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43 剣道家とR3とR5

 異鬼に関する重要な情報を得た―――その連絡を受けて、オンラインミーティングが組まれた。モニターには線の細い少年が一人きり映っており、ジュマはVtuberの姿で画面の右下にいる。


「ボクの知り合いが、死んじゃったんだ」


 R3と名乗る彼は、灰騎としての姿がヴァイキングモチーフの重戦士であり、実際に先祖はスカンジナビアの海賊であったという。


「その人……異鬼でね」

「深淵MODを使っていたってことかな?」


 ジュマの問いに、少年はコクリと頷いた。


「興味があるって、探してた。それで、異鬼に詳しい人を見つけたって。そしたらMODもらえたって」

「連絡をとりあっていたのかい?」

「うん。いつか会えたらいいなって思ってた……セカイの感じかたが似てたから」

「世界の感じ方……認知フィルターとかかな?」

「……中東の生まれだから、その人」


 男はそっと頷いた。


 ジュマによると、少年は性的マイノリティであるという。父親が神父であるため大変に生きづらい思いをしてきたようだ。多様性を謡う西欧社会ですらそうなのだから、社会的圧力の強い中東地域においては推して知るべしであろう。


 つくづくと男は思う。絶望の芽はどこにでもあると。


 生まれ持ったそれが根を張り、繊毛を伸ばし、ふるえふるえて、いつかの夜に胸を突き破るのだ。死にはしない。呼吸を断たれたような苦しみに、ただただ苛まれるばかりで。


 男はゆっくりと息を吸い、吐いた。繰り返す。繊毛の微かな震えを恐れつつ。


「その人がどこで誰からMODをもらったのかは、わかるかい?」

「場所はパリかな。移住したって言ってたし。人は知らない……なんか、詩が好きな人?」

「んんん? え、趣味がってこと?」

「ルーミーの詩の解釈が素晴らしいとか、なんか、そんなこと言ってたから」


 途方に暮れた顔をしているジュマへ、男はささやかな情報を差し出す。


「十三世紀のペルシャの詩人ですな。神への純粋なる愛と、魂の浄化を歌ったものだそうです」

「おおー、博識だね!」

「トルコの知人からの聞きかじりにすぎません」

「すぐにも調べてみるとして……文学かあ……盲点だったかも。孤独な魂へのアクセス経路としては、ゲームよりもそっちの方が伝統的だもの」


 孤独。男にとって、それは深く理解できるものであったが。


 今やそこに安住すること叶わず、胸を焼く後悔と焦燥に駆られて、不慣れを必死に生きている。望まぬ孤独へ追いやってしまった息子も、苦しみの夜に文学を手に取ることがあったのだろうかと思う。


「ねえ」


 天気を聞くようにして、少年は問うてきた。


「イモータルレギオンって、プレイヤー、死ぬの?」


 男はいぶかしさを覚えた。すぐに否定できるはずの問いへ、ジュマがなかなか答えないからだ。イモータルレギオンは尋常のゲームではなく、あちらに実在する人間たちは死にもする。しかしプレイヤーに危険はないはずだった。男の息子のような特殊な例は別として。


「……異鬼は、社会的にも人間的にも、死んだようなものかもしれないし……場合によっては、生物的にもそうなるというか、生命的に終わるというか」


 要領を得ない説明である。ジュマと目が合った。すぐに逸らされそうになるも、踏みとどまったものか、視線は合致し続ける。その沈黙の不穏さに、男は息を飲んだ。


「君が死ぬようなことは、絶対にないけれど―――」


 予感が重く、苦しい。まるで氷塊をでも吞み込んでしまったかのように。


「―――神剣の火で焼かれた異鬼は、死んじゃうんだ」


 唸る。意味がじわじわと広がっていく。根を伝っていくかのようにして。


「R0であり神剣英雄であるところの彼……その手には神剣が燃えている。あの火は世界をまたいで届く。命を焼く。焼いて、焼き捨てて……死なせるんだ。抵抗のしようもない形で」


