表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/43

24 火炎と聖騎士

 馬を斬られた。アレンヌは宙へ投げ出された。


 強かに肩を打った。慣れない甲冑が引っかかる。誰かが何か叫んだ。目の前に馬の脚。黒い。腐葉土へ転がりに転がる。地を刺す音が追ってくる。木にぶつかった。根をつかみ幹にしがみついて裏側へ。


 這いつくばった視線の高さに、縄。木と木の間に張られた茶色い一筋。


 地を掻き、地を蹴る。走る。勢いを増した馬蹄の音が、バツンと遮断され、ガシャガシャと重量物がぶちまけられた。黒甲冑と黒馬が倒れもがいている。聖騎士の剣がここぞと突き立てられた。さらに二本三本と突き刺さる。アレンヌも跳びかかった。兜首がもがくも、その喉へ短剣を差し込む。血涙が怨恨に煮立ち、声なき呪詛を絶叫し、そして夜へとかき消えていったが。


 まだ来る。騎馬五騎と徒歩八卒。いや、別方からも八騎十二卒。計十三騎と二十卒。血眼一騎に対しては十倍の人数で当たっても危ういというのに。


 ―――これまでか? ここで終わるくらいなら……!


 アレンヌは剣帯へくくった薪へと手を伸ばすが。


「まだです、アレンヌ卿」

「……まだか?」

「ええ、まだ我々は戦いきっていません」

「そうか……その通りだ!」


 笑む。絶望への威嚇だ。


 かろうじて死者こそ出ていないもののアレンヌたちは傷だらけである。馬もそろわず、今しがたアレンヌの馬もやられた。いななきのたうち回っているのにとどめを刺してやることもできず、むしろ敵を阻む障害として利用してさえいる。


 そんな必死をあざ笑うかのような、血眼たちの淫蕩なにじり寄り。なぶり殺しは正当な復讐であるとでも言いたげに、血の涙を流し憤懣をうなる。


「隊伍を密に! 謳え! 聖なるかな火と人の神! 寒き夜を越えさせたもう!」


 火の粉舞う暗闇へ咆哮。まだ生きている。剣を握っている。


「謂れなき怨嗟へ反抗せよ! 故なき侵略へ逆襲せよ! 我ら人間の在るからには!」


 聖騎士とは覚悟だ。護られるばかりを良しとせず、膂力足らずを召喚術と技量で補い、男たちや灰騎たちと共に戦線を張る気概を武装している。屈さぬからこそここにいるのだ。


 血眼を迎え撃たんとしたその時、横合いから火矢が数十と吹き付けた。


 雄叫びを上げ跳び出してきたのは、槍を構えた男たちだ。百人以上はいるだろうか。その獰猛な穂先が届くよりも先に血眼の騎馬が転げていく。馬脚に縄が絡みついている。石も見える。縄の端に石を結んだ投擲武器だ。


 ―――火矢で気を引き、馬を狙う……実に巧妙なことだ!


「今だ! 突撃ぃっ!!」


 叫んでアレンヌも駆け出した。重い剣を腰だめにして、棹立ちとなった一騎へ体当たりした。血眼の腿と黒馬の胴とを貫く。深く入って抜けずにいると兜をつかまれ、剥ぎ取られた。手。血眼の手。憤怒にわななく五指が迫るも、槍が横入りしてきた。脇から突き上げ鞍から持ち上げ、地へ叩きつけた。


「ご無事で何より! アレンヌ殿!」

「おお、ウラタ歩兵長!」

「もう無茶せんでくださいよ!」


 兜をかぶり直し、共に次の敵へ向かう。乱戦だ。刃の数で押し切るよりない。


「難しいことを言う! 戦場で!」

「難しいってわかってりゃいいんです!」


 誰かを助け、誰かに助けられて、アレンヌは血眼と戦い続けた。常にウラタがそばにいた。流石は元白布隊と思わせる勇猛さに皆が沸いた。笑い声すら聞こえたほどだが。


 最後の血眼を霧へと散らした時、周囲には三十八名の戦友が倒れていた。一人残らず男である。


「ああ、大丈夫だ。聖騎士の方々は無事だぞ。お前が護ったんだ」


 ウラタが一人の男の最期を看取っている。そばで聖騎士が泣いている。つまるところ彼らはアレンヌたちを死なせないために駆けつけたのだろう。そこに侮りは感じない。ただ決意だけがある。誰もが誰かのために命を賭している。


「また会おう、戦友」


 短剣が首を薙いで、一人の勇敢な男が眠りに落ちた。三十九人目だ。


 さもあれここは死地である。いまだ危険な暗闇に包囲されている。埋葬もできない。手すきの者がせめてと遺体を整えている。


「ウラタ歩兵長、本陣へ案内してくれるか」

「いいえ、転進をお薦めします。それを伝え、その援護をすべく我々は来たんです」

「ラマウット卿の指示か」

「……いいえ、公爵閣下のご指示です。ラマウット殿は討ち死にしました……陣構えの時間を稼ぐため騎馬を率いて奮戦し……そりゃもう見事な戦でしたよ」


 驚愕の声を呑み、束の間瞑目した。歴戦の騎士の果て様を想う。


 あれほどの戦術家が無駄死になどするわけがなく、自らの死を最大限に活用したに決まっている。絶命の瞬間まで「先」を考えていたはずだ。不敵な笑みで何を望んでいたのだろうか。


