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不眠者

作者: 雉白書屋

 とある会社。その一室。パソコンを睨みつける一人の男がいた。

 彼は最近、『ピーター・トリップ』という男の話を知った。

 さて、まずその『ピーター・トリップ』という男についてざっとだが述べようか。

 彼はその昔、アメリカで活躍したラジオDJだ。その彼はある時、チャリティーの話題作りのために八日間不眠不休で生放送をしようと思いつき、実行に移した。

 これが成功すれば当時の最長不眠記録を更新することになる。結論から言えば彼は八日間に加え数時間。計、二百一時間ものあいだ放送を続け見事、記録更新に成功したのだ。


「うううぅぅぅぅ! あぁぁぁぁぁ……」


 が、ここで言いたいのはその事ではない。彼は挑戦から三日目に妄想や幻覚に悩まされることになる。被害妄想、他者への悪口


「死ね死ね死ね死ね……」


 虫などを


「ああぁぁ、クソッああぁぁぁぁ虫が、うぅぅぅ」


 見た。そしてやがて彼は、ピーター・トリップという男は自分のことではなく、自分が演じている男の名前だとそう信じ込んでしまったのだ。

 自分は彼ではない。彼は自分ではない。他の男だ。違う違う違う。と、苦痛から逃れるためにそのような妄想を抱いてしまったのかもしれない。


 さて、なぜ今、パソコンの画面を見つめながらキーボードを叩く彼がその『ピーター・トリップ』という男を知るに至ったか。

 それは、ふと気になり不眠の最長記録について調べようと思ったからだ。そしてそれはなぜか。それは彼自身が不眠を強いられているからである。


「ああああぁぁぁ……ぶちぶちぶちぶちょ部長部長ぶちょぶちょぶちょぶちょぶちょ……」


 上司から寝るな働けとそう言われて。と、それは実際にはもっと精神的苦痛を与えるようなきつい言葉であり、また肉体的苦痛も合わせ、そして彼が自分の意思に反して眠ってしまいそうになると、すぐさま駆け付け暴行と暴言が飛び、まるで拷問。生き地獄。

 元々、真面目な性格である彼は自分が入社したそこがとんでもない言わばブラック企業であることにはすぐに気づいたものの社会の定説である三年は我慢というのを愚に実践。また、親からもそう激励されていたので逃げるに逃げれず、また上司はしっかりと休養を取り、帰宅。誰もいないそのオフィス内でも彼はひたすらに仕事を続けた。

 そんな彼も時に、睡魔の誘いに頷くことがあったが、悪魔のような上司のその幻影幻聴に咎められ垂れた頭を上げ「すみませんすみません」とぼやきながら、またパソコンの画面をその眼に焼けつくほどに映すのだ。そしてその彼の不眠記録は


「……おい、お前、なにしてんだ?」


「あああああううぅぅぅ」


「パソコンの電源も落としやがって、てめぇ、寝惚けてやがるな? ちゃんとデータ保存してんだろうなぁ? なんだ、なんか文句でもあんのか? あ、言っとくけど残業代は出ねえからな。記録にも残さねえ。

役立たずが、あ、うお、なに白目剥いてやがんだ気持ちわりぃ。おい、おい……なんとか、う、なにすんだ、やめろ、やめろ!」


 ……もしかしたら僕なら今始まったこの惨事を止めることができたかもしれない。だが、彼は僕ではないし、僕も彼ではなく、苦痛を味わうのは彼ではなく僕でもなくこうして俯瞰的に見ている僕は彼だったが彼ではない。では彼は誰なのだろうかピータートリップはその後丸一日眠り、後遺症はなかったらしいが僕はどうなのだろうか。いや、彼か。では僕は何なのだろうか僕は死んでしまったのだろうかでは今彼を動かしているのは悪魔なのだろうかいや悪魔は今僕の彼の目の前で血塗れでそれを僕ではなく彼がむしゃむしゃと――

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