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ルーク視点 1

  

 まったく、せっかくエルミナが来ていると言うのにこの忙しさはなんなんだ。

 

 来年度の予算の配分を話し合うだけで、なんで三週間も揉めるんだ。やっと落としどころを見つけたのが昨日。


 報告書を片付けて、屋敷に直行して聞いた執事長の言葉が

「エルミナ様が見当たらない」だった。

 

「朝、なかなかエルミナ様からお呼びがかからないので、仕方がなくメイドがお部屋に入ったところ、エルミナ様はお部屋のどこにもいらっしゃらなくて、お休みになった形跡もないのです。

家じゅう捜したのですが、バルコニーからシーツが垂れ下がっているのを外から見つけ、もう一度お部屋に入ったところ、机の上に若様宛の手紙が置かれていました。触れてはおりませんので、エルミナ様のお部屋に直行なさってください」


「どういうことだ...」

 

 俺は、すぐにエルの部屋に行って手紙を読んだ。

 

 

 * * * *

  

 ルーク・アルト・ディクソン様

 

 前文は省略させていただきます。 

 

 この度の、ルーク・アルト・ディクソン様と私エルミナ・オールドフォードとの婚約に関しましては、ただの形式的な婚約及び婚姻であると聞き及びました。

私の名前で良ければどうぞお使いください。婚姻もしかりです。

 

 ここにサイン入りの婚約解消の同意書と離婚の同意書を同封いたします。必要な時にお使いください。

  

 私が公爵家から消えたことは、できれば父には黙っていただけると嬉しいです。

 探さないで欲しいのです。 

  

 私はエルミナ・オールドフォードの名を捨てて、新しい人生を歩みます。

 

 勝手をすることをお許しください。

 ディクソン様のお幸せを心よりお祈りします。

 

   エルミナ・オールドフォード

   

   

 * * * * 

 

 

 俺はソファの上に頭を抱えて蹲ってしまった。

 

 やっとここまでお膳立てをして、エルを手に入れたと思ったのに彼女は俺の手からするりと抜けて行ってしまった。

 

 

 

 

 

 エルの母親オフィーリアのさらに母親、つまりエルのお祖母様が俺の祖母と姉妹だった。

と言うことは、俺の父親とその弟のティモシーとオフィーリアとはいとこ同士だ。


 ばあ様同士は仲の良い姉妹だったので、子供連れで良く会っていたらしい。

 

 そんな日々の積み重ねは、叔父のティモシーとオフィーリアの間にいとこ同士以上の感情を芽生えさせた。

 

 だがオフィーリアの父親は爵位の持たない叔父にオフィーリアを嫁がせる気はなかった。

オフィーリアは父親に逆らうことはできなくて、伯爵家の継嗣であるジャレッド・オールドフォードに嫁いだ。


 ちょうどエルが生まれる頃、西の蛮族が我が国との国境線を越えて侵入する事態が頻発した。

 

 傷心の叔父は少し火魔法を使えたこともあり、その制圧のために軍に志願してここから馬で二か月ほどの距離にある砦へと赴いた。

 

 オフィーリアは、俺の祖母が好きだったから、たまにエルを連れて公爵家に来ていた。

 

 俺の母が言うには、オフィーリアは「夫は寡黙だけれど、誠実で良い人なの」と優しく笑って、それなりに幸せに見えたという。

 

 だから俺はよくエルの相手をしていた。真ん丸の碧の目で俺を見て「ルーク兄しゃま」という。

 本当に可愛い女の子だった。

 


 あれは俺が七歳でエルが四歳の時だった。二人で街に行く許可をもぎ取った。もちろん護衛騎士が二人ついてくる。でも俺たちは浮かれていた。

 

 市場を歩いている時に、広場の方から何か大きな笑い声がする。多分大道芸人たちが何かを披露しているのだろう。俺はエルの耳元で

「広場に行きたい?」「うん」「じゃ、走るよ」


 俺はエルの手を引いて人ごみの中を掻い潜り、護衛騎士を撒いた。やっとの思いで広場に着いたのにもう出し物は終わっていた。仕方なく元来た方に帰ろうとして道を間違ったらしい。変な路地に迷い込んだ。

 

 気が付けば俺たちは人相の悪い三人組に囲まれていた。

 

「お前たちいい服着てるじゃないか。俺たちと一緒にちょいと遊ぼうか?」


俺は一瞬たじろいだが、エルは大丈夫だからと言って落ち着いていた。その時どこからともなく水が彼らに向けて発射された。


 濡れそぼった破落戸たちが慌てて距離を取ろうとする時、エルは俺に抱き着いてきて

 「ルーク兄しゃま目をつぶって」と言って俺の目に手を当てた。

その途端回りが一瞬明るくなった気がした。


 エルが手を離したので周りを見ると、破落戸たちが目を押さえて蹲っている。俺はエルの手を取りすぐに走った。

 大通りに出たら、幸いなことに俺たちを捜してた護衛騎士に会うことができた。

 

 「だめですよ。急に走ったら。何かあったらどうするんですか」

 いやもう、何かあったけどねと思いながら、俺たちは彼らに謝って、何食わぬ顔でさっさと馬車に乗った。

 

 馬車の中で俺はエルに言った。

「エル、あれは魔法だよね」

「そうなの?」

「どうしてあんなことが出来たの」

「なんか耳元でこうしろ、って言われた」

 

 魔法を使える人間は、今では十万人に一人と言われている。だから、今の世の中は魔法を使わなくてもそれなりに生活できるように進化した。

 

 魔法で人に危害を与えたら厳しく処罰される。魔法が使えるものは国に届け出る必要がある。

 光魔法を使える精霊姫と呼ばれる連中は数十年に一人だ。ここ百年は出ていない。だからもしそんな人が発見されたら当然神殿や国に囲われることになる。

 

 エルがなにか大きな魔法を使ったとは思ったがそれが光魔法だったとは考えなかった。

普通の魔法だってめったに見ることがないのに、光魔法だなんて気づくわけがない。

エルだって知らないで使ったに違いない。

 

「いいかい。エルが大きくなって僕が使ってもいいって言うまで、魔法は絶対に人の前で使っちゃだめだよ。わかった? 約束できる?」

「ルーク兄しゃま、エルのこと嫌いになった?」

「エルのことは大好きだよ。だから約束してね」

「うん」


 それから俺は反省した。エルを守るどころかエルに守られた。絶対エルを守れるように強くなろうと思った。


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