25話…裏切り裏切られの話
「どうして…?」
散乱した教科書に弁当。裂かれたノート。机の落書き。
「まぁこれがあの子のやり口ってワケだね。」
持ち主の縁ちゃんは割り切ったように片付けを始める。
「昭葉。あんたは私の二の舞踏むなよ?」
縁ちゃんは悪い事をしたんだろうか。いや、してないと思う。
そしてあたしは縁ちゃんの二の舞は踏めないだろうな。怖くなってきた。みんなの事が好きなのに……。
事の発端は、島津茜というソフト部の後輩だった。高校から始めた子で、あまり上手くいかなくて彼女に対して苛立つ部員もいる。まぁあたしはそんな事ないんだけどね。
で、茜ちゃんへのいじめが亮子ちゃんを中心に始まったんだ。
「茜ぇ、あんた足手まといなんだよ。」
「すっすみません…!」
練習試合の後、負けて不機嫌だった亮子ちゃんは、当然のように茜ちゃんに当たった。
新部長である縁ちゃんの意向で茜ちゃんも試合に出た。しかも亮子ちゃんは外されている。一年に経験を積ます為の練習試合だからまぁそれで怒るのかおかしい。
「あんたのエラーの所為で何点失ったか…。」
「すみませんでした…。」
「もういいだろ亮子。今回絶対勝とうなんて思ってなかったし。」
フォローする縁ちゃんを睨む亮子ちゃん。采配をしたのは縁ちゃんだから当然縁ちゃんにも不満があるわけか。
「あんたが頭悪いからでしょ。」
「何?自分が出れなかったからって。」
「まぁまぁ止めなって。」
ここは副部長の私が止めなきゃ。
「茜ちゃんも今日は帰って休みなよ。今日の試合の負けはみんなの責任。自分の課題見つけただろうし、じっくり考えて明日からまた頑張りなさいよ。」
そう言うと、茜ちゃんは頭を下げて立ち去った。
「昭葉あんた甘やかしすぎ…。」
呆れた亮子ちゃんは溜め息をつく。
「甘やかしてるわけじゃないよ。それに本人次第じゃん。」
そうは言うものの…茜ちゃんはあまり懸命とは言えないから亮子ちゃんが怒るのもわかるかも。
でもそれだけじゃ済まなかった。
新人戦では県大会で良い成績を残せず、亮子ちゃんは茜ちゃんの所為にした。道具が無くなった時も、茜ちゃんの所為になった。常に苛立っていた亮子ちゃんは、縁ちゃんにまで当たるようになった。
美香ちゃんもるかちゃんも、一部の部員達も、茜ちゃんに当たるようになった。
「なぁいい加減にしろよ。」
「はぁ?」
茜ちゃんへの嫌がらせに耐えかねた縁ちゃんが亮子ちゃんを呼び出した。あたしも一緒に。
「あんな事して何になるってんだよ。」
「へー、逆らうんだ。」
笑う亮子ちゃん。
「お前…!」
「あたしに逆らったらどうなるかあんたが一番わかってるハズだよ。」
「いい加減にしろっつってんだよ!」
激高した縁ちゃんは亮子ちゃんの頬を打った。更に殴ろうとする縁ちゃんをあたしは止める。友人間とはいえ部内暴力になりかねない。
「うちには何をしても良い。茜には…もう何もするな。」
「言ったね?何をしても良いんだね?」
「亮子ちゃん!」
「言っておく。あたしは山本さんの次にあんたが嫌い。あんたの立場無くしてやる。」
立ち去ろうとする亮子ちゃんを止めようとすると、キッと睨まれる。
「止めなさいよ。あんたの事は好きなんだから。」
結局あたしは何も出来なかった。ターゲットが変わっただけで亮子ちゃんは止められない。これがいじめなんだ。
「あんま自分を責めるんじゃねーぞ。」
手にはピザまん。。ハルが奢ると言って買ってくれた。文化祭の時の約束のもので、もっと高いもの期待してたけどな。まぁいいや。公園のベンチに座って二人で食べることにした。
ハルは最近、クラスのソフト部のメンバーの様子がおかしいのに珍しく気付いたみたい。事情を少しぼかして話した。
「あたし何も出来なかったし…。」
「これからやれば良いだろーが。」
「多分何も出来ないと思うし…。」
「わかんねーだろが。そんな事。」
「事実だと思うよ。だって……。」
