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ディクソン公爵家にて

 

 公爵家が迎えに来るというから、今逃げると、父親は妻にも娘にも逃げられた人と言う汚名を着ることになる。さすがにそこまでは父を憎んではいない。


 とりあえず公爵家に行って屋敷の中や外をそれとなく見回り、逃げる方法や道を捜すことにした。一年前から少しずつ用意はしていたから大丈夫なはずだ。

 

 身一つで良いと言われていたので、持ち物は身の回り品を入れたカバン一つだけ。

 

 普通の淑女と違うところは、カバンの中に、二、三枚の下着と料理長のケビンから貰った干し肉や干した果物とズボンやベスト、帽子、布で出来たリュックにブーツなどの逃亡用の物が入っていること。

 

 食料については、ケビンからお昼用にといつも携帯用の食べ物を貰っていたので、少し多めに頼んでも別段不審がられなかった。衣類は貯めていたウェラからのお金で図書館の帰りに男の子用の古着を少しずつ買っていた。

 

 

 いよいよ公爵家からの迎えが来る。

 私は見苦しくない程度の茶色のスカートに白いブラウスのシンプルな服装だ。伯爵令嬢には見えないでしょうけれど。

 

 それでもジェナは私の服装を見た時に

「その服、どうしたの?」と聞いた。

「呪いの主から貰ったわ」と返したら口を噤んだ。


   

 伯爵邸の玄関先にいる私にジェナが何故かイライラした様子で寄って来て


「あんたなんかには、辻馬車か徒歩が似合うのに、わざわざ迎えに来るなんて公子様は愛さない人にも親切なのね」

 

(そういえばそうかもしれないわね。ジェナの言うことはもっともだわ...)

 

 そう思って首を傾げた私が見たのは、公爵家の紋章を付けている豪華な馬車だった。

ジェナの顔も慌てて出てきた義母の顔も引きつっていたが、私も予想外だったので驚いた。

  

 馬車から公爵家の執事が現れて、見たこともない私のことがどうして分かったのか、私の前に来て深く頭を下げた。

 

「まことに失礼ですが、お名前を確認させていただきます。エルミナ・オールドフォード伯爵令嬢でいらっしゃいますね」

「はい...」


「ねえ、あなた。何かの間違いじゃない? もしかして私を迎えに来たんじゃないの? お義姉様なんかにこんな馬車は似合わないでしょ」


私を押しのけて前に出たジェナがそう言ったが、執事はジェナの言うことを無視して手を挙げてフットマンを呼んだ。

 

「お荷物をお預かりします」

フットマンが私のカバンを持ち馬車へ向かう。


「では、こちらへ」

 そして執事はサッと左腕を私の前に出して、馬車にエスコートしてくれた。

エスコートなんてリッグス先生の講義をドアの前で聞いただけだから戸惑った。

 

 父親は相変わらず留守だったので、唇を噛み締めている義母とジェナを一瞥して執事の手を借り、昨日書いた手紙を胸に抱き馬車に乗った。

 

 

 * * * *

 

ルーク・アルト・ディクソン様

 

 前文は省略させていただきます。 

 

 この度の、ルーク・アルト・ディクソン様と私エルミナ・オールドフォードとの婚約に関しましては、ただの形式的な婚約及び婚姻であると聞き及びました。

 

私の名前で良ければどうぞお使いください。婚姻もしかりです。

 

 ここにサイン入りの婚約解消の同意書と離婚の同意書を同封いたします。必要な時にお使いください。

  

 私が公爵家から消えたことは、できれば父には黙っていただけると嬉しいです。

 探さないで欲しいのです。 

  

 私はエルミナ・オールドフォードの名を捨てて、新しい人生を歩みます。

 

 勝手をすることをお許しください。

 ディクソン様のお幸せを心よりお祈りします。

 

   エルミナ・オールドフォード

 

 * * * *


  

 馬車は進む。

鉄で作られた芸術品のような公爵邸の門扉からお屋敷までの道の長いこと。

でもこの道にも芝生の向こう側に見える公爵邸にも既視感があった。前世で旅行した時に見た貴族邸がこんなのだったのかも知れない。

 

