49 聖騎士と四千三百
それは奇妙な行軍であった。
アレンヌの指揮する四千人からの軍勢は整然と列をなし、東へと足早に進んでいくのだが……総騎馬の集団がつかず離れず並走しているのだ。
灰騎である。
帝都大祭場から出現した彼らは北東・東・南東の三方へと駆け去るのが常であるが、そのうちの東へ向かう者たちだ。アレンヌらと灰騎とでは行軍速度がまるで違うから、不意に十騎二十騎が先へ行ってしまうこともある。しかし後から追いついてくる同数がいもして、常に二百騎ほどが行軍に同伴している。
「ありゃあ、護衛してくれてるんですかね?」
「そうだと思う。心強いことだ」
ウラタにそう答えたアレンヌであるが、このところはこみ上げてくる可笑しさに頬がゆるんでしかたがなかった。
灰騎たちが何とも人間くさいからである。
アレンヌたちとは一定の距離をとり、決して接近はしてこないが、馬上の過ごし方には灰騎たちの個性が見て取れる。
真っ直ぐに前を向いたままの者、あちらこちらを眺める者、盾を構えたり戻したりをしきりに繰り返す者、何を持っているわけでもないのにまるで飲食するかのような手振りをする者、同様に本を読むような手の動きをする者……様々だ。
野営中はさらに愉快である。
アレンヌたちが停止すると灰騎たちもまたその場にとどまるのだが、下馬した灰騎たちはとにかく落ち着きがない。
武器で素振りをしたり、模擬戦のようなものを始めたり、模擬戦を囲んで感心したようにうなずいたり、あるいはやれやれといった風に首を振ったりと、規律のゆるい傭兵団か何かのような有り様である。頻繁に見かける「地面を転がりまくる」運動だけはどうにも理解しがたいし、それを数十騎同時にやられるとアレンヌをして後ずさる異様さがあるのだが。
やはりアレンヌには好ましい。灰騎の立ち居振る舞いのことごとくが。
思えば、灰騎とは夜闇の激闘をしか共有してこなかった。当然、戦う姿ばかりを見てきた。それでも、赤く燃える空の下で知り得たものがある。
斬り結ぶ「✕」に半月の「D」。
かつて「狼」の郎党が地へ描いたことで、アレンヌは初めて認識したが。
地面のみならず、岩に盾に胸甲にと、灰騎たちはそれを印すようだ。粗雑に記される割には愛しまれている気配があり、まるで聖印のようにも思われるそれら。灰騎たちの心をつないでいるように感じられてならない。
さらに二つ、灰騎たちには聖印があるようだ。
一つは、半月の「D」に満月の「O」を連ねたもの。
もう一つは……半月へ続く道のような「R」と、細身満月の「0」。
どちらへ対しても、灰騎たちはどこか神妙な態度を示す。特に後者、「R0」の印をジッと見つめる姿は祈りを捧げているようですらあるから、アレンヌは特別な灰騎を想起させられるのだ。
灰銀の狼。
彼は、今、どこで戦っているのだろうかと。
「灰騎とは、いったい、どのような存在なのでしょうか」
眠る前の朝食時に、聖騎士たちから問われたことがあった。
「彼らは頼もしい騎士ではありますが、どうも、その……過去に戦場で果てた強者たちの再臨とは思えません。どこかこう、我々の同胞という気がしないのです」
問いからは強い戸惑いが感じられたし、周囲もその気持を共有していた。あるいは軍全体を代弁してアレンヌへ問うたのかもしれない。
「あなたの見解を伺いたいのです、アレンヌ卿」
イモータルレギオンの中心で「狼」と共に在ったのはポイであり、「虎」を侍らせていたのは皇女だった。アレンヌは「獅子」を何度も召喚したことにより、その二人に次ぐ者と扱われているらしい。枢秘長も同様のことを言っていた。
「灰騎の何たるか、か。本人たちに聞ければ早いが……フフッ」
真剣な態度で聞くべきところではあったのだが、折しも灰騎集団の「雨乞いにも似た珍妙な槍突き上げ踊り」におののかされた直後であったから、アレンヌは苦笑をこらえきれなかった。
