ルーク視点 5
どこで間違ってしまったんだ......。
俺はこの世の終わりのような気がしてエルの手紙を握りしめていたが、ハッと我に返った。
そうだ一刻も早くエルを探さなくては。
庭に降りて、どこから逃げたのか、どこの道をたどったのか、どの方面に行ったのかを考えた。
庭に続く木立ちを抜けると小さい川に出る。この川沿いの道を四日くらい歩いて下ると大きな川にぶつかり、さらにその先には港がある。
レーンの港町は大きい街で身を隠すには最適だろう。
川沿いに上流へ行くのはかなり険しい道だ。女の足ではきついだろうから、やはり南ルートしかないな。
俺はこの時、エルが身体強化の魔法を使えることを知らなかった。
もしかすると港から船に乗るのか? 船に乗るにはお金がいる。エルは多分お金を持っていないはずだ。とすればその港町で船賃が溜まるまで働くことになる。半年くらいか?
普通の伯爵令嬢は働くなんてできないが、エルは普通じゃない。自分の身の回りを一人でやっていたし、魔法も使える。
馬で道を下ってみたが、エルらしき女性には会わなかった。
大きな道を避けているのだろう。女性の足だから時間もかかる。俺はレーンの町へ先に行って、エルを待つことにした。が、一向に現れない。
彼女の髪色は珍しいし、あの容姿だ。絶対に目立つはずだ。
レーンの街の警備隊にも連絡を入れて探してもらうことにした。
仕事もそう休んではいられないので、個人的にも人を雇った。
エルが公爵邸を出て行ってから三か月が経った。まだエルの情報がない。何をしていても落ち着かない日々だ。
精霊姫の力もある。精霊もついている。危険な目には合わないだろうと思っていても心配には変わりない。
そんな時に俺の王宮の執務室にジャレッド・オールドフォード伯爵が訪ねてきた。
彼は執務室のソファに座り、意を決したように言葉を吐き出した。
最初、俺はエルの失踪を知られたのかと思ったが、それは杞憂だった。
「少し長い話になりますが、時間は大丈夫でしょうか?」
「はい、だいたいの仕事は終わりましたから問題ありません。お話を伺います」
「実は、やっとバーバラたちを伯爵家から追い出すことが出来たのです」
「そうですか」
「私はエルに合わす顔がないので、あなたから伝えてもらった方が良いかと思いまして。経緯をお話しします」
オールドフォード伯爵は自分の過ちを辿るようにおもむろに語り始めた。
◇ ◇ ◇
オフィーリアが出て行った後、私は彼女とティモシーのことを忘れたくて、娘を顧みずに仕事ばかりをしていました。
エルミナが七歳以前のことを覚えていないようだとメイドのウィラに聞いて驚き、母親の代わりに話を聞いてくれる優しい人がいれば、エルミナの記憶も元に戻るかと思ったのです。
結局私は現実逃避をしていたわけです。
知人が紹介してくれたバーバラは、当初は私にたいそう優しく、彼女の娘もエルミナと同じくらいの年頃だったので良い話し相手になるかと思いました。
まさか二人がエルミナを虐めるとは思ってもみませんでした。
ただ私はエルミナの笑顔が戻ってくるまでは婚姻届けを出さないと決めていましたから、バーバラとは男女の関係はありませんでした。
とりあえず彼女たちを我が家に住まわせて、様子を見ようと思っていました。
バーバラたちが来てから間もなくのころ、バーバラがどこで聞いたのか私の仕事先の宿舎に訪ねてきたことがありました。ワインを持ってエルミナのことで相談があると。飲みながら話しましょうと。
夕方でしたから、王都の帰すのは忍びなくて、結局、私のところに泊まりました。
ワインを開けながら彼女が言うには
「エルミナは、私の手には余る。私やジェナが男爵家から来たと見下し、話しさえもしない。ジェナのお気に入りの洋服も破いたことがある。私も階段で後ろから押されたことがある」と。
私はその時、初めてバーバラを不快に思いました。
エルミナはそんな子ではないことは私が良く知っていますから。
そんな愚痴を聞いているうちにひどく眠くなりまして、ベッドに行って寝てしまいました。
朝起きた時に裸のバーバラが私の横に眠っていて、旦那様に求められて嬉しかったと言ったのです。
正直覚えがないので信じられない思いでした。しばらくしてバーバラから「子供ができた、あの時の子だ」と言われました。
ですが、子供が予定よりかなり早く生まれたこと。髪の色が私とバーバラの色ではなかったことなどに疑問を持ち、それからは仕事の合間を縫ってバーバラの周囲を調べ始めたのです。
生まれた子が半年ほどになった頃に「エルミナがひどい扱いを受けている」とウィラがバーバラの目を盗んでそっと伝えてくれたのです。
バーバラは古くからいた執事を私に無断で暇を出し、能力のないものを執事にしたりと私が留守がちなのをいいことに好き勝手をし始めました。
