いよいよ結婚式
四通目の封筒には、涙型の大きな真珠が二つ入っていた。
私は、涙って止まることがないのかしらと思うくらい泣いた。
母は私と父を捨てる道を選んだ。その道が辛く苦しい道でも、貴族の令嬢にとっては初めての選択だったのだろう。
人は皆、幸せになりたいと願う。犠牲を払ってでも。それは悪い事なのかしら?
前世でリエを殺した人も、ただ幸せになりたかった?
いいえ、幸せになりたいのなら、その先に続く道を考えなければならない。
母は私たちを捨てても罪悪感は捨てられなかった。それを背負って生きることを知っていた。
そしてそれがたぶん私の救い。
結局泣き疲れて、気が付いたらベッドで寝ていた。隣に温もりがあったのでルークが私をベッドに運んで添い寝をしてくれていたようだ。
目が殆ど開かなくて慌てた。
机の上には母の手紙が封筒に入れられて置いてあった。
その横に、ルークの字で書かれたメモがあった。
「知っての通り俺はすぐに王都に帰らなくちゃならない。王都で待っているよ。真珠は俺が預かる。結婚式までに間に合うようにイヤリングを作って貰うからね」
そう、私たちの結婚式が半年後に行われることになっている。
ルークが心配して「結婚式をやめてもいいんだぞ」というが、公爵家の継嗣が結婚式をしないわけにはいかない。
この機会にこそトラウマを克服しなければ、本当の意味での心の平安は永遠に私にやって来ない。
王都に帰ってからは目が回るような忙しさだった。
お義母様と一緒に高位貴族のご婦人方に挨拶をしたり、王妃殿下のお茶会に呼ばれたりと。
王妃殿下はルークがもう結婚する気がないと言っていたので心配なさっていたらしく、私と結婚する気持ちになったことを喜んでくださった。
社交界ではバーバラのことが既に周知されていたので、私には割と好意的な人が多かった。
それでも中には「同情で公子様の気を引いたのでしょう」と言う人もいたが、バーバラたちの言動に慣れている私には鳥のさえずりにしか聞こえなかった。
そしてなんとデビュタントをしなくてはいけないと周りに言われ、父と一緒に王宮の舞踏会に顔を出した。ダンスなんてしたことがなかったから、毎日、ダンス教師に来てもらい必死に食らいついた。
舞踏会では最初に父と踊って、次にルークと踊った。
「良くここまで練習したね」
「......」
私に話す余裕はない。
「身体強化を使わないで頑張っているってえらいな」
その時、(あ、そうだ。その手があったんだ。どうして忘れていたんだろう)と思わずルークごと身体強化をしてしまった。
あとで、私たちが光って見えて美しいダンスだったと話題になったとか。
ルークがお腹を抱えて笑っていたから、まあ、いいか。
そして、いよいよ私たちの結婚式が迫ってきた。
今世の私が前世のすべてを覚えているなんてことはない。
学んだことなどは意外と覚えているものだが、今はもう、前世の家族以外の人の顔ははっきりとしない。
それは、転生していなくても同じだと思う。
何かあった時、何か言われた時、イベントのあった時、写真を見た時、つまりきっかけがあって、思い出す。
ただ、衝撃的なことがあった場合は別だ。それは、きっかけがなくても甦る。まったく予測がつかない。
公爵家では神殿での結婚式を行った後で、おおよそ一か月後に公爵家で披露を兼ねたガーデンパーティをする。そして領地に行き、また披露のガーデンパーティをする。という手順になっている。
白のウェディングドレスは結婚式の時にしか着ない。
一抹の不安はあったが、ウェディングドレスのデザインを決める時や試着している時、式の打ち合わせの時には何も感じなかったので、もう前世のトラウマを克服したとそう思っていた。
だが、結婚式当日、侍女のカイラに着替えを促された時に、それはやって来た。
震えが止まらないのだ。
「エルミナ様、お顔の色が良くないようですが」
「ええ、ちょっと緊張しているのね。まだ時間があるでしょう? 一人にしてくれないかしら?」
「分かりました。落ち着かれたらお呼び下さい」
トルソーが着けているウェディングドレスはシフォンを何枚も重ねた裾にかけて綺麗に広がる贅沢なラインのスカートに、身頃は総レース。デコルテは鎖骨や首筋が美しく見えるボートネック状になっている。真珠のイヤリングも良く映えるはずだ。
そして、ティアラには長く引きずるようなヴェールが着けられている。
『シヴァ、これではなにかあっても全く身動きできないわね』
『エル、心配しないで。僕もいるしルークもいる。オットーもいる』
『でも...』
『魔法も使えるじゃないか』
『それは分かっているんだけれど......。少し頭を冷やしてくるわ』
私はさっと身体強化をして二階の仕度用の部屋の窓から飛び降りた。
『まって、エル!』




