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ルークと宿屋にて


 そして、五日目の今日はギレンの街に泊まる。

 

 馬車の中が長かったから、ルークとは本当にいろいろな話をした。

 

 小さい頃の公爵邸でのこともルークがいろいろ教えてくれた。でも、言われるとそうだったかなと思うのだけれど、すべては思い出せない。


ルークが心配してマイロさんをよこしてくれたことを聞いたときには影ながら守られていたのかと驚いた。


茶色い髪の眼鏡のアルトさんはルークの変装していた姿だったなんて。父の仕事の関係者だとばかり思っていたから、これにもびっくり。

一年に一回だったけれど、楽しい時間だったのは確かだ。


ルークの仕事は地位はあるが大変な仕事だと思う。ブラックでなければいいけれど。


「公爵邸の私の部屋と言われた所はフィオナ様のために改装したのね。とても素敵だったわ」

そう言うと、ルークはこめかみに手を当てて

「なんでそうなる? すべてエルのために急いで改装したんだ。ドレスも皆エルの物だよ」

「えーっ」


 そして、私はバーモアでの暮らしのあれこれを話し

「メリッサさんは治癒魔法を使うことができるし、それを薬草に付与できる人なの。もう少しメリッサさんの下で学びたいと思っているわ。バーモアに戻れるかしら?」

と付け加えたら、ルークに渋い顔をされた。


「エル、忘れているみたいだけれど、俺たちは婚約しているんだよ。いずれ結婚する」

「結婚? ああそうね。そうだったわ。忘れてはいないんだけど......」

「俺と結婚するのは嫌?」


こんなにお世話になった彼に、結婚や結婚式に忌避感があるとは言い出しにくい。


「いいえ。そうではなくて、まだ実感がわかなくて」

「バーモアに戻りたい気持ちも分かるが、まずは俺との未来を考えて欲しい」


こんな真っ直ぐな人の気持ちを踏みにじったら、私は今度こそ地獄に落ちると思った。


「わかりました。ルークお兄様は私の悪い噂を鵜呑みにすることなく、きちんと私を見てくれた。私もルークお兄様のことを真剣に考えます」

そう答えると、ルークは微笑んで、私の額にキスをした。


「ところで、光魔法はどのくらい使えるの?」と聞かれた。

 

「虹を出したり、光の柱をだしたり、あと身体強化かな」

「それはすごいや。だからこんなところまで一人で来れたんだ。見つからないわけだ」

 大きなため息を吐かれた。

 

「魔法見たい?」

「ああ。見せてくれるのか?」


私は両手に丸いテニスボールほどの光を出して、それを空中に浮かせた。

そして、細かい霧で馬車の中を満たしそのボールを破裂させた。

馬車の中は極小の光が所狭しと舞って、ルークが目を見開いた。


「素晴らしい!」


「楽しませるだけはいろいろできるのよ。今は二千年も前とは違って魔獣も絶滅してしまったから、彷徨っている魂を天に昇らせてあげる以外はそんなに仕事もないの。治癒魔法はまだ道半ばだし」

「いや、あまり能力がありすぎるのも考え物だ。俺のエルで無くなるのは嫌だからね」

「貴方のエル?」

「ああ」


彼はそう言って、とても熱い眼差しで私を見つめ、私の手のひらに何度もキスをし始めた。


焦った私は思わず馬車の外に声をかけていた。

「ねえ、シヴァ! 次の場所に着くのはあとどれくらい?」

 

 

 

 ギレンの街では良い宿を抑えたようで、ゆとりのある綺麗な部屋は私とルークが使うことになった。

 

