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39 聖騎士と白騎士

 矢―――アレンヌの鼻先をかすめたそれが、鉢植えを射砕いた。


 木屑と土と鉄を嗅ぐ。見る。兵士が弓をつがえている。剣を構えた者たちもいる。横合いから別の一隊がぶつかった。腕に巻いた赤布の有無で区別できるものの、どちらも帝都警備隊である。


 路地裏へ駆け込んだ。右へ。左へ。唇を引き結ぶ。手は、刺突剣の鍔元を握り込んでいる。


 帝都を二分する武力衝突が始まってしまった。


 切っ掛けは大僧師の葬儀での弔辞だ。


 新たに祭殿を率いることとなった枢秘長―――聖騎士団長も兼任する烈女は、哀切を極める言葉に続けて、言い放ったものである。


「わたくし、マンキクンタ・ディスは一つの疑いを持っている。大僧師猊下の急逝は、謀略ではないかと。その謀主こそ、嘆かわしくも憤ろしくも……エパイトイヴォ皇女殿下ではないかと」


 騒然とする場を手のみで制し、さらに弁舌を振るった。


「見よ、大祭場を! イモータルレギオンの奇跡を。こうしている今も灰騎たちが現れ駆けてゆく。かかる奇跡、すなわち召喚術を三神より賜り、管理運営奉ってきたのは誰か……それは祭殿である! 次いで問う! 帝都奪還を成し遂げた聖殿軍団の中心にして象徴とは何か……それは聖剣である! 祭殿が護り伝えしものである!」


 混乱を束ね、とある方向へと導いていくような内容……アレンヌはそこに狡知を嗅いだ。


 イモータルレギオンをさも祭殿の実績と聞こえるように語るが、それは神剣により発動したものである。聖殿軍団をさも祭殿中心の軍勢のように語るが、兵力にしろ兵站にしろ軍略にしろ、皇女と帝国正規軍こそが中心であった。


 何より、大僧師の死の真相をアレンヌは知る。


 イクス・レギオ・コムニカッティオ公爵の暗殺を謀った罪により、かの老人は自死させられたのである。確かに偽装はあったが、それは民心を慮り罪状を公にしないための措置で、むしろ祭殿の名誉を護るためのものですらあったのだ。


 しかし枢秘長は、壇上より皇女を睨みつけた。


「祭殿を代表し、ここに五つの要求を発する! 一つ、大僧師薨去の真実を明らかにすべし! 一つ、聖剣を聖殿へ返還すべし! 一つ、神剣の管理権を移譲すべし! 一つ、血眼対策の全権を委任すべし! 最後に、先の四つを速やかに履行したるのち……清明心をもってして……祭殿へと国権を禅譲すべし!!」


 皇女ひいては皇室の権威を貶めつつ信仰の権威を統一し、イモータルレギオンの先の戦いを統括することで軍権を掌握したのならば、それは確かに国家の大権である。


「神意は我ら祭殿にあり! 見よ! これが新たに賜りし光である!」


 枢秘長が短杖を掲げるや、どこからともなく白い騎士たちが現れた。


 ひょろりと細長い印象のそれらは明らかに人間ではなかった。隙間なく甲冑に覆われているが、四肢や首は一掴みにできそうなほど細く、頭部も奇妙に小さく、とても内部に人間が入れるものではないからだ。動きは機敏かつ力強さがあって、次の瞬間には声もなく凶行に及びそうな不気味さを漂わせていた。


「召喚術に代わる秘術、それがこの召騎術! わたくし、マンキクンタ・ディスは、かかる秘術を聖騎士団へ教授するとともに! 輝ける聖国の誕生を望むものである!!」


 帝都は揺れた。貴族も、軍も、民も、ひどく動揺した。街はいたるところで議論口論が絶えない有り様となった。それは帝都の亀裂となり、諍いの音を響かせながら割れ目を深刻にしていって……今日、ついに内乱となった。


 ―――皆、こんなことのために戦ったわけではないのに!


