ルーク視点 6
「なるほど...。良く話してくださいました。でも、傷ついたエルの心はどうなりますか?」
そう言ったら、伯爵は両手を顔を覆ってしまった。
「私は父親として失格です。あの子の幸せだけを願っていたのに」
俺は何と言っていいか分からなかった。俺も似たようなものだ。心からエルを幸せにしてやりたいと思っていた。それなのにエルに逃げられた。
「あのー、エルミナは元気でしょうか? 幸せに過ごしているでしょうか?」
そう伯爵に尋ねられて俺は慌てた。
「あ、ああ。元気にしてますよ」
「いずれきちんと謝りたいと思います」
「それがいいでしょう。私からエルに少しずつ話しますので、時が来たらあなたに連絡します」
俺は、これでエルもやっと本来の伯爵令嬢としての立場を取り戻すことができるというホッとした気持ちと、だがエルは帰ってくるのだろうかという不安とで複雑な心境だった。
その後、俺はすぐに執事長にオールドフォード伯爵から聞いたジェナの容姿の特徴を伝え、もしそういう女が来たら、一歩たりとも我が敷地に入れるな、引き下がらない場合は捕縛しても構わないと告げた。
たぶん、全ての元凶はジェナと言う娘だ。
だが、それから五か月が過ぎてもエルの消息はつかめない。俺は焦った。
傍にいる護衛騎士のオットーに思わず愚痴った。
「エルはどこに消えたんだ! なぜ俺から逃げる」
「もしかしたら男の子に化けたんじゃないっすか?」
「はっ?」
「俺の従妹が『旅は男の子になった方が安全な時もあるんだよね』って言ってましたよ」
「じゃ、洋服はどこから...、もしかして公爵邸を出る前から計画していたのか」
「あと、やっぱりボスが嫌われているとか」
「うっ」
男の子としてもう一度、レーンの街を捜してもらったがやはり見つからなかった。
もう一度経路を見直す必要があると思い、北側のルートも調べた。
しばらくして北のギレンの街の警邏からある宝石店がずいぶん前にエルに似た男の子から上質のエメラルドを買ったと伝えられた。
俺は休暇をもぎ取り、すぐにその宝石店を訪ねた。
「可愛い子でしたね。鉱山で働いている父親のもとに来たけれど父親はすでに別の家族と暮らしていたらしいです。心労がたたって母親は亡くなったと言うし、気の毒でね。少し奮発してやりましたよ」
エルに間違いないとは思うんだが、何なんだこの話は?
「その、エメラルドはまだあるのか?」
「あ、はい。あまりにも上質なものですから、適正な価格で買ってくださる方が現れるまでと思いまして保管しております」
店主が出してきたそのペンダントには覚えがあった。オフィーリアが着けていた時、エルの瞳と同じ色だと思ったことがある。
「では、私が引き取ろう」
「それはそれは、本当にありがとうございます」
(一番得したのはこいつだな)
しかし、ギレンの街に彼女はもういなかった。そうすると考えられるのはバーモアだ。
バーモアで仕事を探すに違いない。
バーモアに着いてすぐ、職業斡旋ギルドにエルのような男の子がいなかったか。エルやそれに近い名前はないかと聞いたが空振りだった。書類にもそれらしい名前はない。
どうしたものかと思っていたら、また護衛騎士のオットーが言った。
「女の子に戻ったんじゃないっすか?」
(なるほど。それを早く言えよ)
そのまま三日ほど滞在する間に、職業斡旋ギルドにちょうどエルが来たと思われる時期にリエルという女の子が『メリッサの薬屋』に雇われた書類を見つけたと連絡が来た。
容姿もエルに似ている。
オットーが報告書を読み上げる。
「えーと、なんでも『メリッサの薬屋』のリエルというフリルのエプロンが似合う看板娘は、とてもまじめに働いて友達も多い。恋人にしたい女の子のナンバーワンとか。
何人かがプロポーズしたけれど振られたから、周りが様子を見ているところだ」
「報告書にそんな記述が必要なのか!?」
「俺の勘だと、この報告書を書いた隊員もリエルちゃんのファンですね。ボスの婚約者はモテるんっすね~」
(エルよ、いったいここで何をしているんだ!)
俺は急いで宿屋を飛び出し、その薬屋のある方角へ走った。
その薬屋を見つけ、薬屋のドアのガラス越しに店の中を見るとフリルの付いたエプロンを着けて働いているエルの姿があった。
少し大人になったエルはここの生活が充実しているのか、溌溂として輝いていた。顔色も以前よりすごくいい。
どんなにか嬉しく、どんなにか安堵したことか。
俺が店に入ろうとした時にエルがドアを開けて出てきた。
瞬間、俺はエルをこの腕にしっかりと抱きしめていた。
もう逃がさない。




