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買い物の途中なのに、思わずため息が出てしまう。
イーサンは、言ったら絶対に人の言う事を聞かない。
学生の時も何度振り回された事か。
今は出来るだけ店を離れなたくないというのに。
帰る前にパン屋に寄って、メリッサの好物だった干しアンゴルの入ったパンを買う。
機嫌をとる訳じゃないが、これぐらいしかメリッサの喜ぶ事が分からない。
朝に食べるパンも補充しなければならない。
「辛気臭い顔だな」
トビーが憎まれ口を叩くが、反論する気すらも起きない。
「なんだよ、変なものでも食ったのか?」
「そんな訳ないだろ。それよりもさっさとしてくれ」
ブツブツ言いながらも、トビーがパンを包んでくれた。
そして、気が重いながらも薬屋に帰る。
カウンターに居たメリッサは俺と目が合うと、すぐに反らしてしまった。
別に悪い事を言ったつもりはない。
だけど叩こうとしてしまったのは悪かったと思っている。
何と言えばいいのか分からず、黙ってしまう。
さっさと謝ればいいだけなのに、上手く言葉が出てこない。
それでも、このままではマズイという事だけは分かる。
「あのさ」
「ねえ」
同時に口を開いてしまい、余計に気まずくなってしまった。
呆れたようにメリッサが言う。
「話があるなら、先に言ってよ」
落ち着いている声に、話せそうだと気分を落ち着かせる。
「あ、ああ。朝は悪かった。強く言い過ぎた」
それに、思わず手をあげようとしてしまって。
「そう、分かった」
拍子抜けする程、あっさりとメリッサが受け入れてくれた。
良かった。
「パン屋で安かったから干しアンゴルの入ったパンを買ってきたんだ。朝に食べてもいいし、今食べるんだったら」
俺は少し早口になりながら、カウンターに買ってきたパンの袋を置く。
メリッサはチラリと見ただけで、手をつけない。
「なんだよ、好きだっただろ?」
「ナル」
「なんだ?」
「私、今から3日ぐらい店から出ていくから」
メリッサの顔は、冗談を言ってるようには見えなかった。
「ナルは私なんか居なくても、この店の営業は出来るでしょ?それだったらお荷物である私なんて出ていった方がいいでしょ?私はまだ学生で、薬の作成は出来るけど、販売の許可証はとれてないし」
「そんな事」
「それに、ナルが言ったんじゃない。仕事なんかしないで、ゆっくりしろって。だからお店の事は任せるわ」
そう言って、カウンターの裏に置いてあったであろう、来た時と同じ大きなカバンを持って出ていこうとする。
違う、そういう意味で言った訳じゃないんだ。
ただ疲れているだろうから、休みの日ぐらいはゆっくりして欲しいと思って言っただけなんだ。
言いたいのに、言葉が出てこない。
「どこに行くんだ?」
思わず腕を掴み引き止めようとするが、思いっきり振り払われてしまう。
そして、キッと睨まれる。
なんだよ、やっぱり怒ってるんじゃないか。
「朝の事は悪かったって言ってるだろ。ついカッとなっただけだ。それに、ここはメリッサ家だろう?顔も見たくない程怒っているなら、俺が出ていくから、メリッサはここに居ればいい。店だって休んだって構わない」
どうせ文句を言うのは冒険者だけだ。
それにどうしても困ったのなら、ポーションなんてギルドに行けば売ってもらえるっていう事は、みんな知っている。
メリッサが気を使う必要は、全く無いんだ。
「ナルは……ナルは、分かってない」
思ってもなかった冷静な声で返された言葉は、俺が思ってもみなかった言葉だった。
「は?」
「私が怒っているのは朝の事だけじゃないわ。朝は私も言い過ぎたし」
「じゃあ、何にそんな怒ってるんだよ」
勝手にギルドから契約をとってきた事か?
どっちにしろこの町には薬屋は一軒しかないんだから、引き受ける事になるだろ。
今まで文句なんて言った事ないじゃないか。
それに俺が作るって言ってるだ。
メリッサには何も迷惑かけてないだろ。
それとも、やっぱり毎朝二人が来る事に文句があったのか?
言いたい事があれば言えばいいんだ。
セオドアさんと同じグレイの瞳に真っ直ぐと見られると、いたたまれなくなって、思わず目を反らしてしまう。
すると、メリッサはため息をついた。
「……分からないならいいわよ」
そう言ってメリッサは店から出て行ってしまった。
「一体何なんだよ」
残された俺は、ただ閉まっていくドアを見ている事しか出来なかった。