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「誰も愛せない人」との婚約

 

 十五歳になったある日、ジェナが普段なら無視して通り過ぎるというのに私を呼び止めた。

 

「私、見初められたのよ。相手は第三王子のラルド殿下よ。いずれは公爵になるから私は公爵夫人になるの」

「そうですか」

「彼に『僕に相応しいのは君のような優しく美しい女性だ。ぜひ僕の傍にいてくれないか』と言われたのよ」

「そうですか」

「殿下の婚約者の侯爵令嬢は高慢で冷たい人だから、いずれ婚約破棄をするんですって!」

「そうですか」

「十七歳になったら豪華な結婚式を挙げるの。お義姉様なんか実の母親が駆け落ちしたから結婚は出来ないでしょうね。私や弟に迷惑かけないように修道院にでも行ってちょうだい」

「そうですね」


 ジェナは、嘘を続けているうちにそれが「真実」だと思い込む人かも知れないとなんとなく思っていた。

 

 ジェナが私から奪った物はすべて、昔からジェナの物だったというし、小さい頃から『私はいずれ王妃になるの』と真顔で言っていた。

 王妃から公爵夫人に格下げになるけれど、ジェナはそれで良いのかしら?


 だからジェナの言うこの話もどこまでが本当かは分からないけれど、義母は六歳になる弟がもう少し大きくなれば私を追い出そうとするのは確かだ。

 

 それがどんな形になるかは分からない。

 

 父の同意がなければ義母が勝手に縁談を決めたり修道院へ行かせることは出来ないから、やはり事故を装って私を殺そうとするかしら? 呪われている私に暴力は無意味だから毒殺になる?

 

「シヴァ、早めに家を出た方が良さそうね」

『そうだね。エルはここにいても幸せにはなれないものね』

「でも、家出するとなると先立つものがいるのよね」

 

 お金をどうして貯めるのかが問題だった。

 

 実の母が残していったドレスや宝石は『これは女主人が持つもの』と義母に持っていかれた。

 

 ウィラが融通してくれた小銭は少し置いてあるが、それでは二、三回分の食事にしかならないだろう。

 

 ただ、私を抱きしめて着けてくれたエメラルドのペンダントがある。

私には唯一の母の記憶。

 

「これはエメラルドと言って、エルの瞳と同じ色の宝石なのよ」


子供の私にはちょっと長いネックレスだったけれど、いつも衣服の下に着けていて義母たちには見つからなかった。母親の物に未練はないけれど、取られるのは不愉快だったから。

 

(売るものはこれだけね。そのお金で一週間ほど持ちこたえてその間に職を探すしかないわね。)

  

 十六歳過ぎて私の光魔法は格段に上手になってきた。

光の柱をちょっと立ててみたり、今思えばサーチライトかな。

光で身体を覆い身体強化もできるようになった。


 そろそろ十七歳にもなるし、家出を実行する準備も始めていた。

 

 それなのに父親が公爵家からの縁談を持ってきたのだ。

 

 婚約の相手はルーク・アルト・ディクソン公爵子息で継嗣。ニ十歳。

容貌は美しく、武にも長け、王宮でも期待の新人として官職についていると言う。


経歴にも容姿にも全然興味はない。

「はあ、そうなんですか」だけ。

 

 公爵家の行儀作法を私に学んでもらう必要があるからと、公爵家の執事さんが一週間後にわが伯爵家に迎えに来るらしい。

 

「随分と急な話ですね」

「早くに落ち着きたいのだろう」

「はあ」


 本人は仕事で忙しいとか。少しも私には興味がなさそうだ。

 

(そんな私を結婚相手に選ぶなんて、相手もなにか事情があるのかしら?)


 疑問を抱いて父親の執務室から出た私をジェナが廊下で待ち構えていた。

 

「お義姉様のお相手の、ディクソン公子様ってね。十八歳の時に婚約者の王女のフィオナ殿下を病気で亡くしたの。二年くらい前よ。覚えてない? 国中が一時期喪に服したでしょ? それ以来、私は誰も愛することはない。と言って、女性たちを寄せ付けないっていうわよ」


「そうなの? それでなぜ私に婚約の話を持ってくるの?」

「お義姉様は社交界で『妹をいじめている意地悪な姉で、お金遣いも荒く、男にもだらしない』って言われているのよ」


「あら、社交界にも出たことないのに、どうしてそんな噂が立つのかしら?」

その噂の出どころは義母と義妹なのは分かる。まあ、社交界に出ることのない私にはどうでも良いことではあるのだけれど、不快と思う気持ちはある。


「それでね。公子様は『どうせ愛することがないのなら、お義姉様みたいな人が気楽だ』って周囲に言ってるらしいわよ。なんでも結婚したら公爵位を譲るって言われてて、どうでもいい義姉様に決めたんじゃない?

ま、お義姉様みたいな枯れ葉色の髪で貧相な女なんか愛されることもないでしょうけど」


 そう私の髪は薄い緑と金髪が混じっているわりと珍しい髪の色だ。だからジェナは私の髪を枯れ葉色と表現する。

 

 ジェナの言葉は半分は嘘だとしても、さすがに彼女だって

『愛する人を忘れられないから寄ってくる女性はいらない。でも結婚をしなくてはならないなら、愛せない人がいい』

というような、ややこしい嘘は思いつかないのではないかしら。

 

何はともあれ疑問が解決して良かったわ。




 前世を思い出した私にとっては、結婚や結婚式はとても恐ろしいものだ。絶対に避けなくてはならない。

たとえその公子様が誰も愛することはない人でも、彼が誰かに執着されることはあり得る。その矛先が結婚相手の私に向かわないとも限らないのだ、


私はジェナの言うことをもう一度考えてみた。

誰も愛せないから結婚相手は愛せないような酷い人がいいってことよね。

悪くないわ。


「シヴァ、彼がそう望んでいるのなら、実際に結婚しなくても私の名前だけでもいいのよね。愛せないような酷い結婚相手を人前に出すはずもないわ。本当に愛する人が出来たら、私の名前と離縁すればいいのだから」


『この話を利用する.』。

シヴァの言う通りだわ。私の名前だけを相手に貸すだけでいいのなら、逃げても問題ないわ! 

案外、良い縁談かもしれない。


ここまでお読みくださってありがとうございます。

明日から、一話ずつ投稿します。明日のタイトルは「ディクソン公爵家にて」になります。

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