15
なんでロレッタ嬢がここに居るんだ?
しかも来た時と同じように騎士服を着て、帯剣までしている。
「もう少し愛しの婚約者殿を様子を見ていたかったが、ちょうどいいタイミングだったみたいだ」
ロレッタ嬢は俺とマックスを見て、いつものように爽やかにニコリと笑った。
げ、マックスの野郎、全然まけてないじゃんか。
もしかして最初からつけられていて、わざと泳がされてたんじゃないのか?
マックスを見ると、さっきまでの威勢は消えて、ガタガタと怯えている。
使い物にならないな。
「まさか、貴様が第三騎士団副団長のロレッタ=ソーヤーか!?」
「ふむ、私の事を知っていて逃げていた訳ではないのか」
「……逃げる?」
思わず口に出してしまったのが聞こえてしまったのか、頷き返されてしまう。
そこで漸く俺たちが居る事に気づいたガイラー男爵が、驚いたような顔をする。
「その男の領地では、以前から領民が減っている事が問題になっていたのさ。流行り病が流行ったとか災害の被害を受けたと報告されていたが、領民からの訴えがあってな。私は調査を任されていたのさ。そして、調査の結果この男が他国との商人と、巨大な獣と称した何かを、何度も取引をしている事が分かった。さらに、最近では領民が減った事を誤魔化そうと、他の領地から盗賊に見せかけて人を攫ってるんじゃないかという疑いもあった。そんな人物が自分の領地から離れたんだ。監視がついているに決まってるじゃないか」
調査していたのか。
さすが城の騎士団だな。
マックスに会いに来たのは、調査の口実だったのか。
「まあ、婚約者に会いたかったというのも本当だ」
本当なのかよ。
「証拠は、証拠はあるのかっ」
焦ったようにガイラー男爵が言う。
「無いさ」
無いのかよ。
その言葉にガイラー男爵は勢いづく。
「なら、俺を捕まえる事は出来ないな」
「ん?何故だ?」
「だって証拠がないんだろう?」
「証拠は無いが、お前は今私の前で自白をしてくれただろう?」
その言葉にガイラー男爵は、顔が青くなる。
「それは、ちょっと酔っていて。酒の席での冗談だ」
「ん?私には全く冗談には聞こえなかったな。婚約者殿とナル君は、どう思う?」
いきなり話を振られても困る。
マックスは魂が抜けたかのように、何度も首を上下に振っている。
同じく俺も頷いた。
「ほら、一緒に聞いていた二人も冗談だとは到底思えなかったと言っている。それに知っているか?騎士団でも上の位になると、証言だけで逮捕が出来る程信用されているんだ。証拠なんて、取り調べをしている間に探せばいい。まあ違っていたら謝罪くらいはしよう。しかし、そのように平民を物のように扱うという発言をしたという事だけで、君の信用は落ちるだろうね」
ロレッタ嬢がガイラー男爵へ一歩近づくと、ガイラー男爵は隣に居た女を盾にする。
「近づくな、この女がどうなってもいいのか?」
「その女は君の協力者だろう?しかも君の言うところのただの平民だ。どうなってもいいと思わないのか?」
ロレッタ嬢の言葉に男は錯乱したように、ボニーをロレッタ嬢に向けて投げる。
ロレッタ嬢が慌てて受け止めようと女へと手を伸ばそうとするが、距離が長い。
ボニーにロレッタ嬢が気がとられている間に、男が何か呪文を唱え始めているのが見える。
ヤバい、何か魔法を発動する気だ。
ロレッタ嬢の腕より早く放った不可視の魔法は、ボニーを切り刻みながらロレッタ嬢へと向かっていく。
「きゃあああ」
切り刻まれたボニーは叫び声を上げる。
「くっ」
ロレッタ嬢は難なく防御した。
俺はテーブルをひっくり返し防御すると、すぐに風でテーブルが傷ついた。
ボニーは血まみれで床へと倒れ込んだ。
「くそ、間に合わなかったか。大丈夫か?」
女は息があるようだが、切られた数が多い。
ロレッタ嬢が女を助け起こそうとしている間にガイラー男爵は、ドアから出ていった。
くそっ。
「ロレッタ嬢、俺が彼女を見ます。応急処置でしたらできます」
「しかし」
逡巡しているようだが、あの男を野放しにする方がヤバい。
顔見知りの女ですら自分が逃げる為に容赦なく魔法を打ち込むような男だ。
他の人が人質にとられたらマズイ。
「こんな傷だらけではこの女も抵抗できないでしょう。それより、騎士様はこの町の為にもあの男を」
隠れていたマスターも援護してくれる。
「……頼んだ」
少し迷ってからロレッタ嬢はガイラー男爵を追いかけて出て行った。
俺はボケっとしているマックスを小突き、正気に戻させてから、ロレッタ嬢と一緒に行ってもらうように言った。
そして、テーブルから出て応急処置を始める。
あまり威力がなかったからか、深い傷はそんなにない。
俺はいつも身につけているバッグから血止めの薬草をしいてから包帯で巻く。
マスターが水を持ってきてくれたりする。
ある程度手当をしてから、応急用のポーションを無理やり飲ませようとするが、女は飲もうとしない。
命は危険ではないが、処置は早い方が傷の跡が残りづらくなる。
さっさと飲んで欲しいのに、女は口を開かない。
「もういいの。私はあいつの言う通りに汚れてるの。自分を助ける為に他人を売ったわ」
この女の過去など知らないから俺はこの女を裁く事なんて出来ないが、それは、きっと死にたくなる程苦痛な事なんだろう。
それでも、俺には関係がない。
「悔いてるんだったら、あいつの悪事を証言しろ。まだ助かる奴もいるかもしれないんだぞ」
女はハッとしたように俺を見る。
「それに、あんたには頼みたい事もあるんだ」
俺の頼みを聞いた女は薄く笑ってから、やっとポーションを飲んでくれた。