しい顔でいつもそう教えてくれた。

ある時から私はゾーマの教えを書き留めるようになった。

何度も繰り返すことで私はゾーマの言葉をより深く感じ、理解しようとした。

ノートは何冊にもなり、何度も読むからボロボロになった。


ゾーマは「そんなことしなくても身についておるよ」と笑顔で言ってくれるが、私は満足しなかった。

『私もおじいちゃんのようになりたい』

いつしかそんなふうに思っていたことに気がついていたハッとした。


私がみなちゃんにしたように、ゾーマの中身を奪ってしまったらどうしようと思ったのである。

ゾーマの魔法に対する考えや感情を奪ってしまうのではないか。


私はそれに気がついてからというもの、ゾーマに近づかないように心がけた。

さすがのゾーマも私の異変を感じて「どうしたんじゃ?」と聞いてきた。


「私は感情を操ることができるかもしれない。私には前世の記憶がある。」


ゾーマに隠し事をしたくなかった私は正直にそう話した。

最初は私が言っている意味がよくわからなかったようだったが、感情を奪われた人がどうなるのか、そこに感情を戻したらどうなったのかを話すとゾーマは黙ってしまった。


「辛かったのぉ。」

ゾーマはそう言うと私を抱き寄せて頭を撫でてくれた。

「こんな小さな子が、そんな大きな問題を抱えておったなんて、まったく気がつかなかった。ごめんな。ごめんな。」

ゾーマはそう言いながらシクシクと涙を流した。

私はゾーマを泣かせてしまったことに驚いた。

そんなつもりではなかったのだけれど。

「泣かないで、おじいちゃん。私はずっと幸せだよ。」

私はゾーマの目を見てそう言った。

ゾーマは「うんうん、わしもじゃよ。」と言ってまた泣いていた。

私が不思議そうにゾーマを眺めていると、ゾーマは目をこすりながら「わしも年を取ったなぁ。」と言って笑った。

「おじいちゃんはずっとおじいちゃんだったよ。」

私がそう言うと、ゾーマは声を出して笑った。


「お前になら何を奪われても、わしは怒らんよ。欲しいものがあるならいつでも奪うといい。」

ゾーマはいつもの優しい笑顔でそう言ってくれた。

私は黙って頷いた。

そんなことをするつもりはなかったし、絶対にしないと思うけど、ゾーマを避けるのはやめようと思った。

きっとその方がいいと思うからだ。


私さえしっかりしていれば、きっと大丈夫だ。

私はあの頃の幼い私ではない。


────


「ユトや、わしはもう長くないかもしれん。」

いつものようにゾーマの焼いた硬いパンを食べていると急にゾーマがそう言った。


「どういうこと?」

ゾーマはいつもと変わらずに元気に見える。

「実は呪いをかけられておっての。わしの魔力で封じ込めておるから発動しておらんのじゃが…。わしも歳を取ったからのぉ。そろそろ抑えきれんかもしれん。」

「呪い?」

ゾーマは服の袖をめくって腕を見せてくれた。

何もなかった腕に蛇のようなクネクネした黒い模様が見えてきた。


「昔、悪い魔女と戦ってなぁ。倒すことはできたんじゃが、そやつが死に際にわしにこれを残していきやがった。」

「それが発動するとどうなるの?」

「わからん。しかしこれが悪いものだとはわかる。生き物のように、わしを闇の世界に引っ張っていきそうな感覚はある。もしかしたらこれに乗っ取られて、別の生き物になってしまうかもしれん。」

