ルークの話
このエピソードが抜けているのに気が付きました。
「える、ルークに捕まる」の後のエピソードです。申し訳ありません。
王都の公爵邸まで馬車ではおおよそ六日間、整備された街道を行く。長距離用の頑丈な馬車なのでわりと快適だ。
馬車に乗って、しばらくして、ルークが話し始めた。
「さて、何から話したらいいかな。君の母親と俺の父親は従妹同士だと言うことは覚えているかい?」
「え、そうだったの?」
「だから君と俺は又従兄妹ということになる」
「ああ、それで小さい頃によく遊んだのね」
「そう言うことだ。まずは君の母親オフィーリア夫人と叔父のティモシーの話を聞いてくれ」
そう言って語り出した二人の恋の話は驚きを通り越して、思考が一時停止したような気分になった。
本来なら父が私に教えるべきことなのだろうが、父も心に傷を負っていたと考えると、私に言えなかった気持ちも分からなくはない。
父を責める気にはなれないが、それでもせめてルークとの婚約が決まった時に話して欲しかった。
たぶん、父は母のことで私が傷つくのをとても恐れていたのだろう。
あるいは、私までディクソン家に取られることに抵抗があったのか。
それならもう少しストレートに愛情を表して欲しかった。本当に不器用な人なのね。
でも、私も父にきちんと自分の気持ちを伝えようとしなかった。お互いに肝心なことを話さずに無意味に時を過ごしてしまった。
ふと、私が母と同じ立場だったらどうしたろうと考えた。子供のために留まって自分の心が死ぬより、愛する人の下へ行った方が幸せなのか?
子供を持ってみないと分からないが、私には子供を見捨てることは出来ないような気がする。
私への愛よりもティモシー叔父様への愛が勝っていただけの話なのかもしれない。
それとも種類の違う愛だったの?
そしてルークはフィオナ殿下のことも包み隠さずに教えてくれた。
ルークは気が付いていないかもしれないが、彼はフィオナ殿下を愛していたと思う。彼女のことを語る口調が優しい。燃えるような愛ではなくても、結婚したら幸せな家庭を築いたに違いない。
フィオナ殿下はたぶん先天性の心臓病だったのだろう。
前世ならいろいろ治す方法はあるのだろうが、この世界での先天性の病気は、精霊姫の力でも治すことは無理だと思う。
彼女は、ルークのことを本当に愛していた。どんなにか生きたかったかしら。
私みたいにどこかに転生して、今度こそ愛する人と結ばれるといいわね。
私は両親から嫌われているのではなかったと知っただけでも、ルークと一緒に帰ることを決心して良かったと思った。
ただ、本当のことを知ったからと言って、幼い頃の記憶がすぐに戻ると言うことはないようだ。相変わらず母の顔も定かではない。
「次に、オールドフォード伯爵家の話をしよう。君の父親から聞いた話もあるしね」
ルークが語る彼らの話は、この世界の私の在り方を根底から覆されるような気がした。
バーバラやジェナ、そして我が家で生まれた男の子。義母でも義妹でも弟でもなかった。
私の七年間を返して欲しいと切実に思った。
父は私を心配するあまり、ボタンを掛け違ってしまった。
でも今更過去には戻れない。
バーバラたちは自分たちが正当な立場であると私を抑えつけた。
実の母に捨てられた私は、虐められても辛く当たられても仕方がない子だと思わせた。
シヴァがいたから、何とか耐えて来られたが、普通の女の子だったら心が壊れていたと思う。
たとえ罰が下ったとしても、今はまだ彼らを許す気にはなれない。
「バーバラにはもう会うこともないでしょう。けれど、ジェナはどうかしら? 彼女が時折見せる私に対する執着心には恐怖を感じることもあったわ。でもシヴァがいるからきっと大丈夫ね」
「シヴァばかりでなく俺もエルを守るから。それに、俺はこれから先もずっとエルと真正面に向き合うし、エルに隠し事はしない。何でも話し合おう」
真正面に向き合わずに逃げた私に守る価値なんてあるのだろうか?