「あーもうウダウダすんじゃねーよ!」
ぐいっと、ハルに胸ぐらをつかまれて顔を寄せられる。
「お前らしくねぇ!考える暇あったら行動に移すのがお前だろ!」
「…馬鹿。それ思いっ切りあんたじゃん。てか掴まないでよ馬鹿。」
「悪い…。」
手を離すと、気を紛らわすようにピザまんにかぶりつく。
「うん、ありがとハル。」
「ピザまん安いし別構わねーよ。」
「そうじゃなくって。」
「あーもういい!休めお前最近疲れてるだろ。文化祭もやって部活でも色々抱えて、体壊すぞ。それにらしくもなく考え過ぎなんだよ。脳味噌も壊すぞ。」
あんたが言う?そう言い返したかったけど…言い方乱暴だけど心配してくれてるのは理解したので何も言わずにピザまんを食べた。美味しい。
ハルは優しいし強い。喧嘩はするけど弱い者いじめは絶対やらないんだろうな。
弱いあたしに何が出来るんだろう。
次の日の朝、黒板には縁ちゃんに対する誹謗中傷。口に出せない位酷い事が書かれていた。
「縁ー。あんたいつまで部長やってんのーつか学校くんなよ。」
「マジウケるー。」
縁ちゃんの席を囲む亮子ちゃんと数名の女子。無視する縁ちゃんに腹が立ったのか、縁ちゃんの髪を鷲掴みにして机に叩きつけた。
「調子に乗んな。」
「………。」
「ねーみんな一回こいつボコボコにしよ。」
「賛成ー!」
「縁生意気だもんねー。」
亮子ちゃんが縁ちゃんの髪を引っ張り吊し上げようとした。見てられない、止めなきゃ。そう思った時、亮子ちゃんの腕を掴む女子がいた。
「いい加減そういうの止めたら?」
「山本さん…!」
あるみんが止めに入って動揺する亮子ちゃん。
「何?山本さんには関係ないでしょ?」
「関係ないから何。不愉快なんだよね。やってる事中学の事と変わってないの見るの。」
止めに入ったのは良いけど挑発になっちゃうよあるみん…。
「亜留美止めろよ…!」
頭を解放された縁ちゃんは止めるのに必死だ。
「何よ?中学の頃みたいな目にまた遭いたいわけ?」
「別に。ただ同じような目に遭ってる人を見るのはもっと嫌なんだって事だよ。」
微笑みながら睨むあるみん。自分が酷い目に遭うリスクも考えず笑いながら挑発する、なんて恐ろしい。
亮子ちゃんはあるみんの手を振り払う。そして仲間を連れて教室を出て行った。
「亜留美…あんた。」
「気にしないで。単純にあの人に怒ってるだけだからさ。」
何か言いたげな縁ちゃんを制すると、自分の席に戻り予習を始めた。
「つか仁、あんたが反応しなかったのが意外だったわ。あるみんがピンチだったのに。」
朝の騒動の時、仁は自分の席でただ傍観しているだけだった。
「むやみに助けるのは彼女に対する侮辱だ。」
「いや、好きな女の子に対してそこまで考える?普通。」
何かあったら守りたい、助けたいと思うのが当然だと思ってた。
「山本さんは強いし頭も良い。プライドも高い。弱さを見せるのは極稀なんだよ。助けるのはその時だけで良い。お互い信じてるからな。」
いや、何か男同士の友情みたい。明らかにそこに恋だの愛だの入ってるように思えないわ。恐ろしい子。
仁から渡された弁当(今日は作ってもらってた)を開けようとすると、ふっとあるみんの事を思い出した。
最近は亮子ちゃんと弁当食べたり、ハルと仁と食べたりしてるけど、昼休みあるみんと会わないな…。
「仁サンキュ。ちょっと行ってくるわ!」
「おー。」
音楽室か屋上か迷ったけれど、屋上に向かった。
「やっぱり発見!」
「昭葉ちゃん。」
あるみんはフェンスに寄りかかって音楽を聴いていた。隣に座るとあるみんの頬に傷があるのに気付いた。口も切れている。
「それ…痛そう。」
「あー。はは。」
ヘッドフォンを取ったあるみんは笑うだけだった。
「誰かに…。」
「朝の仕返しかなー。そんな事よりお腹すいたな。弁当、それ神崎君の…。」
「あるみん!」
「昭葉ちゃーん。」
必死になりかけたあたしの頬を両手で挟み、ニッコリ笑う。
