これが転生?
残酷な場面がありますのでお気を付けください。
その日、父から婚約者が決まったと言われた。
父の執務室から机と椅子しかない自分の部屋に戻り、何をする気力もなくただぼんやりと窓辺に飾られている色とりどりのラナンキュラスを見つめた。
ラナンキュラスに結婚? ん? 私、ラナンキュラスを結婚式のブーケにしたわよね。幸せを呼ぶ花とか言われていたわ。え、誰の結婚式? 私のだわ!
――その結婚式のシーンが次から次へと頭に流れ込んできた。
今の私と違う私の結婚式。でも私だ。
楽しみにしていたこの日のために選んだオフショルダーの真っ白いプリンセスラインのドレスは所々白い光沢のある糸で刺繍され美しく輝いている。
そのウエディングドレスを纏った私は、友人たちと披露宴が始まるつかの間の時間を楽しんでいた。
「リエ、素敵なウェディングドレスだね」
「嬉しい、ありがと」
「良かったね。好きな人と結婚出来て」
「ええ!」
写真を一緒に撮り、笑い合い、とても幸せなひと時だった。
そんな時、急に前方から大きな声がした
「お客様、困ります。招待状のない方はご来場できません!」
入り口に連なる階段の方から周囲の制止を振り切って駆け込んできたのは、この場に相応しくない黒い洋服を着た女性だった。
彼女はあっという間に私の前に来ると、ポケットから細長いものを取り出し、すぐにそのカバーを外した。
彼女が私に危害を加えようとしていることは明らかだった。
だが怖ろしさのために身体が硬直して動けない。それに、ウェディングドレスを着て高いヒールをはいている私が素早く逃げられるはずもない。
彼女はあっという間に光るそれを正面から私の体に突き刺した。
そして憎しみのこもった声で「あんたなんかにコウジはやらないんだから」
その後は薄れゆく意識の中で回りの叫び声や「ミヨ、お前こんなとこに来てなにやってんだ! 大人しくしていろって言ったろ。あ、リエが......」というコウジの声、そして「新郎って二股かけてたのね」と言う声も聞こえた。
私が最後に見たのは私の手から崩れ落ちるラナンキュラスのブーケと真っ赤に染まったお気に入りのウェディングドレスだった。
鳥の声でハッと目が覚めた。前世を思い出したあと、ひどい頭痛でそのまま寝てしまったらしい。
(転生? 前世の記憶がリセットされないで生まれたということなの? なぜ?)
私は頭を抱えた。
神様はどうして前世を忘れさせてくれなかったのかしら?
あの結婚式の場面が鮮明によみがえる。裏切られていたこともショックだが、あのような形で自分の人生が断たれるなんてあまりにも理不尽だと叫びたくなる。
あの時の私の歳は、もうすぐで三十歳になると思っていたから二十九か。
傍にいた両親に弟妹、そして友達もかなりの衝撃を受けたでしょう。可哀そうに。
彼らのことを考えるととても心が痛む。
事件を乗り越えて幸せに暮らしているといいけれど、今の私には祈ることしかできない。
私はまだ私の布団の中で眠っているシヴァをトントンと起こして声をかけた。
シヴァはこぶし大ほどの銀色でふわふわのまん丸い形をした『友達』。シヴァの名前も無意識に前世のシルバーから付けた気もする。
「シヴァ、あなた私の前世のこと知っていたでしょ? なぜ何も言わなかったの?」
毛布から顔を出したシヴァは眼だけしかない。会話は頭の中に響いてくる。
『自分で気が付くことが大事なんだ』
「確かに他人から言われても信じないわね」
『前世の記憶をそのまま引き継いで生まれることはめったにないんだけれどね。たまに神様もミスをするの。それで前世の記憶を消し忘れた人には僕のような精霊が付けられるんだ』
『神様って、シェイリーン様? シヴァは精霊だったんだ』
『何だと思ったの?』
『神様が寂しい私に授けてくれたお友達』
『まあ、当たってなくもないよ』
『それでシェイリーン様がミスをしたの?』
『昔は忙しかったからそういうミスは良くあったらしいけれど、ここのところ百年は大丈夫だったので油断したんだって』
「はあ?」
『前世の記憶が消えていない人をフォローするのが僕の役目』
「そう言えばシヴァって男の子?」
『性別はないよ。精霊だからね。でもエルが僕って言った方が好きでしょ?』
「そうかな? まあ、『僕』は男の子でも女の子でも大丈夫だしね」
『それで、そう言う人には神様は光魔法を与えるの。エルは少し持っていた水魔法が光魔法を得たことでかなり使えるようになったんだ』
「いろいろ分かってきたような気がする。もしかして精霊姫または精霊人と呼ばれた人は皆そうなの?」
『うん。エルの場合は結構過酷な幼少期だったから、前世まで思い出しちゃうと心が壊れるからと自分自身にブレーキを掛けていたのかもしれないよ』
「それにしても十六歳で思い出すなんて詰んでない? この婚約をどうやって回避すればいいの? まして結婚なんて前世の記憶が蘇って怖くて無理。相手は公爵家ですって、断ることなんてできない......」
『この話を利用して念願の新生活が出来るかもしれないよ?』
自由恋愛の前世でもみな幸せになるとは思わないけれど、女性に選択の自由がないという現世も腹が立つ。
さて、どうしたらいいのかしら?
以前に書き溜めていたものを、編集して連載します。
最初は四話を投稿します。それから一話ずつ毎日投稿するつもりです。全体には二十四話ほどになるかと思います。
よろしくお願いします。