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「どうしたんだ、ボニー?今日は友人と会うからと、休みをもらったんじゃないのか?全く、真面目に仕事をしている私を呼び出すなんて、余程の事だろうな」
仕事中だったが、シビルに無理を言ってイーサンを呼び出して貰った。
店の裏手の人気のない茂みの近くに、俺たちは見つからないように待機している。
ボニーが逃げたとしても、すぐ拘束出来るように。
マックスに拘束されたボニーを見てシビルは事情を察したのだろう、すぐにイーサンを呼んでくれた。
仕事中だったからか似合わない黒服姿のイーサンが、相変わらず偉そうに、だが俺たちには見せないような優しい顔でボニーに話しかける。
ボニーは微笑む。
「イーサン、私住んでた町に帰る事になったの」
「え」
いきなりの事に驚いたのか、イーサンが変な声を上げる。
「ま、待ってくれ。私達は一緒に暮らすんじゃなかったのか?」
「事情が変わったのよ」
「事情とは?妹の病気が悪化したのか?金だっていくらでも出してやる。私は貴族だからな。パパだって私がお願いすれば、頼みは断れないはずだ。それで、腕のいい神官を雇って」
イーサンがまくしたてるように言う。
妹さんが病気だったのか?
神官に頼むと凄い金がかかる。
そもそも神官は貴族を優先的に見ていく。
平民である女の妹の診察をするのには、遅い順番にされ、かなり待つだろう。
だから男の指示に従っていたのだろうか?
それも嘘なのだろうか?
俺はこの女の事なんて何一つ知らない。
女は静かに首を振る。
「本当は今度ある祭りでプロポーズをするつもりだったんだが、今言う。好きだ、私の妻になってほしい」
イーサンが、こんなに必死になっている所なんて見た事ない。
必死なイーサンに、ボニーは首を振る。
「私で出来る事だったら何でもしてやる、だから」
「ごめんね、イーサン。私好きな人が居るの」
その言葉にイーサンは固まる。
「……私の事が好きだって言っただろ?」
「もしかして本気にしてたの?それぐらいの軽い嘘、だれだってつくでしょ?私が好きなのは、イーサンよりもカッコよくてお金持ちの人なんだよ。その人がもう帰ってきてほしいって。だから帰るの。もう会わない。今日はお別れだけ言おうと思ってたの」
「……そうか」
「うん、じゃあね」
諦めたのかイーサンは女を追ってこなかった。
ボニーは俺たちと合流した。
「ありがとう。怪我したばかりだっていうのに」
「ううん。私も気になっていたから」
二度と会えないかは分からないが、ボニーにはイーサンを綺麗に振ってもらった。
もし事実を知ったら、イーサンはボニーを助けるだろう。貴族であるイーサンが証言すれば、助ける事なんて簡単だろう。パパに手を回して、無かった事にもしそうだ。しかし、ボニーは罰をのぞんでいる。
ボニーが女の腕を拘束しなおす。
そしてギルドの裏口へと連れていく。
ギルドは中央ともすぐに連絡がとれるし、暴れる冒険者を拘束出来る部屋もあるから、罪人を置いておくには丁度いいからだ。
連絡を入れていたからか、スムーズに憲兵に女を引き渡す。
そして、表へと案内される。
夜だというのにギルドは騒がしかった。
ロレッタ嬢がクリスに引っ付いていて、それをメンバーの女達が引き剥がそうとしている。
「これは一体どういう事だ?」
「マックス、お帰り」
クリスに抱きついたままロレッタ嬢が答える。
クリスの顔は心無しかげっそりとしている。
いい気味だ。
「ナルさん、お疲れ様です」
深夜なのにまだ働いていたのか、エリンが俺に声をかけてくれる。
「あ、ああ。何でクリス達がここに居るんだ?」
マックスに目で言うが、何も言わない。
こいつ、俺がクリスの事嫌いだって知ってたから黙ってたな。
答えてくれたのはエリンだった。
「ロレッタ様が言うには、逃げたガイラー男爵を取り押さえるのを、偶然手伝ってくれたそうです」
マックスは、ロレッタ嬢の興味ががクリスにうつって、とても嬉しそうだ。
「マックス、戻ったのか。用事は終わったのか?」
「ああ」
「マックス、私達の婚約は無かった事にしよう」
「わかった」
「悪かったな。私は新しい運命に出会ってしまったのだ」
まさかのクリスかよ。
確かにクリスは公爵家の次男だったはず。
身分的にもマックスより全然高い。
「ロレッタが運命に出会えた事を、嬉しく思う」
本当に嬉しそうにマックスが言う。
「ちょ、僕は婚約なんて」
「そうよ、女。いきなり現れてクリスの婚約者になろうだなんて、図々しいわよ!」
「そうなのか?私は身分も釣り合うし丁度いいと思うが」
「決闘よ、決闘!」
メンバーの一人が剣を抜き、ロレッタ嬢も真似をして剣を抜き始め、争いはピークを迎えている。
モテる男は大変だな。
クリスは何とか逃げ出そうとしているが、騎士として鍛えているロレッタ嬢の腕はがっちりと捕まっていて解けそうになさそうだ。
それにマックスをここまで追いかけてくるぐらいだ。
クリスを早く結婚させて、冒険者などやめさせてくれれば、俺にとっても嬉しい。
是非ロレッタ嬢には頑張ってほしい所だ
「す、すいません、ここはギルドなので刃物は」
エリンが慌てて注意をするが、聞いている人は誰も居ない。
むしろ、どちらが勝つかで周りは賭け事を始めている。
可哀想だが、この争いを収めるのもギルドの受付嬢の仕事だ。
俺とマックスは騒がしいギルドをこっそりと後にした。
エリンには後で何か甘いものでも差し入れよう。