ゾーマの腕にあるそれは見ているとぐにゃぐにゃとうごめいているようだった。


「取れたらいいのに。」

「そうじゃな。わしもそう思っていろいろ試したんじゃがな。封じ込めるのがやっとなんじゃよ。」

私は手を伸ばしてゾーマの腕に触れた。

その瞬間ビリっとして何かがこちらに流れてくるのがわかった。


それは黒くてドロドロした、とても嫌なものだ。

鋭い眼差しで今にも襲いかかってきそうなそんな衝動がそこにあった。


「ユトよ、もしわしがわしじゃなくなったら、その時はわしを救ってくれないか。」

「えっ?」

ゾーマは自分の腕にある私の手を取って握った。

「悪いものにはなりたくないんじゃ。ただのジジィとして死にたいと思っておる。」

ゾーマは穏やかな顔をしていた。

きっとずっと前から考えていたことなのだろう。


「わかったよ。」

私がそう言うとゾーマはいつものように優しく微笑んだ。

ゾーマの腕の呪いが嘲笑ったように感じた。

ゾーマはその部分をパチンと叩いた。

蛇のような黒い模様はスーッと消えていった。


「さてと、今日は大地の魔法の特訓の続きでもしようかの。」

「うん!」

ゾーマは何事もなかったかのように食器を片付け始めた。

私も何も言わずにそれを手伝った。


────


魔法にはたくさんの種類がある。

ゾーマが言うにはそれは無限にあると言う。

使う人によって異なるからだ。

火の魔法1つとっても大きさや温度、その成り立ちなど人によって違う。

それは同じ人間がいないのと同じことだとゾーマは教えてくれた。


この世界で魔法を使える人はそれほど多くはない。

魔法を使える人は王族や貴族に多い。

きっと魔法が使えることで権力を集めていったのだろう。

その力は遺伝することが多いので貴族たちはその血を濃くしようと魔法使いを家系に増やそうとあれこれするのだという。

だから私が魔法を使えると貴族に知られると取り込もうとする人が現れるかもしれないとゾーマは心配していた。

私を街に行かせたくなかったのは裏にそんなことがあったからだった。


「大地の力を感じるかな?」

ゾーマは滝の近くの原っぱで横になった。

私も同じように寝そべってみる。

「わかんないや。」

「目を閉じて、音を感じるんじゃ。太陽の光、流れる風、草のにおい。どれも大地の力じゃよ。」

私はゆっくり目を閉じた。


太陽の光は優しく私に降り注ぎ、ポカポカと照らしてくれている。

風がそよそよと吹いて草や花のにおいがする。

大きな大きなこの世界の真ん中にちっぽけな私がいて、私はこれらのいろんな力によってここに存在できている。


「ちっぽけだね。人間って。」

「おぉ、それがわかればあとは簡単じゃよ。大地に感謝して、力を借りるんじゃ。」

ゾーマは簡単だと言ったけど、私にはその言葉の意味がよくわからなかった。

「よくわかんないや。」

私はウンウンと唸って何かを感じ取ろうとした。

ゾーマはそんな私を見てフフフと笑った。


「どれ、ちょっと見ていなさい。」

ゾーマはそう言って立ち上がった。

私は目を開けてゾーマを眺めた。


ゾーマは両手を広げて深呼吸をした。

すると風がピューッと吹いて、足元の草がぐんぐん伸びた。

何もなかったところに花が咲き、背の低い木には真っ赤な実がついた。

上空には鳥が飛びまわり、ピピピと嬉しそうに鳴いている。


「おじいちゃん、すごい!」

ゾーマのまわりの空気がキラキラしている気がした。

生命という生命がぐんぐんと成長しているのがわかった。

ゾーマは腕を下ろして私を見た。

穏やかで優しい顔をしていた。

実った赤い実を1粒取って私にくれた。

口に入れると甘くて酸っぱくて、これが大地の味なんだろうと私は思った。


私はこの美しい光景を忘れないだろう。

私たちは生かされているのだと、そう感じることができた。


「焦ることはない。大地は逃げたりしないからの。」

ゾーマは笑いながら私の頭をポンッと叩いた。

「うん!」

ゾーマの手から、私の頭へ、優しい気持ちが流れてくるのがわかった。

それを感じると私の心も温かくなった。

私は何かに気がつきそうになった。

これは私の能力に関係しているのかもしれないと思った。

しかしそれは掴めそうで掴めない霧のようだった。

(いつかわかるのかな)


私とゾーマは赤い実を1粒ずつ採った。

大地の力、大地の恵み。

私はその大きな存在を改めて知った。


────


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