 アレンヌの目に涙がにじんだ。口惜しいからだ。絶望の中から這い上がり、命を懸けてきた日々が脳裏に駆け巡る。もう会えなくなってしまった顔という顔が……その死に様が……胸を強く突き上げる。


 近くで闘争の音がした。人間同士が戦う喧騒だ。避ける。止めようがないし、見たくもなかった。


 だから、大路へ飛び出してしまった。


 赤布を巻いた武装集団の真っ只中だった。祭殿を支持する正規兵たちだ。そればかりか件の白騎士までいる。もはや逃れようもなく包囲された。幾つもの切っ先が向けられたが。


 誰何よりも先に名を呼ぶ声があった。


「アレンヌ卿ではありませんか! 同志たちよ、礼を失するなかれ。彼女は我ら聖騎士の抜群たる方ですよ」


 見知った女性だった。特務隊としてアレンヌの指揮下に入った五十騎の内の一騎である。


「さあ、こちらへ。実のところ卿を探していたのですよ」


 取ってつけたような笑い声を聞く。しっかと手を取られ、歩かされる。周囲を聖騎士に囲まれている。


「……思うところもありましょう。しかしどうかご自重を。卿はイモータルレギオンの中心にいた人物の一人です。かかる情勢において、旗幟を明らかにしないままでいられる方ではないのですから」


 旗幟。皇女派であるか、それとも枢秘長派であるか。


 突き上げてくる叫びを嚙み殺して、アレンヌは問うた。 


「どうして……いや、私をどこへ連れていくつもりか」

「答える前に問いましょう。卿はどこへ行かれるおつもりでしたか」

「ポイを探している」


 イモータルレギオンの成就を見届けた後、ポイは帝都に留まった。もとより帰るところのない身の上である。軍営の端を間借りし、兵糧を賄われ、大祭場へ詣でる日々を送っていた。


 そんなポイに、アレンヌは寄り添い過ごしていた。


 それは、神秘の火炎を仰ぐ日々でもあったが。


 このところは帝都の騒がしさに右往左往し、ポイから目を離すこともしばしばだった。どうにかしたいと言葉を尽くし、どうにもならず、歯噛みするばかりで。


「……まさか」

「いいえ。私の聞くところでは、近衛に連れられ帝城へ入ったと」

「行かせては、もらえないのだろうな」

「そんなことは……しかし体裁が必要かもしれません。近衛兵は聖騎士を目の敵にしていますので」


 唇を嚙む。現状、アレンヌは厄介な肩書を生きている。


 皇女派の人間からするとアレンヌはいまだに聖騎士であるらしい。すでに召喚術は失われたものの、祭殿で訓練し灰騎を召喚してきた来歴が彼女を枢秘長派に思わせるようだ。


 逆に、枢秘長派から聖騎士扱いされることは稀である。おおむね元聖騎士といった印象のようだ。


 むしろ今は皇女に近しい人間と見なされやすく、熱心な信者からは祭殿を裏切ったとまで言われた。聖騎士から面罵されたことも一度や二度ではない。理由はいつも同じである。


 なぜ、召騎術を習得しようとしないのか。


 そう問われ、こう答えるからだ。


 あの白い騎士を信じられない、と。


「本祭殿へとお連れします。会っていただきたい方がおられるからです」

「……私は」

「召騎術を、という話ではありません。ただ、見極めてほしいと思うのですよ」


 誰とも目は合わない。しかしどの横顔にもどこか張り詰めたものが見て取れる。彼女ら越しに見える白騎士は無機物の超然さでもってそこにあるのみ。


 大路の先、帝都広場は枢秘長派の軍勢の本陣と変わり果てていた。


 正規軍の旗、貴族の旗、聖騎士の旗、警備隊の旗……どれにも赤布が巻き付いており、無地の赤旗もバタバタと音を立てていて、軍兵の腕という腕にも赤々とそれらはうごめく。


 ゾッとした。寒気すら覚えた。


 誰も彼も血塗れの死地へと、足を踏み入れたように感じられたからである。


「さあ、こちらへ。枢秘長猊下のもとへご案内します」


 白く冷たい廊下を踏み、影濃き奥へと進みながら、アレンヌは心に熱き人々を想う。火を灯し、共に夜を越えた戦友たちを……呵々と笑って励ましてくれた、公爵のことを。


 ―――独りではない、私は。


 二体の白騎士によって警戒された扉が、静かに開かれていった。 

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― 新着の感想 ―
続きが楽しみです。あまり多くの文を書けず、すみません。
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