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48 大規模浸透と剣道家

 その夜、六度目の激突であった。


 敵中へ突出して剣を振る。男は己の役割とそれと定めている。無心である。血眼の殺意を浴びに浴び、剣技はいよいよ冴え渡るばかりだが。


 敵多く味方少なし。


 士気も劣勢。灰騎たちの腰が引けている。


 槍をさばき損なった。馬の腹を刺されてしまった。斬り払うも、ここぞと集まる刃の数は二十を超える。多くを馬で受け、男は落馬した。


 たちまち閃く二十四の斬撃。


 周囲の血眼をことごとく斬り散らして、男は地を滑る。頭の高さを上下させない歩法、それは常に斬り込めることを意味する。敵騎馬の合間を抜けていく。黒い霧を撒き散らしつつ。


 新手に次ぐ新手。ひと塊の騎馬突撃。避けようもない密集。


 男は跳んだ。


 一騎へ組みつく。膂力の凶暴を合気で制す。諸共に別な血眼へ衝突、地へと投げ出された。目につく馬脚を薙ぎ払うも、混乱は凶と出た。獣のごとくに殺到された。刃を握る。大太刀を短槍のごとくにして刺突。五度刺して絡みつかれた。体幹で跳ね飛ばす。ここぞと迫る凶刃の雨あられ。迎撃は膝摺りの構え。右に左に篭手斬りと胴薙ぎを繰り返し、男は死地から転げ出た。


 ―――壁が要る。


 思うよりも先に剣は動いている。


 左の脇をしめて右肘を肩より上へ。白刃に耳を澄ますかのような構え。狙うは馬の脚に加えて、血眼の手指。ゆえに放つは剛の剣と精妙の剣。体さばきは最小限にして機敏かつ迅速に。


 馬が転げて暴れる。武器が落ちて散らばる。血眼が闇雲に襲い掛かってくる。


 それらをもって騎馬への障壁とする……はずだった。


 突破された。右方だ。


 血眼を蹴散らした血眼が、すさまじい勢いで突進してくる。


 見るからに豪壮な長柄刀の異鬼を先頭にして、両脇を固めるのは両刃剣の異鬼と槍の異鬼。三騎。いや三鬼。群れ駆ける血眼を率いての猛勢。容易ならざる脅威。


 意を向けるや逆方からも突破音。剣と斧、二鬼の率いる血眼の群れ。


 五鬼。挟撃。


 心臓の一鼓動。世界から音と色とが落ちていく。血流の低振動。時の流れが滞り、濁り、息も吸えない。予感と戦慄。総毛立つ。


 討たれる。


 ゲームだ。死にはしない。だがログアウトになる。帝都大祭場からの再出撃になる。この場へ戻るために時間を要する。距離の断絶。その厄介さこそが灰騎たちを及び腰にした。


 討たれてしまう。


 ジュマのこともある。すでにエラッコは去り、彼女を隠形させる術はなく、ただ猫の身を地へ潜ませているのみ。男が戻ってくるまでの間に狙い撃ちにあいやしないか。彼女が失われた場合、どれほどの悪影響があるのか。


 ―――会えないままで。


 剣は動いていく。せめて多数を斬ろうとする己の最善を、男はひどく虚しく眺めやった。個の武の限界は、そのままに男の絶望である。


 槍の異鬼を斬り、返す刀を長柄刀のそれへぶつけた。首を狙える位置取り。しかし剣の異鬼が迫る。その手指を切断し、身を屈めた。騎馬の群れに蹴られ踏まれ、斬られもし、地に手をついた。頭上に両刃剣。ただ防ぐ。斧も回避。無様な転がり。両鬼の馬を薙ぎはしたものの。


 それまでだ。


 長柄刀が、致命のタイミングでやってくる。せめて相討つ。捨て身の突きを狙い定めて。


 異鬼が吹き飛んだ。


 灰騎だ。一本角の兜のR6。恐るべき速度の騎馬突撃でもって、異鬼も血眼もまとめて突き飛ばしてのけた。まるで流星か何かのようだった。何らかの戦闘秘術に違いない。


 敵全体にも衝撃が走った。灰騎隊の猛攻だ。R6は単騎ではなかったらしい。伴ったのは別地点の邀撃部隊だろう。この地の味方も攻勢を盛り返した。もとより戦闘技術は高いのだ。ひとたび優勢となれば圧倒するまでが早い。殲滅戦へ。