 彼も「何もしないから」というし、ベッドは大きいので真ん中に枕の要塞を置けば大丈夫かなと思った。

久しぶりに湯あみをしてくつろいでいたら、シヴァが

『今夜はオットーさんの部屋で休むよ。何かあったら呼んでね』

 と言って出て行ってしまった。


「シヴァがオットーさんと寝るって」と思わず言ってしまったのが悪かったのか、なんだか雰囲気が怪しくなってきた。


 ルークに「キスしてもいいか」と聞かれ、まあとてもお世話になったし、心配させたし、彼への信頼度も増してきたし、ちょっとくらいはいいかなと思って頷いたのが間違いだった。

 

 最初は軽いキスだった。

「エル、愛している。ルークって呼んで」

だんだん私を抱く手に力がこもって来て、キスが長く深くなってくる。


それから彼は私の首筋から胸にかけてキスを始めた。


「ルーク、ルーク、待って! まだ早いわ」

私は身体から力が抜けそうになって、思わず叫んだ。


「すまない、こんなつもりじゃなかったんだ」


少し気まずい空気の中、今こそが私の前世の記憶を話す時だと思った。


「ルーク、これからあなたの知らない私のことを話すわ。あなたなら私が壮大な嘘をついているなんて思わないと確信ができたから」


「エルの事なら何でも聞くし、信じるよ」


ルークはベッドに腰を掛け、私を自分の隣に座らせて私の肩を抱いた。

私は深呼吸をして話し始めた。


 ――私には違う世界の記憶があるの。同じ時間が流れる別の世界。この宇宙には理解できないことがあるのね。その世界での私の名前はリエ。リエがその世界で亡くなった日は幸せなはずの結婚式だった。

 結婚相手とは相思相愛だと思っていたわ。でも彼はリエを裏切っていた。リエは嫉妬に狂った彼の浮気相手に殺されたの。

 他の事は覚えていないことも多いのに、血に染まったウェディングドレスだけが今でも脳裏に焼き付いて離れない......。

 だから私にとっては、結婚や結婚式は幸せの門出ではなくただの恐怖でしかないの。

 

 

「伯爵邸から逃げようと思って、かなり前から準備はしていたの。だたそれを実行するきっかけになったのが、『婚約者』が決まったと言う父の言葉だった」


ルークはその話を真剣な様子で頷きながら聞いてくれた。

 

「そうだったのか。エルが精霊姫なのは、その世界の記憶があることとなにか関係があるのかな? もしかすると今までの精霊人や精霊姫と呼ばれる人たちもエルと同じ?」

「ええ、シヴァがそう言ってたわ」


なんとなくシェイリーン様のミスとは言えなかった。

 

「前世の君も今のエルを形作っているんだな。俺は心から君を愛しているよ」

その言葉は何よりも私の心に響いた。

 

「良かったら、前世の世界のことを何か話してくれるかな」

ルークは優しく私の髪を撫でながらそう言った。

 

 私は彼の肩にもたれながら、心に浮かんだことを話し始めた。

 

「ある種の資源は電気と言うエネルギーに変えられ、殆どの物はそれで動くの。馬車の代わりの自動車はたぶん馬車の一日の距離を一時間で行く、のかな? 電車は地上を走り、飛行機は空を飛ぶ乗り物でたくさんの人を運ぶことができるの。自動車よりもずっと早く遠くに行けるわ」


「信じられない。すごいな」

「いずれはこちらの世界もそうなるのではないかしら。人間は先を急ぐ動物だから」


そして、テレビ、コンピュータ、数多くのデジタル機器の事、瞬時に世界中に情報が流れる。それを悪用する人もいる。ロケットにロボットのこと。でも争いはなくならないなどとポツリポツリと話しているうちに寝てしまった。

 

 朝、起きたらルークが傍で寝ていた。

なぜかルークがとても愛おしく思えて「私も愛してるわ。ルーク」とその耳に囁いた。


ルークの口角が上がったような気がしたが、シヴァが部屋に入って来て叫んだ。

 

『オットーが起こして来いって、遅れちゃうよ。早く準備して!』


それから私たちは慌てて支度をして朝食を摂り、今日の夜には着くと言う公爵邸に向かった。


 

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