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 宣言通り、メリッサはいつまで経っても帰ってこなかった。

 冒険者たちはメリッサが居ないと分かると、目に見える程落胆した。

 うるせえ、今までだって居なかっただろうが。

 いつものように罵詈雑言を聞き流しながら、接客をする。

 午後6時の鐘が鳴って店を閉めてもメリッサは帰ってこなかった。

 それでも帰ってくるかもしれないと思い、料理を二人分作る。

 シチュー煮込んでいる間に、店の在庫をチェックして帳簿をつける。

 帳簿の字が綺麗になっている。

 学園に行って矯正されたのだろうか?

 それでも変わっていない癖を見つけて、ホッとしてしまう。

 ワイルドボーのシチューは、とっくに冷めてしまっている。

 マックスが持ってきて解体して、ようやく食べられるように出来たというのに。

 仕方なく一人で食べる。

 旨い筈なのに、味があまりしない気がする。

 さっさと片付けて在庫の確認をする。

 狭い町だが、治安が良い訳ではない。

 もしかしたら帰ってくるかもしれない。

 ヤキモキしながら待っていると、やっぱりノックの音が鳴った。

 怒ってはいけない。

 笑顔で迎え入れよう。と思ってドアを開けた先に立っていたのは、メリッサじゃなかった。

 思わず落胆してしまう。


「何よ、この町一番の美人がせっかく来てあげたというのに、その態度」


 胸を反らしてプリプリと怒っているのは、アディラだった。


「何だよアディラ。二日酔いの薬でも足りなくなったのか?それともイーサンがまた何かしたのか?」

「違うわよ。何でもいいから早く中に入れなさいよ」

「用件ならここで言えばいいだろ。それより仕事はどうしたんだよ?」

「これも仕事の一つよ。私だって本当は面倒なのに」

「なら帰れ」


 アディラが居る所をメリッサに見られたら、何を言われるか分かったもんじゃない。

 俺が呼んだと思われたら、今度こそ軽蔑されてしまう。

 ここは俺の家ではないのだ。


「メリッサちゃんの居場所知りたくない?」


 何でお前が知ってるんだよ。と聞きたかったが、中に入れるまでアディラは喋りそうになかったから、仕方なく家の中に入れる。


「大したもんないぞ」


 アディラが帰ったらギルドの納品分も作らないとマズイし、酒は駄目だな。


「いいわよ、持ってきたから」


 アディラが取り出したのは見るからに高い酒と、つまみの入った容器を何種類も。


「どうしたんだよ、これ」


 明らかにアディラが作った訳ではなさそうだ。


「あんたマトックカフェに、最近顔だした?」


 ガイラー男爵を捕まえてから、顔を出していない。

 メリッサが帰ってきてから、夜家を開けるのはどうにも心配だからな。


「マスターが以前騒ぎを収めてくれたお礼を渡したいのに来ないからって、代わりに預かってきたの。それと、こっちはココちゃんのお店から。あと伝言も預かってるわ。メリッサはこっちで預かっているから、心配する事ないって」


 良かった、メリッサはココの所に居るんだったら安心だな。


「全く、私は伝書鳩じゃないっていうのに、皆して人使い荒いんだから」

「何か悪いな」

「悪いと思うなら、さっさとグラスを準備しなさいよ」


 俺は取皿とフォークとナイフ、グラスを持ってくる。

 酒は美味かったし、料理も旨い。


「で、どうしたのよ」

「何がだ?」

「私に伝言を頼むくらいなのよ。何かあったとしか思えないじゃない」

「何もない」

「何もないって事ないじゃない。メリッサちゃんと喧嘩したの?」

「関係ないだろ」


 これは俺とメリッサの問題なんだ。

 他人が好き勝手口にする事でもないだろ。

 アディラはこれみよがしにため息をつく。

 俺はグラスに残っていたワインを飲み干す。

 喉が焼け付くように痛い、かなりの度数だ。

 それなのに、甘くてすぐに消えていく。

 苦い記憶まで忘れさりそうだが、忘れる事は一生無いだろう。


「ナルは、自分に対して厳し過ぎる」

「普通だ」


 クソみたいな町のクソみたいな薬屋。

 王都で就職出来るコネもない、ただの平民。

 それが俺だ。


「私は一年前にこの町に来たばかりだから、ナルと冒険者達とのいざこざは話で聞いただけでしか知らないわ。それでもナルだけが悪いって訳じゃないっていうのは分かるわよ。その事を分かっているから、みんな心配して私に色々持たせてきたんじゃないの」


 知るか、そんなの。

 いつだって皆見てみぬ振りだ。

 これ以上大切な物を取り上げられたら嫌だから、守るしかないじゃないか。


「ナルはもっと周りに心配されてるっていうのを、思い知りなさい。じゃなきゃシビルさんも町の人も心配したりなんてしないでしょ?」


 ただ面倒を起こしたくないだけだろう。


「説教するんだったら帰れ。そもそもこれは俺に持ってきたワインだろ?何でアディラの方が飲んでるんだよ」

「これ、すっごい美味しいわよね。シビルさんに言って、店に入れるよう頼もうかしら」


 ワインの瓶を奪い、なみなみと自分のグラスに注ぎながらアディラが言う。


「このワインは南の暖かい地方の小さい酒造が作っていて、数が出回らないって有名なんだ」


 春に見た夢の蝶っていう名前の通り、甘い上に飲んだ事すら忘れてしまいそうになるぐらい舌の上でほどけていく。

 俺はワインの瓶を取り戻し、同じ様になみなみと注いでから飲んだ。

 それだけでは足りず、倉庫からある分だけ酒をとってきて、久しぶりに浴びるほどに飲んだ。

 アディラは説教くさい事は、最初に言っただけで、あとはくだらない話ばかりして、俺は適当に相槌をうっていた。

 半分くらい何を話したかは分からないまま、寝落ちてしまっていた。

 

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