ルーク視点 2
叔父のティモシーが砦から帰ってきたのは、その一年後だったと思う。
彼は戦いの最中で敵の罠に落ち、毒を持つ蛇に噛まれた。
蛇はすぐに焼き殺したが、蛇毒が少量体内に入ったらしい。
彼は一か月ほど動けなかったが、少しずつ回復して何とか王都に帰ってくることができた。
療養目的でその後は領地で祖父の手伝いなどをしていたが、蛇の毒の後遺症が続き、専門の医者に診察を受けるために王都にやってきた。
運命とは不思議なものだ。彼はその時にオフィーリアと街で偶然に出会ったのだ。
オフィーリアは彼の顔色を見て不調を感じ取り、すぐに医者を特定して、叔父の妻だと偽り叔父の病状を聞き出した。
「蛇毒が全身を侵していまして、持って三年。早ければ一年と言うところでしょうか」
その後、叔父を心配した彼女は、強引に叔父と何回か会ったようだ。そして叔父への思いを再確認したのだろう。
祖母に「残り少ない彼の人生を一緒に生きたい」と泣いて訴えたそうだ。
そんなことはまかり通るはずもない。
俺もすべて母から聞いた話ではあるが、叔父は最初は頑なにその思いを拒否したという。
だが、二人の気持ちはもう抑えられないところまで来ていた。
二人は、エルの父親であるジャレッド・オールドフォード伯爵の下に行き、二人で生きたいと決意を告げて、離婚をして欲しいと頭を下げた。
話を聞いた伯爵は激高することもなく彼らに言った。
「なるほど......。オフィーリア、君たちの今後を思うと厳しい生活になるだろう。だが二度とここには戻れない。それでいいんだね」
「はい、申し訳ございません」
「そうか。その気持ちを抱えた君を妻にしておくわけにはいかない。離婚を了承しよう。ただし、エルミナを連れて行くことは許さない。エルミナには伯爵家を継いでもらう。エルミナのことは忘れてくれ」
オフィーリアは自分たちのこれからの生活を思うと、エルミナを幸せにする自信がなかった。
エルミナにとっては伯爵令嬢でいた方が幸せかもしれないと、泣く泣く彼女を諦めたそうだ。
オフィーリアに「お願い、エルを見守って」と言われたのはいつだったか。
まもなく二人は気候の良い南の島へひっそりと旅立った。
社交界には瞬く間に二人が駆け落ちをしたという噂が広がったから、俺の家とエルの家、オフィーリアの実家とは絶縁状態になった。
そして俺も残念ながらエルと会う機会を失った。
それから二年ほど経って、父がオールドフォード伯爵と王宮で遭遇した時に、
「エルミナが笑うこともなく母親が家を出る前の記憶があやふやになっている。私も娘に対してどう接していいかわからない。やっぱり娘には母親が必要なんですな」と呟いていたという。
オールドフォード伯爵が再婚したと聞いたのはそれから間もなくだった。
エルは幸せだろうか。俺に力が付いたらエルを迎えに行こうと思っていた。
だが、人生とはままならないもので、俺が十三歳になった時に縁談が持ち上がった。
相手は二歳下の第二王女フィオナ殿下。
断る選択肢はなかったから、俺はモヤモヤした気持ちを抱きながらも受け入れた。
ただ、フィオナ殿下は生まれつき心臓が弱く、激しい動き、ダンスなどは禁じられていた。彼女は病弱なせいか肌も抜けるように白く、穏やかな優しい人だった。
俺は俺なりに彼女に尽くしたと思う。
エルが義妹を苛めている、わがままで浪費壁があるというような噂が流れたのは俺が婚約してからしばらくたった頃だ。母が周りの貴婦人たちに聞いたところ、噂の出どころはどうやらエルの新しい母親のようだった。
あのエルがそんなことをするはずがない。たぶんエルの家で何かが起きているのではないか。
俺は父親に相談した。
父も母もエルのことは心配していたので、我が家の何人かいる庭師の一人、マイロに伯爵家で働いてもらい伯爵家の様子をそれとなく見てくれるようにと頼んだ。
今の伯爵家は人使いが荒いので、使用人の出入りが激しいようだ。そういうこともあって運よくマイロが伯爵家に採用された。そしてその後マイロから聞いた話に俺は驚愕した。
エルは非常に冷遇されていると言う。
義母や義妹からいつも嫌味を言われ、義妹はエルを突き飛ばしたこともあるそうだ。幸い怪我がなかったと言うが。そして食事も厨房で賄いのもの。下働きのような恰好をして仕事もさせられ、家庭教師もメイドも付けられていない。
十代半ばの俺は本当に腹が立ち、オールドフォード伯爵に会いに行って、エルの冷遇をどう思っているのかと強い口調で問いただした。
まあ、父も一緒だったから少し強気になっていた。
「気が付いてはいたのです。留守がちな私ですから、ことをあまり荒立てるとエルミナが余計にバーバラに当たられるかと思いまして何も言えませんでした。
実は私の妻と言われているバーバラとの婚姻届けはまだ出していないのです。婚姻はエルミナが心から笑えるようになってからと約束していましたから。
だたバーバラたちは男爵家を追い出されて住むところが無かったものですから、それなら我が家に住んでも良いと言ったことがあだになりました。私と知り合った頃は優しい女性に見えましたので、エルミナを大事にしてくれると思ったのです。
生まれた男の子はたぶん私の子ではありません。エルミナが伯爵家の跡取りであることは変わりないのです。いずれきちんとするつもりです。どうかもう少し時間を下さい」
俺には伯爵の弁解にしか聞こえなかった。
だが父に
「......分かった。人の家のことには手を出すことは出来ない。ルークもういいな?」
と言われてしまえば、俺はそれ以上は何も言えなかった。
父は、人に会う約束があると先に部屋を出て行った。
伯爵と二人になった所で、俺はかねてから考えていたことを口にした。
「私は、オフィーリア夫人にエルを見守っていてくれと頼まれたんです。何とか彼女に会う機会を作ってもらえませんか?」
「エルはあなたのことを覚えていないと思いますし、第二王女と婚約しているあなたがそのようなことをしてよろしいのですか?」
「エルに会って少し話すだけです。あなたの仕事仲間と言うような立場で変装して会おうと思っています」
「......わかりました。その時はご連絡ください」
こうして俺はエルと久しぶりに会うことになった。