だが、今は彼のその言葉を素直に受け取ろう。
「あなたが私を見捨てないでくれたから本当のことを知ることが出来ました。心から感謝します」
「エルにはつらい話だったよね。大丈夫か?」
そう言って、彼は私をふんわりと抱きしめてくれた。
私は彼の腕の中で静かに泣いた。
この街道は隊商が通るので、街道周辺には民宿っぽいものが多い。
ベッドのたくさんある部屋が男女別になっていたり、男女の間にカーテンがつるされていたりと。なにせ急なことなので、宿の手配も間に合わず、そんなところに泊まって過ごした。
ルークは別々になることにひどく不安そうだったので、「今は絶対逃げない」と言ってアリスたちと作ったミサンガを「これは幸福のお守りだから」って私とルークの腕に着けた。
「切れたら?」
「ん、それはそれで願いが叶うんですって」
「良いものだな...。では、俺からも」
そう言って、ルークが取り出したものにとても驚いた。それは売ったはずの母のペンダントだったから。
「買い戻したよ」
ルークがペンダントを私の首に着けてくれた。未練が無いつもりでいたのに、私の胸で輝くそれを見ると、なぜか嬉しかった。
だがすぐその後で、私はこの人のお金で新しい人生を切り開いたつもりになっていたのか、とそう思い至って嬉しさが半減した。
面白いことに、シヴァが馭者兼護衛騎士のオットーさんを気に入って、時々、オットーさんに姿を見せる。
オットーさんも喜んで
「ボスのエルちゃんのペットは可愛いな~」
ルークが苦虫を噛み潰したような顔をしている。
だから、私とルークが馬車の中で話している時は、シヴァは馭者をしているオットーさんの隣で外の景色を見たりして楽しんでいる。
実は旅の途中でちょっとしたことがあって、シヴァの実力の一片を見た。
確か、バーモアを出て三日目のことだった。そこは人家もまばらで寂しいところだ。
ふつうは日暮れ前に宿に入るのだが、この日は日暮れになってしまった。
周囲はまだ薄暗い程度だが。
順調に走っていると思った馬車が急に止まった。
ルークが剣を鞘から取り出し右手で持ち、口に左手の人差し指をあてて『静かに』という動作をした。
様子をうかがっているとオットーさんの間の抜けたような声がした。
「ボス、エルミナ様。大丈夫っすよ」
ルークがそっとドアを開けると十二人ほどの剣を持った男たちが馬車の回りに気絶して転がっている。たぶん死んでいないと思う。
「こいつら盗賊ですよね。馬車を囲んだのはいいけれど、シヴァちゃんがあっという間にパンチして伸しちゃったんです」
『シヴァ、そうなの?』
『うん、それでルークとオットーにこの中の二人を起こしてこいつらの隠れ家を聞き出すようにと頼んで! 別々に尋問するんだよ』
「...とシヴァが言ってるわ」
「「了解!」」
盗賊の二人は私が水をかけて起こした。
その後私はもちろん馬車の中に待機させられたけれど。
二人は盗賊から話を聞きだし、隠れ家、アジトっていうの? を特定。
『みんな待ってて、ちょっと行ってくる』
と言うシヴァにオットーさんが「待って、俺も行くよ」と言って、馬に乗った。
『うん、分かった、オットーの肩に乗って行く方が楽だから一緒に行こう』
そして数十分後、右手の山の中に火柱がたった。
シヴァが言うには
『盗賊たちは火傷はしたけれども死んではいない』らしい。
「シヴァちゃん、小さいのに案外えげつないんだ。怒らせないようにしなくっちゃ」
とオットーさん。
「火は大丈夫だったの」
『回りに延焼するようなへまを僕がすると思う?』
「「失礼しました!」」
馬車の回りにいる盗賊たちは積んであった縄で近くの木に括り付け、宿屋に着いて、警備隊に報告した。
しばらくしてルークがシヴァに尋ねた。
「俺とエルが小さい頃に街で破落戸に囲まれたよね。あの時はシヴァは何かしたの?」
『あれは、剣も持っていないただの弱い男たち三人だから水だけはかけたんだけれど、あとはエルにやらせてみようと思ったんだ。ダメだったらすぐに僕がやっつけたよ』
「ですって」
それで私も気が付いた。
「あれ? オットー。シヴァのパンチってシヴァに手があったの?」
「あ、そうか。シヴァちゃんの場合は頭突きか。なんかポンポンとパンチに見えるんですよね」
オットーさんのすごいところは、シヴァが何者であるかとか考えずにシヴァはシヴァとして受け入れているところ。
ルークに言わせれば「鈍いんだ」なんだけれど、ルークもきっとオットーさんのことが気に入っているんだわ。
この後のエピソードが「ルークと宿屋にて」になります。




