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連れてきたのはココの店だ。
ギルドで少し時間を潰したが、まだまだお昼の時間帯だから客はボチボチ入っていた。
「「いらっしゃいませ」」
元気の良いココと親父が声をかけてくる。
軽く手を上げてから、空いている席に勝手に座る。
「へえー、こういう店初めて来たな。庶民って感じだな」
声を潜めているつもりなのに全く潜めていない声が、店内中に響き渡り、一斉に客の視線が突き刺さる。
俺はとりあえずマックスの頭を思いっきり殴っておいた。
「いきなり殴るなよ、ナル」
「うるせえ、静かにしろ」
何で殴られたのか分からないというように、疑問の顔のままマックスは俺の向かいに座った。
ココがチョコチョコとやってきて、水を俺達の前に置いてくれる。
マックスの前に出された水は、俺の半分くらいの量しか入ってない気がするが、きっと気の所為だろう。
マックスは首を傾げたあとに一気に飲み干す。
「今日の日替りは魔魚のフライとジンジャーポークのどちらかになります」
俺は魔魚のフライを選び、マックスはジンジャーポークを選んだ。
心なしか、いつも穏やかなココの背中も怒っているように感じた。
「で、何でマックスがここに居るんだ?騎士団の仕事はどうした?」
マックスは俺と違って貴族の次男坊で、苦労もせずに就職も城の騎士団配属で決まった。
確か第二騎士団だと言っていた筈。
第二は王都近郊の治安維持が主な仕事だったはず。
なのに、配属されて二年目の新人が3日以上も休暇なんてとれるのか?
そんなにマックスが優秀だったとは思えない。
「ああ、仕事な。実は先週騎士隊長に呼ばれてな。お前はこの小さな騎士団に収まるような奴ではない。もっと広い世界を見て来いと言われて、いきなり休暇になったんだ」
誇らしげにマックスは言うが、俺は思わず顔を顰めた。
それは実質クビ宣言だろう。
「親は何も言ってなかったのか?」
確か父親も部隊は違ったが騎士団に居ると言っていただろう。
息子が理由もなくクビになって反論しない訳ないだろう。
「ああ。親父は困ったような顔をしていたな。でも、広い世界を見た方がお前の為になる。ぜひ、王都と領地以外の世界も見てこいって言ってたな。一旗上げてまた大きくなったら戻ってこいってさ。さすが親父だよな」
それは実質の絶縁宣言ではないのか?
実家に帰ってきてもらっても困るから、どっかへ行けって事だろう。
一旗って何だよ。
戦争も終わって平和なこの国のどこで、体力しか取り柄のない奴が一旗上げるんだよ。
しかも、生活力皆無のこの男を野放しにするだなんて、野垂れ死ねっていうのと同じじゃないか。
「一体何をしたんだよ、お前は」
頭を抱えているうちにココが日替りを持ってきてくれた。
ああ、今日もご飯が美味しい。
マックスも一口ポークジンジャーを食ってからは、無言で食べ続けている。
気に入ったようだ。
その勢いにココは若干引いている。
「ナルさん。この人初めて見たんですけど、お友達なんですか?」
「違う。ただの顔見知りだ」
ココの言葉に即座に訂正する。
「そ、そうですか」
そして「うまい、おかわり」と吠えていた。
その姿に親父は頷いている。
どうやら豪快に食べるマックスの様子に庶民と馬鹿にされた事は忘れたようだ。
ココがすかさず空になったグラスに水を入れて、お代わりを持ってくる。
「ありがとうな。こんな小さいのに店を手伝ってるなんて偉いな」
マックスが言うとココが照れたように笑った。
「こいつ、危険だからあまり近づくなよ」
「まさかナル、この子の事……手を出すならもうちょっと成長してからにしろよ」
マックスの言葉にまた調理場に居る親父の機嫌が悪くなったのが分かった。
違う、ごかいだ。
俺はマックスの足を蹴ってやってから、親父に向かって首を振る。
ココはまだ14歳だ。
そんな対象な訳ないだろう。
「いてえな。その、すぐに手が出る癖止めた方がいいぞ。聞いたぞ、ナルの薬屋儲かってないらしいじゃんか。やっぱ客商売は愛想だろ」
ミラか。
お喋りな奴だな。
「いいんだよ。薬屋が儲かったら不健康な奴が多いって事だろ。健康な奴が多いって事でいい事じゃないか」
「そうか、その通りだ」
「で、マックスはこれからどうするんだ?この町に居るのか?」
「その事なんだが、もう金が無いんだ。何か仕事とかあるか?」
「ない」
「ありますよ」
ココがあっさりと言う。
驚いた。
人があまり移動しないこの町で、ぽっと来たマックスがつける仕事なんてあるのか?
「本当か、少女。どんな仕事だ」
「冒険者ですよ」
キラキラとした目でココが告げた言葉に脱力した。
何だよ、冒険者って仕事なのかよ。
「魔物を倒したりしてお金を貰うんですよ。お兄さん強そうだし、絶対に向いてますよ」
「そうだな。王都にも有名な冒険者は居るし、上手く手柄を取れば爵位だって手に入る。親父も喜ぶだろうな」
「あ、でも武器とか必要ですけどお金無いんでしたっけ?」
「武器ならあるぞ」
マックスが収納袋から取り出そうとした剣の柄に、王家の紋章が入っている事に気付きギョッとする。
「武器なんか食堂で出すな」
慌てて仕舞わせる。
「それ外で絶対に出すな」
「ああ?」
俺はココに聞こえないように小声で言う。
「紋章の入った支給品なんか持ってたら、経歴詐称で捕まるぞ。何で騎士団を辞めた時に返してないんだ」
「何言ってるんだ、ナル。俺は騎士団を辞めた訳ではない」
駄目だ。
分かってない。
「いいから、武器は他のを使え」
「わかったよ。ナルがそこまで言うなら、兄貴に貰った別の剣があるからな」
ふう、何でこいつは常識が無いんだ。
俺は恐ろしい事に気が付いた。
「マックス、お前金が無いって事は、今日の宿は」
「ない、ナルの家に」
「無理だ」
全部言う前に断る。
「薄情者。俺たち友達だろ」
服を掴んで揺さぶってくるが、俺にだって譲れない事もある。
平和に暮らしている俺の生活圏を侵食しないで欲しい。
そもそも、友達になった覚えはない。
「ギルドって、確か新人冒険者の為に三ヶ月寮を貸すってあったので、そこに入ればいいのでは?」
「賢いな少女。じゃあ飯食い終わったらギルドに戻るか。なあ、ナル」
俺も一緒に行くのかよ。