1話…自己紹介の話
「死んだ?」
「死んだ。」
「よろしい。」
簡単な会話の後、二人は盛大にため息を付いた。
二年になり初めてのテストの前日、二人でカラオケに行き、勉強しないままテストに望んだ後の当然の会話だ。
「カラオケなんて…。」
「もう止めよう。終わったんたよ。いろんな意味でね。」
「いろんな意味…。そういや次はロングホームルームだったな。自己紹介か…。」
「切り替え早。さすがハル。馬鹿なだけあるわ。」
「止めようつったの誰だ!」
「それではお前ら。定番の自己紹介をしてもらう。定番過ぎて飽きるだろうがこれは定番だからこそやらなければならない。定番というのは守らなくてはならない。定番を定番と呼べるのは定番が定番として守られて」
「先生話長いです。」
「先生は今、何回定番と言ったでしょうか。」
「先生話長いです。」
冷たい一言を放つ生徒に担任である桜木は笑いかけると、再び生徒全員を見た。
「さぁ定番の自己紹介をしてもらう。出席番号最初の奴から。」
こうして、二年一組一番の男はようやく席を立った。
若干ざわついていた生徒達は静まり返り、その男子生徒に注目する。彼に向けられたのは様々な視線。畏怖、好奇心、怨念。 そして彼は口を開いた。
「一番、稲葉晴明っす。趣味も特技も無ぇし部活もやって無ぇがよろしく。」
染めていない短髪を掻く。周りの視線は気づいていた。自分の評判も痛いくらい理解できている。だからこそ変わりに来たのだ。
「よっ!流石ハル!馬鹿にはそんだけした自己紹介文思いつかないってのがよく分かりました!」
二つ後ろから女子の声。先程、自分と言葉を交わしたばかりの女子生徒が、手を叩いて爆笑していた。彼女につられて、周りの生徒もクスクスと笑い出す。
「てめぇ…。後で覚えておけ。」
晴明が着席し、次の生徒の自己紹介中も、笑いを必死にこらえている彼女を睨む。
「……以上です。」
「次、三番。」
「あ、はいすんませぇーん。」
彼女はサッと立ち上り咳払いすると、周りを見回した。
「三番、岡田昭葉です!ソフトボール部です!特技は妄想で趣味は妄想です!引かないで下さい!よろしく!」
一気に言うと、よし、と呟いて座った。再び教室中が失笑の波に呑まれていく。
「…お前は…。自己紹介でいきなり妄想が趣味だとよく言えたものだ。」
昭葉に眠そうな低い声が話しかける。真後ろの四番目の男子だった。
「えへへ。誉めないでよ旦那!」
「貶してるつもりだが。」
彼が眠そうにゆっくり立つと、先程のように静かになった。長身に若干茶髪に染めた髪。今までの生徒が黒髪だったので少し浮いていた。
「四番神崎仁です。吹奏楽部でトロンボーンやってます。趣味は音楽で特技は暗算です。よろしくお願いします。」
軽く会釈して着席した。意外に丁寧な自己紹介である為、何かを期待していた教室中が微妙な空気になった。
「俺何かしたか?」
「アンタの自己紹介つまらなさすぎなの分かる?」
「第一面白い自己紹介する必要あるのか?」
「アンタだからモテないのよ…。つまらない男ね、とか言われて振られるのがオチだよ…。」
だから、とニヤリと昭葉は笑う。
「アンタにはハルしか居・な・い・のっ。分かった?」
「てめぇ静かにしろ昭葉…。」
二つ前の晴明が昭葉を睨みつける。間に挟まれた女子が迷惑そうだ。
昭葉は舌を出して呟いた。
「バーカ。」
「っめぇ!今日こそは許さねぇ!立て!歯ぁ食いしばれコルァ!」
「女子に手を挙げるのは良くないぞ稲葉。馬鹿なのは仕方ないが。」
神崎が馬鹿を強調して言う。
「よーし分かった!お前らまとめて…。」 晴明が立ち上がる。昭葉は挑発し、神崎は止めようとする。
「うるさい!」
二番の女子が切れた。三人を無視して自己紹介が進んでいた教室が一瞬で凍りついた。
「い…岩倉さん…。」
「後で生徒会室に来てもらいますよ?」
彼女、岩倉朋美は生徒会副会長だ。
「すみませんでした…。」
三人はシンクロで謝る。
「もういい岩倉。次、最後だから。」
担任が言うと、岩倉は席につく。変わりに立ったのは、黒髪で天然パーマのかかった女子だった。
「三十番の山本亜留美です。吹奏楽部です。よろしくお願いします。」
昭葉は後ろを向いた。
「ねぇ、あの可愛い子吹奏楽部にいたんだね。」
神崎はうとうとしていた。昭葉は問答無用で彼の頭を叩いた。
「コラ、眠たいのは分かるけど人の話を聞きなさいよ。」
「…すまん。」
「…で、あの可愛い子吹奏楽部に居たんだね。」
神崎は座ろうとしていた亜留美を一瞥する。そして、あぁ、と呟いた。
「山本さんの事か。」
「可愛くない?中学同じだったと思うけど…。」
「……さぁなぁ…。」
そう曖昧に言うと、顔を伏せた。相当眠たいらしい。再び、昭葉は頭を叩いた。
「…岡田…。」
知らん顔をして前を向いた昭葉を恨めしそうに見る。
「全員終わったな。じゃあお前ら一年間よろしくな。」
先生がそう言い、自己紹介は締めくくられたようにに思われた。
突如教室の引き戸を荒く開ける音がした。そしてウェーブのかかった金髪をなびかせながら、女子高生が入室してきた。
「まだあたしが居るんだけど?」
「つかお前遅刻だろ…。」
呆れる先生に向けられた視線は、斜め下に向く。
蛇に睨まれたような間抜けな顔の晴明が、そこにいた。
改めて生徒を見回して彼女は言う。
「松野一音。趣味な無し。以上。」