「勝利を」


 つぶやき出でた言葉が、後先だがアレンヌに思考を促した。


「勝つために来たのだ、私は。その手段を携えている。用いるには本陣の火炎が必要だ」

「……四百からの血眼が群がってますが、それでも?」

「なおのこと急ぎたい。ウラタ歩兵長」


 見つめ合った時間は数秒だろう。それでもアレンヌは思いの丈を隠さなかったし、ウラタという男の赤心に触れた気がした。きっと彼は公爵との別れを済ませている。ポイのことも何かしら託されているのかもしれない。


「わかりました。先導しましょう」


 どうわかってくれたのかはわからない。しかし背から伝わる熱がある。何らかの新たな決意がそれを発している。


 夜の木立を、火の粉の流れ来る方へと分け入っていく。そこかしこに縄の罠がある。そこにもあそこにも男たちが倒れている。手や足や頭が転がっている。誰もが足を止めず、誰かの死を踏み越えていく。


 火炎に照らされて、人間と不死の戦いは激烈を極めていた。


 不格好ながらも地形の勾配も活用した野戦築城……木々の合間に縄を多重にくくりつけ、あるいは逆茂木を設え、槍も逆立て、荷駄車やら陣幕やらとにかくもかさばるものも積みに積んだ防塞はそれなりに強固なもののようだ。それを拠り所に男たちが喊声を上げ戦っている。戦友の死体すら盾や障害物に利用して。


 血眼は半数以上が徒歩である。そうさせるべく罠が張られた。罠を張るためにもラマウットは戦ったのだ。全ては勝利への布石だ。アレンヌはそう信じる。


「入口はあるのか?」

「戦うための虎口もどきなら……やってやりますか?」

「やろう。勝ちに来た以上は威勢よく、強そうにな!」


 騎馬も徒歩も一緒くたに、肩が触れるほど身を寄せ合って、いざ突撃である。血眼を後背から襲う形である上に、虎口の味方との位置取りは挟撃の形でもある。遮二無二走る。斬り、叩き、拳と気合で殴りつけもして。


「特務聖騎士隊、推参!」


 本陣へと駆け込んだ。そうする間にも何人かが倒れ、今も聖騎士を援護せんとして男たちが槍を盛んにしている。ウラタもその一人だ。先頭で斬り込んでおいて、最前線に踏みとどまり、血眼と戦っている。声でそうとわかる。


「ヌハハ! 天晴れ! なんとも勇ましく舞い戻ったものだ! アレンヌ卿!」


 切り株に座ったまま公爵が笑う。いかにも堂々たる態度であるが。


 立てないのだろう。声にも張りがない。身振り手振りもしない。髪こそ撫でつけているものの頬がこけて一気に年老いたような印象だ。鎖帷子すら身にまとえていない。


 ロイトラに刺された傷が深かったのか。それとも血眼によるものか。


 いずれにせよ、公爵はもう長くない。


 万の言を費やしたい気持ちをこらえて、アレンヌは渾身の笑顔を浮かべた。視界がぼやけているのは疲労のせいだ。そうに決まっている。


「火炎をお借りし、召喚術を行使いたしたく!」

「おお、存分にやるがいい! 我が生涯を通じて最も美しい炎だ! きっと素晴らしい灰騎を招くだろう!」

「まさに! どうぞお見届けあれ!」


 祈願の薪を炎の中へ投じて、アレンヌは己の命に火をつけた。


「我ら戦に臨みて勇者を求む! 皆と陣を並べ、共に戦う勇者を……人間の勇気に助太刀を……強く望むものなり!」


 考えずとも湧き出ずる言霊が、一言のごとにアレンヌの命を削り取って、炎へとくべていく。世界から色が失われていって、ただ火の色ばかりが鮮やかだ。


「誇らしく戦うために……獅子よ……来援あれかし!」


 アレンヌは見た。


 異国情緒あふれる古い木造家屋の、狭くも整頓された部屋に両足を畳んで座る誰か。小太りで上品そうな青年。中途半端な兜が彼の人相を隠している。傍らには神像らしきものがあって、それはアレンヌの望む形状をしていた。色こそ灰色ではなくて金銀豪華だが、形は勇ましい灰騎そのものである。


 ―――貴方が、彼方に在るも此方へ戦いに来てくださる御仁なのか。


 声は届かない。せめてと祈った。かくも平穏な座所から死で死を滅する戦場へ来るよう頼んでいた無知を詫び、知ってもなお来てほしいと願う無恥を詫びて……なけなしの命を全て捧げた。


 光があふれた。


 勇者が顕現する姿を見納めて、アレンヌの意識は光に呑まれていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 公爵たち死んで糞坊主とダメダメ王族が残るのか。 人類 \(^o^)/
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