 男も馬を再生成し、戦った。一切の油断はない。今夜、「剣士」は現れなかった。


 視界の端にアイコンが現れた。ジュマを簡略化したようなそれ。


「戦線情報をお知らせします。今夜の迎撃作戦は、成功裏の内に終わりました。皆様のご協力とご健闘、そしてご献身に、心より感謝申し上げます」


 小さく息を吐いた。アナウンスに引き続き地図上に再現された作戦推移には、敵の狡猾さがありありと見て取れた。


 灰騎の側が事前に迎撃ないしは邀撃の要所と定めた地点は四か所。それぞれに中核としてR4、R6、R7、そして男が配置されていた。そのいずれかに「剣士」が来襲することも考慮し、男については地点間移動も計画されていた。


 血眼は予想を上回る規模で四か所へ押し寄せた。颶風のような、あるいは荒波のような、夜を通しての浸透……どこも激戦だったろうが、異鬼の数は偏っていた。男の在所へと集中していた。


 危うかった。R6が機転を利かさなければ男は討たれ、この地点は破られていただろう。


 他方、北端を抜けられる恐れもあったようだ。重要四地点を迂回する形のその浸透は、北東戦線から抽出された灰騎隊により阻止された。R3……場合によっては異鬼になると明言したあの少年が大いに戦ってくれたらしい。不確定だが「剣士」と遭遇した可能性も示唆されている。


 異鬼の偏在でもって少なくとも男を一地点に拘束し、「剣士」の迂回行動でもって迎撃計画の隙をつく……そんな意図が感じられる。また息を吐いた。


「明日の夜も中規模の浸透が予測されます。よって戦線を西側へ後退し、迎撃重要地点を二か所にまで絞ります。これは、北東および南東の戦線との連絡を容易にする効果も見込めるものです」


 退く。ようやくとたどり着き、しがみついている地域から、会えないままに退く。


 忸怩たる思いを噛み殺し、呑み込んで、男は指示に従った。合理的だからだ。かかる異常な戦場においては決して手放してはならないものだ。


 ―――まだだ。まだ。


 曖昧であるも強く強く心中に唱え、男は西へ駆ける。R6が並走している。


 男はR6と面会したことがある。ほがらかな日本人青年だった。いわゆるブラック企業において辛酸を舐め、健康を害し、今は休職中であるという。言葉の端はしから優しさや善良さが伝わってきたものだ。


 互いに何を言うでもない。そもそも言葉を交わすシステムがない。それでも伝わってくる気遣いがあって、男は会釈した。


 やがて要害の地に見えてきたものが男を当惑させた。


 砦、だろうか。


 標高二百メートルほどの低山に木柵が連なり、遠目にも曲輪構造を形成しているとわかるのだ。近づくと空堀や逆茂木、垣や物見櫓も見て取れた。多数の人影に入り交じり、人間にしては異様に細長い何かも動いている。


「先発軍の四千が築いたものだ」


 鞍に座る猫が、ジュマの声で伝えてくる。


「先発軍の総指揮は枢秘長。現在の祭殿TOPだ。召騎術という秘術で、白騎という名のゴーレムを使役するそうだ。召喚術を使用していた者たちにより運用されているとのこと……エラッコからの情報だ」


 思わぬ名前が出たが、なるほどとも思う。砦は帰路の途上にあるのだ。合流して当然である。


「迎撃に際し、共闘の拠点として活用する」


 旗が見えてきた。なるほど見慣れた旗だ。あの女将軍が掲げていたものである。


 どうしているだろうか、と思った。健やかであればいいとも。


 到着を歓迎しているらしい兵士たちの様子を馬上から眺めまわし、人員や構造物の配置を見定めて、男はそっと猫を引き寄せた。


 まだ、と唱える。


 まだ男は戦場に在り、息子と会うことを諦めてはいなかった。

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