君の横顔に恋をした
[この珈琲の味が恋の味]
珈琲を淹れる君の横顔が好きだ。
とあるビルの二階にあるカフェ。
金属の階段を〈カンカン〉鳴らしながら歩き、さりげなくOpenと書かれたプレートのついた木製のドアを開ける。
その先にはレトロな空間が広がっていた。
オレンジのライトを放つ電球がつられている。
沢山並ぶ珈琲豆の入った瓶、元気に空に向かっている観葉植物にラジオから流れる音楽。
ふわっと香る珈琲と少しのインクの匂い。
そんな店内のカウンター席の奥、優しく微笑む君が居た。
「いらっしゃいませ」
と振り向く店員。
低くも高くもない声、天然氷のように澄んだ声だった。
透明フーレームの眼鏡に前髪を止める黒いピン。
「おや、来宮さんじゃないですか。いつもと同じでいいですか?」
「はい」
カウンター席のワインレッドの丸椅子に腰をかける。この動作もここから見る景色も何回目だろう?
ガリゴリと豆を挽く音が店内に響く。
沈黙は、ラジオから流れる音楽と豆を挽く音が埋めてくれていた。
出された白いマグカップに注がれた珈琲はなんの変哲もない珈琲だった。ラテアートが施されているわけでもないただの珈琲。
金色の輝く小さいスプーンが添えられている。
少し熱めの珈琲はゆっくりと喉を通る。
口の中に広がる珈琲は昔から変わらない味だった。
昔、高校生の時。
一年中珈琲の研究をしていた君。いいのができたら飲ませてくれる。そんな幼馴染。
どんなに親しくなっても敬語が抜けることはない君の喋り方が好きだった。
母親の影響で珈琲が好きだった君は、いつか店を開くと意気込んでいた。
毎回飲むたびに美味しくなっている珈琲。舌触りとか、苦味の調整とか沢山の気をつける事があるらしくいつも頑張っていた。
沢山喋るわけではない。だけど、二人でいる空間が心地よかった。
そんな君の横顔が大好きだった。
その珈琲のように揺れる茶色の瞳は、なにを写しているのだろう?
その瞳に私の顔が写ったことはあるのだろうか?
今も変わらない少しの苦味。
添えて出される口溶けのいいチョコレート。熱くなった口の中でよく溶ける。
「どうですか?」
と尋ねてくる横顔。少し微笑んでいる口元。
あぁ、顔が熱くなる。
これは珈琲の暑さなのか? それとも恋の熱さなのか?
きっと二つの熱さだろう。
私の恋は珈琲のように甘く苦い、一筋ならではいかない恋だ。
口に残った珈琲の苦味とチョコレートの甘味。
私の恋は何年前からずっとずっとこの味だ。
「うん、美味しいよ」
君に思いを告げたとしてその後、口の中に広がるのは、どんな味だろう?
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