「いや、失敬。彼らとは言葉を交わせない。それはしかし、彼らに文化がないことを意味しない。皆も感じている通り、彼らには彼らの文化があるようだ。戦いの作法に限った話ではなく、もっと大きな意味での慣習や価値観といったものが」
思い出されるのは最後の召喚術。気を失う直前に垣間見た異国の幻影。
獅子の灰騎像を傍らにして、清らかな身なりの青年が座っていた。兜で目元は隠れていたが口元は凛々しく引き締まっていた。篭手にも歴戦の傷があり、戦いへの緊張に震えていた。
「灰騎は不死だが……同時に、生者でもあるのではないかな」
狼の眼差しを想う。
山塞の城壁、三日月を背にして―――帝都大祭場、青空を背にして―――彼はきっとポイを見ていた。公爵の包み込むような雄大さとは異なる、切ないまでの真摯な慈しみでもって。
「命を火へくべ祈る時、かけがえのない何かが燃える光明の中に、気配を感じたことはないか? 我々とは異なる世界で生きる誰かを。まさにその驍勇を発揮せんとする熱量とともにだ」
一人、また一人とうなずきが広がっていった。
「彼らが、我々の苦境へ助太刀せんとして武装した仮初の姿―――」
アレンヌは言いきった。
「―――それが灰騎なのだと、私は思う」
その朝以降、兵たちと灰騎たちとの距離は縮まった。
灰騎たちは常のごとく飄々としたものなのだが、兵たちがそんな彼らへと数歩近づくのだ。模擬戦を間近に見学する者も多く出た。灰騎が地面を転がり出した場合はすぐさま距離を取るのだが。
また別の朝には、帝都から加わった騎士たちに尋ねられた。
「アレンヌ卿も、皇女殿下の起こした奇跡を目撃されましたな?」
帝都を臨む平野での決戦において、皇女が聖剣を手に引き起こした霊妙……戦塵の中から出現した、一万を超える数の炭色の戦士たち。
「あれ、でしょうか。灰騎が異邦の不死たちであるのならば……あの炎のような勇猛さこそが、我らがいずれ至る不死の在り様なのでしょうか」
悲壮な覚悟があった。
血眼という凶悪な敵と戦う者にとって、死はあまりにも身近なものである。ただの死ではない。おぞましく凄惨な死……それを、護るべき誰かへは届かせないためにこそ戦うのだ。
不死とは、ある種の希望でもあるのだ。どんな形であれ戦い続けることができるのだから。
アレンヌはうなずいた。ただの肯定ではない。自らもまたそんな不死を志望する気概をもってしての、覚悟を共にするうなずきだった。
「我々は灰騎にはなれない。しかし、この胸に戦意を燃やし続けるのならば、死の先へと行ける。そういう特別な闘争を戦っている」
断言をすることで、アレンヌもまたそう信じたかった。信じることで進める一歩が欲しかった。
「ここには皇女殿下がおらず、聖剣もない……それでもですか?」
騎士はもう微笑んでいた。覚悟だけでなく祈りと願いをも共有したからに違いない。アレンヌは気軽に「それでもさ」と答えるだけでよかった。そうわかっていたが。
「……私がいるさ」
あえて背負った。目の前の見事な男たちの命を、である。
「聖剣も、まさに聖なるがゆえに、必要となるその時に我がもとへ現れるだろう」
大言壮語もいいところだった。しかし不敵に笑んだ。皇女がそうしていたようにだ。四千百名を死地へ引き連れていく責任を、全身でしっかと受け止めてである。
かくして、新義勇軍は進む。一路、東へ。天を衝くばかりに士気を高めて。
月の明るい夜、聖騎士の遺体が見つかった。
新義勇軍の誰かではない。ポイをかどわかした者たちの内の一騎と思われた。殺され方の惨たらしさは目を覆うばかりだった。少し離れて、十騎、二十騎とさらなる遺体が見つかった。
灰騎たちが駆け出した。
異鬼を含む血眼の群れが、来襲したのであった。




