7
眠い。
つい昨日の夜、夢中になり過ぎた。
少し寝坊したと思って畑に行ったら、すでにメリッサが水やりをしていた。
「悪い、遅くなった。代わるよ」
失敗した。
メリッサには学園が休みな時ぐらい、ゆっくり休んでいて欲しいのに働かせてしまった。
「別にもうすぐ終わるからいいわよ。ナルは朝ごはんの準備もあるでしょ?今日もきっとイーサンさんもマックスさんも来るでしょうし」
正論に言葉がつまる。
正直朝から四人分の朝食を作るのは中々手間なのだ。
あの二人の分だったら適当な物でもいいが、メリッサには少しでも美味しいものを食べさせたい。
そうすると、必然的にいつもより時間がかかるのだ。
「悪い、明日は必ず早く起きてやる」
「別にいいわよ」
俺の顔を見ずに、メリッサが答える。
なんだ、まだ怒っているのか?
そんなに相談しなかった事を根に持っているのか。
しょうがない。
確かメリッサは好みが変わっていなければ、エパルのコンポートが好きだったはず。
一応昨日帰ってくる前に買い物に行った時に、エパルを買っておいたのだ。
朝から作るのは正直面倒だが、いつまでもメリッサを怒らせておくのも気まずいから作るか。
朝食が作り終わると同時ぐらいに、マックスとイーサンはやってきた。
出ようと思ったらメリッサに止められる。
「私が出てくるからナルはテーブルにセッティングしておいてよ。私達の準備のせいで、ナル食べる時間無くなってるでしょ?」
ヤバい、見抜かれていたか。
確かに以外と大食らいの二人の配膳のせいで食べる量がここ2日減っている。
だが、自分で作ったものなどメリッサが学園に帰ってしまえば普通に食べれるので、特に気にしていなかった。
あの二人は気づいていなかったというのに、メリッサに気づかれるだなんて、俺もまだまだだな。
戸惑ってる間に、メリッサが玄関に行ってしまう。
そして歓迎する明るい声が聞こえてきて、すぐに戻ってくる。
「ナル、これいつものように頼む」
今日のマックスは昨日しとめたワイルドボーの肉を持ってきていた。
ワイルドボーはダックウィードのダンジョンには居なかった魔物だ。新しく出来た階層に出現したのだろう。一応高級肉に分類されていて、滅多に食べる事が出来ない。
しかし、解体が物凄い面倒くさい。
俺は喜んでいるメリッサに聞こえないように、舌打ちをした。
「今日も豪勢だな」
いつもの椅子に座りながらマックスが余計なことを言う。
テーブルの上にはバゲットとコンポート、サラダとハムに卵、スープまでテーブルを埋め尽くすように並べてある。
「え、いつもこうなんじゃないんですか?」
メリッサが驚いたように声をあげる。
ちっ、余計な事言うなよ。
「違うな。ナルは面倒くさがりだからな。私が頼み込んでスープをつけさせたが、3日に一辺は忘れる」
「そうだな。ドアノブにサンドイッチが引っ掛けてあるだけの日もあったぞ」
忙しかったんだよ。
それに、メリッサには不自由なく過ごさせてやりたいんだ。
ジト目でメリッサが見てくるから目を反らしながら言う。
「ちゃんと生活費は計算している」
「ならいいけど」
「おい、さっさと食べようぜ」
マックスの声で、俺たちは椅子に座って朝食を食べ始める。
相変わらず三人は仲良く話している。
今日は王都の事を話しているようだ。
「それにしても貴族との付き合いも大変だろう。ナルも良くアルバイトしてたな」
俺はほとんど勉強してなかったからな。
試験もライブラリーで大体ズルしてたし。
となると金を稼ぐのが一番いい。
王都は珍しいものも多いし、生活するだけでも金がかかるからな。
「私もアルバイトしてますよ」
「は?聞いてないぞ」
やっぱり金が足りなかったのか。
もっと仕送り額を増やさないとな。
「アルバイトと言ってもあれだろ?学園の掲示板に貼ってある奴」
「は、はい。丁度薬学の先生が手伝いが欲しいと募集していたので、勉強にもなるし丁度いいと思い志願しました」
「やっぱり金が足りないのか?なんで知らせないんだ」
「違うわ、私が好きでやってるのよ」
学生は成績ごとにクラス分けがされている。
平民は下層クラスになると、勉強に励む意思がないとされ、自動的に退学になる。
学園だってタダで運営している訳ではないのだ。
いくら金を積んだ所で貴族の寄付額には追いつけないからな。
平民が退学になる大体の原因は、王都での生活に金が足りなくてアルバイトをする事で、勉強時間が無くなり成績が下がり、結果的に退学する事になる。
そのような者を何人も見てきた。
「アルバイトなんかより勉強しろ。お前、何の為に学園に通ってるんだよ。自分で言ってただろ。学園でもっと知識を深めてこの店を継ぐって」
「そうよ、だから薬学の先生に所でお手伝いしてるんじゃないの」
「手伝いじゃなくて、普通に聞けばいいだろ。わざわざ仕事をする必要はない。金が必要だったら俺が用意する」
「それが嫌だって言ってるんじゃない」
「お前の夢だろ」
「ナルは勝手よ!!」
「俺はお前の夢を叶える為に」
「私の事なんて気にしなくていいわよ。もしこの店がある事がそんなりナルを気を使わせてるんだったら、売ってしまってもいいのよ」
セオドアさんの守ってきた店を売る?
そんな事を考えていたのか!
思わず手を振り上げる。
メリッサは目を閉じずに、俺の事を睨んでいる。
セオドアさんと同じグレイの瞳で見られると、自然に手が止まってしまう。
今、俺何しようとしていた?
何かを言わなくてはいけない。
けど、何を言ったらいいか分からなくて、俺は振り上げた腕を下ろす事しか出来なかった。
「ナルが止まって良かった。朝から拘束魔法は疲れるから、使いたくなかったんだ」
イーサンがいつの間にか構えていた杖をテーブルに置いた。
その言葉に俺は大人しく座った。
「ま、まあとりあえず飯でも食え。お腹が減ると碌でもない事ばかり言ってしまうからな」
「今日も私が店番してるから、ナルは外に出てていいわよ」
「だが」
ギルドへと納品するポーションの数はまだ足りていない。
「私だって店番しながらポーション作りぐらい出来るわ。ナルは昨日作った分をギルドに持っていったら、3時まで休暇。店長命令よ」
そう言われてしまうと、雇われている俺は何も言えなかった。
「ナル、心配なら今日はダンジョンに行かないで、俺がメリッサちゃんと店番しとくよ」
「私もギルドに顔を出そうと思っていたからついてこい」
二人に諭すように言われてしまい、反抗する気も起きなかった。
最悪な空気なまま一言も喋らず、食器を片付ける暇もなく店から追い出される。
ちくしょう。
何で上手くいかないんだ。