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バーモアでの生活

  

 疲労回復、おなかの調子を取り戻す、風邪薬、熱さましなどの薬の名前を覚えた。

薬の調合には多くの経験と知識がいるから、一人前になるには五年から十年くらいはかかるらしい。

 

 近所のパン屋さん『マリナ』に通っているうちにの娘さんのアリスちゃんと親しくなった。彼女は私より一つ年上。

『マリナ』と言う名前はアリスちゃんのお母さんの名前だという。ご両親がパン屋を開店する時に絶対に妻の名前が良いとお父さんが決めたらしい。貴族社会では考えられない微笑ましいエピソードだ。

 

異世界あるあるで、ケチャップやとんかつソースに似たようなものもあるけれど、ここにはやはりマヨネーズはない。

だからメリッサさんの家のキッチンで作ってみた。

幸いにも前世の祖母がマヨネーズが足りないという時に良く作ってくれたので方法は知っていた。油と酢が分離しないようにかき混ぜるのが少し大変だけれど、手作りは美味しい。


メリッサさんやアリスちゃんに披露したら、アリスちゃんが、ぜひお店で使わせて欲しいというので快く了承した。

それを使った卵やサラダのサンドイッチが他のパン屋さんと違って、すごく美味しいと評判になり、連日、お店の前に行列ができている。

余った卵白を使ったメレンゲクッキーも同時に販売。これも好評でアリスちゃんのお父さんにとても感謝され、メリッサさんと私のお昼は殆ど無料になっている。


マヨネーズはレシピと作り方を公開しなければ、しばらくは『マリナ』の独占になりそうだ。

ちなみにマヨネーズは「リエリーヌ」と言う名前で、いずれは市場に売りに出したいと言う。なんか恥ずかしい。


そのつどスマホで調べていた私には、無双するなんて無理だ。身近で気が付いたささやかなことを自分のために役立てることしかできないし、結果的に皆が喜んでくれればそれで良いと思っている。


前世の私は手荒れがひどくてハンドクリームの携帯は必須だった。

小さい頃は洗濯した後に、ケビンに少し分けてもらったオイルを肌に着けていた。

ただそのオイルは匂いも今一つで、べとつくのが欠点だった。

そのせいか、こちらの世界ではオイルをつける習慣がないようだ。


そこでメリッサさんに肌に良いオイルはないのかと聞いたら、メリッサさんに

「そうだね。市場に行って、いろいろ試してみるのが良いかもしれない」

そう言われたので、早速市場に出かけた。


顔なじみと言うこともあって、どこのお店も「ちょっとだけなら、ただで分けてあげるよ」と小瓶に詰めてくれた。お蔭でいろいろなオイルの種類を集めることができた。


一番良かったのは、パーフェと言う花を絞った料理用オイルだった。

そこにメリッサさんの勧めで、あるハーブの乾燥したものを漬け込んでみた。

ハーブの量や漬け込む日数などの試行錯誤を繰り返した結果、オイルの本来の香りとハーブの香りが調和した良い香りのハンドオイルが出来上がった。


それを濾して、清潔な小さな瓶に入れ手足の肌荒れ用として店に置いてみた。

アリスちゃんやその友達を通しての口コミで広めてもらった結果、作る側から売れていくようになった。


「看板娘に看板商品だ。これで店も安泰だ!」

メリッサさんが喜んでくれて嬉しい。


ここに来て半年ほどしたころに、アリスちゃんの結婚式に招かれた。相手は幼馴染の靴屋さんと言っていた。優しそうな人だ。

自分の結婚式ではないと言うだけで、こんなに楽しいとは思わなかった。

美味しいものを食べて輪になって踊って、シヴァもみんなの頭の上をポンポン飛びながら喜んでいた。


この街の知り合いも増え、友達もいる。伯爵家の屋敷での疎外感が嘘のようだ。

少しずつ自分の居場所が出来てきて、この街でずっと暮らそうと思うようになった。


けれど、たまに「結婚してくれ」と言う人がいるのには困る。

たしかにこちらの世界では、私は適齢期の娘だ。

そういう時は、薬師として一人前になるまでは結婚するつもりはないと言うことにしている。


 ある時、メリッサさんに

「リエルは結婚する気はないのかい?」と聞かれた。

「将来は分からないけれど、結婚はできれば避けたいと思っています。あのー、メリッサさんは結婚は?」

「ああ、遠い昔にしていたような気もするけれど、いろいろあってね。お互いに離れて生きる選択をしたのさ」

「余計なこと聞いてごめんなさい」

「いや、運命の人じゃなかったって言うだけの話だからね」

「そうなんですか?」

「だって、そうだろ? お互いを尊重する気持ちが無ければ運命の人とは言わないだろ?」


運命の人と言う言葉をメリッサさんから聞くとは思わなかったけれど、確かに相手を尊重する気持ちがあれば前世の私は殺されなかった。




 早いもので、この地に来てそろそろ十か月になる。

 

 このバーモアの地は各地からの様々な種類の薬が手に入り易いので薬屋も多い。 

近所の人に言わせれば、メリッサさんはこの街一番の薬師だそうだ。

でも、治癒魔法を利用する薬師って他にいるのだろうか?

きっとメリッサさんは、この国一番の薬師だろう。


 最近は薬の調合についても少しずつ教えてもらっている。

薬草は似たものが沢山あるので間違えたら大変なことになる。

一人前になるのに時間がかかるはずだわ。


 魔法はあまり使う機会もなかったが、本を読む時に自分の部屋を明るくしていたら、メリッサさんに見つかり「自分の作業場も明るくしてくれないか。目が遠くなると暗い所が辛くてね」と驚くこともなくそう言われ、必要な時に作業場にも明かりを点けることにしている。


 そうして私は、この日々がこれからもずっと続くと思っていた。



 そんなある日、いつもと同じに起きて、いつもと同じにお店に出て、いつもと同じに頼まれた薬を配達に行こうと店を出た途端に何か黒いものに包まれた。

 

「エル、捕まえた! 無事でよかった」

その黒いものにギュッと抱きしめられた。


 危険なものならシヴァが排除するところだけど、シヴァは何もしない。

 

おそるおそる頭を上げてみると薄紫色の瞳と目が合った。凛々しい顔立ちだが、とても切なげな表情で私を見つめている。



 ――この人誰?




明日は、ルークの視点になります。エルを見つけるまでの過程です。

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