 口を開き、閉じた。つばを飲み、また開く。乾いた舌がうまく動かない。


「息子は、今、人を……人を、殺しているのですか」

「……異鬼と化してしまった人を、まだ人と呼ぶのなら」

「まだ、とは」

「飲まず、食わず、VR機器につながったままで意識が回復することもなく、無理矢理にコントローラーを外したところでそれは変わらず、ただ浅く呼吸をするだけ……」


 男の脳裏に息子の今が思い浮かんだ。無数の医療機器につながれ、力なく横たわっている姿が。


「……人でしょう、それは」

「そうだね……ごめんなさい……!」


 何を謝られたのかは判然としないままに、男も頭を下げた。これまで黙っていたことは気遣いであろうし、今、あえて言わなかった内容も推し量れたからである。


 息子の現状はジュマの企図したものではないと、すでにして男は知っている。


 そうであるなら、息子の行為もまた同様である。ジュマを責めることなどできない。


 ―――自らの意志と、才覚と、工夫で。


 心の内で呼びかけた。


 ―――君は、人を殺めているのだな。


 罪を噛み締める。息子の、ではない。自らの罪をだ。


 男の半生は罪に塗れている。妻を疎んだ末に他者との関わり自体をわずらわしがり、望んだ孤独の先で剣を振り続けた。手を血で汚しても超然としていた。招へいに応じて戦地へ赴くのも善意からではなかった。極限状態における人間の汚わいに接し、納得を深めたかったからにすぎない。


 男は、人間を嫌い、軽蔑していた。


 今は、誰よりも軽蔑すべき人間が自分であると悟り、絶望している。


 今また、息子を殺人者の道へと至らせてしまった罪が、根付いた絶望へさらに重くのしかかった。


「ふうん……R0と剣DOって、親子なんだ……いいね」

「内緒にしてくれると嬉しいかな。広めていいことってないだろうし……思わぬ隙になりかねないから」

「うん。わかった。なんか素敵だし……ボクも、もうちょっと待つよ」

「ん? 何を待つんだい?」

「異鬼になるのを」


 言葉に殴られて、男は目の前の出来事へと帰還した。まばたきを繰り返す。ジュマが一切の動きを停止している。おずおずと男は確認した。


「異鬼に……なりたいのですか?」

「うん。R0に殺してもらえるなら、素敵。すごくいいと思った」

「……死にたいのですか」

「いい死に方なら……納得できるもん。このセカイに生まれたことを」


 そう微笑む姿の、何と儚いことか。少年の胸を破いた絶望の、何と痛々しいことか。


「お父さんと息子……会えるといいね。わかりあえたら、もっといい……どうにもならなかったら、その時は、ボクが彼と戦うよ……ほら、最近はいつもチラつくんだ。このバナー。ボクを誘う、真っ黒いバナーだよ……」


 笑顔のままに、少年はオンラインミーティングから退出した。


 ジュマは動き出さない。


 男もまた動き出せずにいると、スマートフォンがそっと振動した。見る。音声電話がかかってきている。相手は、R5……ハリウッドスターのキアフ・リヴァイスである。


「頼まれていた調査の結果を伝えたい」


 以前、男はキアフとのビデオ通話をした際、アメリカ在住の有力な剣道家について心当たりはあるかと質問した。あの強力な異鬼の正体を探るためにである。


「本名や渡米前の詳細はわからなかったが、色々と後ろ暗いところのある男だった」


 キアフはあると答えた。ケインと名乗る推定日本人を知っていると。


「ロサンゼルスを拠点としているようだが、家族はなく、住まいについては誰も知らない……その徹底ぶりもまた背景のあることなのだろう。ヤクザがらみの伝手があり、日本経由の麻薬取引の仲介をしていたようだ……その流れでとある俳優と知り合い、殺陣指導の仕事も細々とやっていたというわけだ」


 剣道有段者としても知られるキアフである。その男の腕前についても尋ねると「スクリーンの中のミフネトシロウ」のようだったと答えられた。自分では相手にもならなかったと。


「このところは連絡がつかないし、行きつけの日本食レストランにも姿を見せないそうだ。顔形のわかる画像も送る」


 口は丁寧に礼を言い、指はゆっくりと画像データを展開していく。


 五十歳くらいの男が映っている。浅黒い顔には古傷が多い。しわも髭も苦々しさに凝り固まったかのようだ。何よりも、目。暗く濁りきった、その目。奥底にマグマのような熱量を抱えて。


 初めて見た気のしないその目に、男は見入った。


 何を思うでもなく、鏡を見つめる時の無防備さで、ずっと見入っていた。

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