10話…意外と部活頑張ってる話
雨は嫌いだ。良い音が出ない。萩本は良く、湿気のせいで打楽器の革が云々言うが、管楽器にも割と影響する、いや、合奏に悪い影響を与えているんだ。本当に雨は嫌いだ。まぁ理由はそれだけではないが。
吹奏楽コンクールまであと1ヶ月。部内は良い感じに締まっている。…が、やはり問題は起きる訳だ。
「どうして今になってそんな甘いリズムで叩けるんだ!?リズム感以前の問題だろ。」
「はーぎーもーと。」
本来ならばトロンボーンパートの練習を指揮しないといけない俺が何故打楽器の部屋に居るかというと…。
「一年から俺に苦情が来るんだが。萩本先輩が怖いですってな。」
「神崎…お前には…。」
「まぁまぁ落ち着けって。」
普段へらへらしている萩本は部活になると人間が変わったように怖くなる。見境ない分先生よりも厳しい。
男子の一年はまだ良いが女子がそれに耐えられず、萩本と仲良く見える俺に相談に来るわけだ。どうしてトロンボーンにも打楽器にも三年が居ないのだろう。
「俺は金賞しか目にないの。いい加減この高校の文化部舐められんの嫌なのよ。なのに1ヶ月前なのにコレだぜ?舐めてるのこいつらだろ。」
「わかったから落ち着けっていってんだ。お前が何時も感情的になって物事教えたりするから教わる側が困るんだよ。」
「だけど何時までたっても理解しねーから俺でもいい加減怒るわ!」
マズい。もう少しでスティック折るな萩本の奴。
「あれだ。自分にだけわかるように教えてるだろ。お前見てると何時もそんな感じだ。独り善がりなんだよ。会話も演奏も。」
「……………………っ!」
演奏も、は余計か。
何時もこうして俺が萩本をたしなめ、奴は反省しているかそうじゃないかはわからないが、落ち着いて練習を始めるわけだ。トロンボーンパートの所に戻ろうとしたら打楽器室の入口付近でパートの後輩が行儀良く待っていた。
「……………どうした?練習しとけって言ったろ?」
「なっちゃん泣いてたから心配で…!すみませんでした!」
後輩の一人の須波。真面目な一年女子で打楽器の友人が心配で来たらしい。なっちゃん、ってのは泣きながら苦情を言いに来た打楽器一年だな。
「いや謝るなって、怒ってないから………お前はどうして来たのかな、上條。」
頭を掻いて突っ立っている一年男子の上條は笑いながら言った。
「いやぁ神崎先輩流石っスよー。あの萩本先輩黙らすなんて。」
「須波ー。今後の1日練習で上條が昼飯奢ってくれるらしいから弁当持参しなくていいぞ。」
「あぁっ!先輩鬼!」
1日練習の時の昼飯はパートごとに食べる決まり…というか習慣になっている。
「オレは先輩の手作り弁当がまた食べたいっス!な、須波?」
「上條君何奢ってくれるの?」
「オレの話聞いてた須波!?」
トロンボーンパートの雰囲気は良好という事で。なんやかんやで二人共真面目だし腕もあるし。打楽器はまぁなんとかなるだろう。これ以上問題が起きるのは勘弁だしな。
部活を終えて、後輩二人が色々訊いてくるからアドバイスを言いながら校門へ向かうと、岡田が待っていた。
「うわぁ先輩彼女っスか!?」
「残念ながら違う。」
「先輩それじゃあまた明日!」
須波が帰る。上條も挨拶をして帰った。二人に手を振ると岡田の元に向かった。
「どうした?」
「ごめん仁あれ嘘!」
いきなりどうしたんだ。意味のわからない事を言いながら頭を下げる岡田を、取りあえず目立たない場所に連れて行った。
「何の事だ?いきなり…。」
「あたし、あるみん好きとかじゃないからね!いや好きだけど友達として!」
あの事か。
「いや、別に俺に謝る必要ないだろ?しかし、何で嘘ついたんだ。」
「ハルがあるみん好きになったら嫌だし…。いや、あたしがこう言ったら誰もあるみんに手を出さないかと…。」
「岡田…。」
「しかも、ハルは仁はあるみん嫌ってるって思い込んでて…。」
言いたい事はわかった。俺の為にあんな嘘をついたんだろう。
「気にするなって。それに稲葉でも誰でも山本さんを好きになろうが構わないし」
「でも……アンタはずっと……。」
「俺はどうしようとか思ってない。気にしてたのなら悪かったよ。」