また生まれた子が伯爵家の跡継ぎだとあちらこちらに言いふらすようにもなりました。
帳簿や大きな金銭は領地にありますし、こちらにあるお金は金庫に入れていました。
何度か新しい執事とバーバラから鍵をくれと言われましたが、これは拒否しました。
必要経費はきちんと渡しておりましたから。
彼女たちが来てから、あまりにも衣装代がかかったものですから、王都の殆どの衣装店には帳面買いはしないと伝えました。
その結果、彼女はオフィーリアの宝石類やドレスなどを売るようになったのです。
家の中の高価な工芸品などもいつの間にかなくなっていたこともあります。
そして、エルミナには何も与えられていませんでした。ですからウィラにそっとお金を渡し、必要なものは揃えてくれと言いました。
出て行けと言ったところで、行き場もない彼女たちは、男の子が跡取りなんだからと居座ることは目に見えていました。
留守がちの私にとっては、エルミナを人質にされているようなものですから、とにかく生まれた子が私の子ではないことを証明するしかなかったのです。
最初に診察を受けた日にちと場所が分かればいいのですが、これがなかなか大変でした。
貴族がかかる医者には全て当たったのですが当然というかバーバラの名前はありませんでした。
それから、町医者をあたりました。そこも中々特定できなかったのですが、それらしき医者を見つけた時には、その医者は郷里に帰ったと言われました。
そこはここから馬で一か月のところです。何とか休暇を取り医者のの郷里へ行くことが出来たのは、今から二年ほど前でした。
医者はバーバラのことを濃いオレンジ色の髪の人で、強引な感じの人だったので覚えていると言いました。
そして、その医者が彼女を診察した日にちは、王都の下町で人形祭りがあった時だと言われました。
私のところへ来たのが人形祭りの二週間後ですから、あきらかにバーバラが嘘をついていることが分かりました。医者は快く証明書を出してくれました。
それと同時に、その子の父親を探しました。
話を聞くために、男爵家へ行きました。考えてみれば、バーバラが我が家に来るときには挨拶にも来なかったので、その時まで会う機会がなかったのです。
元夫の弟つまりその男爵の髪色が明るい紺色で、バーバラの産んだ子供と一緒だったのには驚きました。
ですが、その時は当たり障りのないことを言って帰って来ました。
エルミナがあなたの下へ行ったので安心して、全ての書類を取り揃え、法律士や警邏をつれて、我が家でバーバラを問い詰めました。
彼女は最初は抵抗しましたが、証拠を見せたら私の子供ではないことを認めました。宿舎に来た時はワインに睡眠薬を入れていたことも分かりました。
すべて私が悪いとののしられました。婚姻届けを出していないのは卑怯だと狂ったように叫び出したのです。
しかし私はバーバラを迎えるときにエルミナの幸せが第一で、エルミナに笑顔が戻ったら婚姻届けを出すと何度も言っているのです。
私も役人ですから、そのことを書いた覚書に署名もさせています。
それを見せたら、大人しくなりました。
婚姻はしていなかったので、バーバラは伯爵家の乗っ取りの罪ではなく詐欺罪と窃盗罪そして貴族令嬢の虐待の罪になります。牢屋には行きたくないと泣きわめいていましたが、警邏に連れていかれました。
最近裁判が終わり、彼女は西の果ての農地に農奴として送られることになりました。
バーバラは人前でもエルミナに酷い言葉を浴びせたり物を投げたりしたようですが、ジェナは狡猾で、はっきりとした証拠は無かったのです。ですから伯爵家や公爵家に一切関わり合わないという念書を書かせました。
この念書に書いてあることを守れない場合、つまり私たちに近づいたり危害を加えることがあれば、平民のお前は極刑になるだろうと脅しはしたのですが、もしかすると公爵家に行ってエルミナを呼び出そうとするかもしれません。
そちらの方でも気を付けていただければと思います。
男爵家の方にも同様に法律士と警邏を連れて行き、バーバラの言ったことを話しました。
「あなたがあの子の父親だ」と。傍らにいた男爵夫人にはかなり堪えたようです。
「こちらの男爵家にこそ、我が伯爵家の乗っ取りの罪がある」と言うと、男爵は何も知らなかったと何度も床に頭をつけて私に許しを請いました。
証拠はありませんので、これからの行いによっては事を公にすると男爵に宣言して念書を書かせました。社交界で話題になれば、男爵家は終わったも同然ですから。
ジェナにはすぐに家を出てもらいました。我が家の物の一切の持ち出しを禁止しましたが、少しのドレスだけは許可しました。それを売れば職を得るまでは何とかなるかと思いまして。
男の子の方は、男爵家に引き取られました。
エルミナを冷遇した使用人たちには暇を出しました。以前の執事を引き戻し、今は少しずつ正常な状態に戻しつつあります。
◇ ◇ ◇