「昭葉ちゃんは気にしないでよ。みんなと仲良いんでしょ。駄目だよ。」
「でもさ…。」
「朝の見たよね。私が介入したら今度は私に狙いが定まった。ね、そういうもんなの。私は自分の所為で誰かが痛い目見るのは後免だからね。」
あるみんは手元の弁当に目をやる。
「神崎君の弁当…早く食べないと私が貰うよー。」
「ちょっと今開けるから取らないで、あっあるみん!。」
あるみんが奪った弁当を開くとお母さんみたいな食材の数々。流石仁だな。あるみんが弁当忘れたと言うから二人で食べた。
「昭葉。ちょっと来なよ。」
放課後、数名の女子を連れた亮子ちゃんに呼ばれて視聴覚室に向かった。そこには縁ちゃんも居る。
「あんたさ、昼休み山本さんと居たでしょ。」
「…う、うん。」
「あの子と関わんの止めね。関わったらもう仲間じゃないから。」
恐ろしい事を淡々と言う亮子ちゃん。黙ったままのるかちゃんに美香ちゃん。うなだれている縁ちゃん。
「嫌だって……言ったら?」
「縁と同じ目見るから。あんたみんなに好かれてるし別にあたし達に嫌われても良いよね。」
「そんな訳…。」
「それにウチら、あんたの信用無くす事も出来るから。山本さん一人を選ぶ?ウチらとみんなを選ぶ?」
黙り込んでいると、視聴覚室の扉が開いた。
「私を呼び出したのもここだったから怪しんで来たけどまさかね。」
あるみんが入ってきた。あたしの元に来るとこう言った。
「言ったでしょ、私の事は気にしない。」
あたしは亮子ちゃん達部活のみんなも好きだけとあるみんの事も好き。クラスのみんなにも嫌われたくない。
みんなと仲良くしたいだけなのに。
「ちょうどさー、水入れ替えようと思ってたペットボトルがあるんだけど。」
亮子ちゃんの足元には、筋トレで使っている水の入ったペットボトルがあった。
「ウチらの仲間だったらこれ、こいつにぶっかけてくれるよね?」
そう言ってペットボトルを手に取り蓋を開けると、中身をあるみんの頭からかけた。無抵抗のあるみんのお腹を蹴ると、床に崩れた。
「みんなもやんなよー。」
その場にいた10名程のソフト部を含んだ女子達もペットボトルの中身をあるみんにかけていく。あるみんに助けられた縁ちゃんも。空になったペットボトルをあるみんに投げつける。何の恨みがあるんだろう。
「こうするしか…ないんだよ昭葉。」
諦めたように呟く縁ちゃん。前、「何とかしなきゃ」って言ってたのに。
「後は昭葉だけだよ。」
みんなが一斉にあたしを見る。
どうしよう。
あたしはみんなが好き。嫌いな人なんて居ないのに。仲良くしたい。でも…。
「偽善者ぶんないでよ。」
そう言ったのは、あるみんだった。
「みんなと仲良しだからって…迷っちゃって、…馬鹿じゃないの。みんな…何考えてるかわかんないのにさ。」
ゆっくり立ち上がりながら、心底呆れたように言う。
「偽善だなんて…。」
「鬱陶しい。」
馬鹿にしたように笑いながらあたしを見る。こんなあるみんを見たのは初めてだった。笑いながら耐えてきたあるみんはずっとこんな事考え、そして構ってくるあたしを嫌ってたんだ。他人に良い顔ばかりするあたしを。
「弱いくせに私に構わないでよ。どーせ群れないとやってけない、あんたみたいなの要らないから。」
あたしがあるみんの事で悩んだのは無駄だったんだろうか。あるみんを気にして屋上に行った時、あたしは馬鹿にされてたんだろうか。そう思うと、恥ずかしさと悲しさと少しの怒りが湧き上がってきた。
「さっさとやれば。」
亮子ちゃんから渡されたペットボトル。蓋を開けると、勢いよく水をかけた。それでも馬鹿にしたように笑う彼女に、ペットボトルを投げつけた。ピッチャーをやっているあたしの投げたペットボトルは、痛そうな音を立て顔に命中し、床に落ちた。
「行くよ。」
亮子ちゃんが言うと、ペットボトルをビニールの袋に集めて視聴覚を出た。もうあるみんの事は見ないようにして。