 着いたら、使用人の皆さんが頭を下げて迎えてくれた。

私の悪い噂を聞いていると思ったけれど、随分丁寧な対応で戸惑った。

 

「若様は王宮の方で会議が続いておりまして、お戻りになるのは三日後くらいかと思います。誠に申し訳ございません」

 

 筆頭執事が謝るのだが、別に会いたいと思っていないので「お気になさらずに」と言い、案内係のメイドについて私の部屋へ向かった。


 大きくて豪華な私の部屋。これも予想外。

蝶が舞っている壁紙に若草色の支柱。白をベースに金の装飾がされたチェストや家具。

続き部屋の寝室には天蓋付きのベッドが見えた

 

(ああ、そうか王女殿下のために改装したのね。お気の毒に)

 

 衣裳部屋にもなぜかたくさんのドレスが入っていて、全部私の物だと言う。

ドレスのデザインも必要な時に、私のからだに合わせて整えられるようになっているらしい。

 

(これも王女殿下のために誂えたのね。そんな思い出の品を私にくれていいのかしら?)


そんなことを考えていたら、カイラさんと言う名前の侍女から

「お着替えなさいますか?」と聞かれたので、

「見苦しくなければこのままで結構です」と答えた。


そんなことに費やす時間はない。ルーク公子が帰ってきたら脱出が難しくなる。

とにかく公爵邸の中を知ることが先決だ。


 どこから逃げるべきかと部屋の中を見回している間にお茶が用意されていた。あまりの好待遇にむしろ落ち着かない。

 

 かぐわしい香りの高級なお茶を戴いた私は、屋敷の中を案内して欲しいとお願いした。


「お疲れでしょうから。明日にでもご案内します」

 だが、私は急いでいるのだ。 

「皆様が大変なら無理は言いませんが、一日も早くこちらに慣れたいと思いまして」


 希望通り、執事見習いと私付き侍女カイラさんが館の中を案内してくれた。

シヴァは私の頭近くに浮いている。私以外には見えないから。


『ここ知ってるよ。エルの小さい頃来たよ』

『え、そうなの。全然覚えていない。もしかしてお母様に連れてこられたのかな』

『エルはね、オフィーリアが出て行ってから以前のことが思い出せなくなったよね』

『心の病......』


 広い、広い。美しいタイルの敷かれた廊下。大理石の柱。彫刻も所々に配置され、公爵家代々の肖像画が飾られている。複数のサロンに置かれた家具ももちろん芸術品。

 

 暖炉の上には神話の物語を模した精密なタペストリーがあり、大きな格子状の窓には天井付近から重厚なカーテンが掛けられている。

 

 (カーテン? あの中に隠れたことがあった?)

 

 誰かが笑いながら私を探していた...「エルは僕から逃げるのが得意だね」って。なんだろう?

 

 

 とりあえず必要な場所だけを覚えて部屋に戻る。


 その日は部屋で夕食を摂り、軽く湯あみをさせてもらって就寝。


 湯あみは何年がぶりだったけれど、誰かに入れてもらうのは落ち着かない。

前世のように日本式お風呂でゆっくり浸かりたい。


 次の朝は、どのような洋服になさいますかと聞かれたので、引きつりそうな笑顔で「お任せします」と返した。

 

 髪を梳いてもらうのは気持ちが良かった。

 

「エルミナ様の髪は珍しい色の素敵な金髪ですね」

「母に似ました」

「まあ、お母様もお綺麗な方なのでしょう」

「さあ、どうでしょう? あまり覚えていないものですから」

「これは失礼いたしました」

「いいえ」


気を遣わせてしまったかもしれないが、どうせすぐにここを出る身だから、私の事なんて忘れてしまうわと思ったのだが、カイラとの縁は続くことになる。

 

 さて、その後は外回りの探索。とは言っても侍女や執事見習いがついてくる。

 

 騎士さんたちにそれとなく見回りの時間を聞いたり、この後ろの木立ちはどこに続くのかしら? なんて探りを入れた。

 

明日はいよいよ公爵家から脱出します。

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