そろそろ帰らないと夕飯を作る時間が無くなる。一人暮らしは大変なのだ。岡田に帰るように促すと、こう言われた。
「いい!?恋愛はエゴなの!エゴ上等なの!遠慮してどうすんのよ!」
遠慮とかそういう事じゃない。まぁどういう事かは言いたくはないが…。
「悪いな。」
取りあえずそれだけ言うと、足を早めた。
「やっぱ先輩の作るおにぎりは神っス。」
土曜日の1日練習。どうしても、と言う後輩二人に弁当を作ってやった。奢る件はどうなったのやら。
「おにぎり位で大袈裟な…。」
「いや、オレの母ちゃんより上手いっスよ!母ちゃんのは固くてベタベタっス。先輩のは外しっかり中ふんわりで塩加減も良いし完璧っス!」
上條は意外と細かいんだな。親御さんの苦労が目に見えるようだ。
「このミートボールも美味しいですー。先輩は冷凍食品が嫌いなんですよね?やっぱりこれも手作りなんですか?」
「まぁな。」
須波にそう答える。冷凍食品は前お腹壊した事があってから食べたくなくなったんだよな。
三年ニ組の教室。練習に使っている部屋だ。
今日は休日だから誰も使用していない。だから吹奏楽部の使用が認められている。三年が来たら困るが、まぁ先輩を呼べば大丈夫だろう。
そう考えいたら足音と話し声が聞こえた。しかも口調が荒々しい。どこかで聞いたような…。
「先輩…………。」
「やっぱり三年っスかね。」
「説明すれば大丈夫だ。」
後輩二人にはそう言ったが、多分マズい事になりそうだ。話し声の集団が教室に入って来た時、須波が小さく悲鳴を上げた。髪を金髪その他に染めたピアスの連中。そしてその中心に居たのは、この前のクラスマッチで、稲葉に喧嘩を売っていた島村って奴だ。
不覚だった。この前揉めた三年二組の教室を使うとは。
「おいてめーら何で使ってやがる。」
島村が言った。すかさず説明しようと立ち上がる。
「吹奏楽部の練習で使用してます。今は休憩をとっていました。先生の許可は得ていますから……。」
「そういう問題じゃねーよニ年坊。」
島村が側にあった椅子を蹴る。後輩二人がビクッと体を震わせた。無理もない。基本真面目な二人はこういう事に関わった事が無いんだろうし。
「確かてめー稲葉の連れだよなぁ?調子乗んなよ?」
「すみません。すぐ教室から出るので。」
「そういう問題じゃねーよ!」
二人に片付けを指示しようとしたら、島村に顔を殴られた。重い一撃で、膝が地面につく。
「先輩!大丈夫っスか!?今誰かを…!」
「動くな!」
島村の仲間が怒鳴る。確かに、今上條や須波が教室を出ようとしたら仲間に捕まるだろう。
近くの教室に居た部員達が、騒ぎを聞きつくて次第に集まってきた。
「稲葉の仲間が吹奏楽部だとはなぁ!」
「つか吹奏楽部ってウザいんだけどー。」
「つーわけで荒らしに来ましたー!」
同じ階にある音楽室から悲鳴と騒音。まさか楽器が…。
「文句あんなら稲葉の仲間のこいつに言えよな!」
廊下に立ち尽くしている部員達に、島村は言った。
「まぁコインが土下座したら許してやるぜー!?」
「ひゃははは出来んのかよ!」
音楽室の、荒らしを止めようとする部員達の必死な声も騒音が止む。
しかし………土下座か。 勿論やりたくはないが、俺の頭一つで助かるんなら安いもんだ。
「わかった。だから吹奏楽部には二度と関わらないと違って欲しい。」
「何言ってんスか神崎先輩!ほら、先輩達誰か先生呼んできて下さいよ!」
上條はそう言うが不可能だ。通路を島村の仲間に塞がれている。
「先輩…ごめんなさい…。」
「泣くな須波。」
相変わらず須波はすぐ泣く奴だ。
土下座ってどうやるんだ?と一瞬思ったが、取り敢えず膝をついた。手も床につけようとした時、悲鳴がした。今度はどうしたんだ。
すると、教室に思っても見なかった奴が入ってきた。
「誰だよ?神崎に土下座させようとした奴ぁ?」
既に何人か倒した稲葉が物凄い怒気を帯びながら立っていた。
≫≫≫人物紹介
上條孝弘
7月8日生まれ
身長:168cm
黒髪短髪の至って普通の容姿。
神崎の後輩のトロンボーン奏者。
言動はふざけているが、勉強や部活に対しては真面目。
神崎をかなり尊敬している。