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階段を降りた先は、ギルドで聞いた情報とは違いジャングルではなく、穏やかな花畑だった。
「なんだ、俺は夢でも見ているのか?」
マックスが不思議に思うほどの穏やかさだった。
一面に色々な花が咲き乱れ、側には小川がサラサラと流れている。
川の水は透き通っていて、魚が普通に泳いでいる。
もちろん魔物ではなく、一般的な魚だ。
そして、小高い丘に背の高い木が一本あった。
木の中に木があると言うのも不思議な感じだったが、ダンジョンの事を深く考えても無駄だ。
そういうものだと思うしか無い。
しかし、何故魔物の姿が一匹も見当たらないんだ?
まあ花とかに擬態してる可能性もなくもない。
踏み入るのも躊躇う程の中を、目標も何も無いから木を目指して歩いていく。
俺たち三人がダンジョンに足を踏み入れると、扉と階段は消えてなくなってしまった。帰る道はなくなってしまった。
こんな現象も聞いた事もない。
「進むしか無いという事か」
イーサンの声は俺の気持ちとは裏腹に弾んでいる。
何が楽しいんだ?
こんな得体の知らない場所に閉じ込められて。
「あの木に咲いてる花って、祭りの夜に咲いていた花と同じじゃないか?」
随分距離があるのに良く見えるな。
さすがマックス、野生に近い。
とりあえず目指すものも無いから、巨大な木に向かって歩いていく。
未知の場所に足を踏み入れるからか落ち着かない。
今日中に帰れるのだろうか?
「もっと近くで観察してみないと分からないが、色は似ていると思う」
危険なものが無いか軽く周囲を確認をしながら、マックスを先頭に進んでいく。
ポーションを作るのに適している花を見つけ思わず立ち止まるが、二人は気にせずに先へと進んでいく。
別に危険はなさそうだから先に行ってもいいが、一言ぐらいあってもいいだろう?
「本当にダンジョンの中なのか?今までと雰囲気が違いすぎる」
「王都近くにあるダンジョンは屋敷の形をしているのに、中に入ると砂漠が広がっていると聞いた事がある。それに比べれば、暑くもないしマシな方だろう」
俺は一応手元に採取した花を鑑定する。
すると「シュロキ草?」と表記される。
もしかして別のものなのか?
観察しても違いは見つけられない。
後で確認するしかないかと袋に入れる。
足を踏み出した所で、何かに服を引っ張られる。
どこかに引っ掛けたか?と引っ張られた方向を見ると、小さな妖精が居た。
妖精だよな?
サイズは手の平に収まるぐらいで、女の子のような顔をしていて背中に二対の羽がついて浮いている。
お伽噺でしか見たことのない存在に、魔物かもしれないと警戒を強めた所で話しかけられる。
「ねえ、何しに来たのー?」
妙に間延びしたような声に、一気に気が緩むのがわかる。
それよりも「しゃ、喋った!!」と驚きの方が先に来る。
俺の声に戻ってきたイーサンが、その妖精もどきを片手でがっしりと握る。
「きゃー、離して!!」
「これはまさか、ピクシーか?」
「こらー、離せ!」
「野蛮な人間め!」
「何で人間がこんな所に居るんだ?」
何か分からないがピクシーが叫ぶと、どこに隠れていたのかワラワラとやってきてまとわりついてくる。
ピクシーなんて文献でしか読んだ事ないぞ。
ダンジョンが発生する遥か昔に、存在していたという存在で、妖精の一種だが悪戯好きだというのは聞いた事がある。
俺は慌ててライブラリーで、ピクシーについて検索する。
やっぱり伝説の存在と化している。
イーサンは大人しく離したがピクシー達は怒っている。
「謝れ、人間!」
「そうだ、やっつけちゃうぞ!」
ピクシーが呪文を唱えると魔法陣が浮かぶ。
嘘だろ、そのサイズで魔法を使うのかよ。
大きさから大した威力ではないという事は分かるが、この数でくらうとマズイ。
「ちょっ、たんま!」
「イーサン謝れ!」
「何がだ?」
くそっ。
俺は収納袋の中で液体に浸した指を、一番近くで騒いでいたピクシーの口に突っ込んだ。
「モゴモゴモゴ」
最初は戸惑っていたピクシーは、どんどんと笑顔になってペロペロと指を舐めた。
異変を察した周りのピクシー達は、呪文を唱えるのを止めて俺をじっと見ている。
指につけたものが無くなったからか、ピクシーが口を離すと満面の笑みで聞いてくる。
「ねえ、まだこれある?」
「ある。驚かせて悪かった。皆で食べるといい」
俺は瓶を出して蓋を開けると、ピクシー達は我先にと瓶に群がった。
「助かった。さすがにこの数で魔法を撃たれたら、無傷で切り抜けるのは難しい」
それは自分の事かピクシー達についてなのか判断が出来なかった。
「ナル、何したんだ?」
「ああ、トゥリパの蜜だよ。文献に載ってたんだ。ピクシーは花の蜜とか甘いものが好きだって」
探索中に手軽に甘いものも採れるし、薬にもなるから少量は毎回準備している。
俺たちにとっては少量だが、ピクシー達の大きさからしたら十分の量だろう。
「まだある?」
「ある。ここから出してくれれば、もっと出してやる」
そう言うとピクシー達は集まって何やら相談し始める。
「どうする?」
「悪い人じゃなさそう」
「女王の所に連れて行く?」
「そうする?」
女王ってもしかして、名前からしてピクシー達のリーダーだろうか?
「心優しき人間達よ。今から我らが女王の所にお連れしよう」
さっきと言ってる事が真反対だがいいのだろうか?
「女王?」
「そう、僕たちを守ってくれてるんだよ」
「行こうよ!」
どうせ行く場所もないから、ピクシー達に引かれるままついていく。
その間に収納袋から、色々な蜜を出しておく事は忘れなかった。