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「この町の印象はどうですか?」
徐ろにギルド長が、男へと声をかける。
ボニーという女とベタベタしていたガイラー男爵は、やんわりと女を押しのけてから、真面目そうな顔をして答える。
きちんと公私は分けるんだな、一応。
「初めて来ましたが、いい所ですね。正直最初は期待してなかったんですよ。ダックウィードの町と言えば、私が生まれる前は盛り上がっていて今は衰退していると聞いていましたが、その噂は嘘だったみたいですね」
ダンジョンが出来て200年以上は経つ。
その間に少しずつ衰退していっているのは、本当の事だからな。
「今の期間だけですよ。普段はおっしゃる通りの、寂れた町です」
「そうですか?冒険者も初めて活動をするには、必ずこの町を選んでいると聞いています」
「危険が少ないですからね」
ガイラー男爵が本心から言っているのか、ギルド長を持ち上げているのか分からないな。
当たり障りがなさすぎて。
「それに、いい人材が揃っている」
「人材ですか?」
「この店のサービスも素晴らしいし。それに王都でのルスットゥル商会の騒ぎを、いち早く対処に動いたのも、この町のギルドだと聞いています。知り合いにも、ルスットゥル商会のポーションを買った者がおりまして。原因が分からなかったんですが、ギルドのおかげで助かったと言っていましたよ。あなたですよね?」
全部ギルド長の手柄になっている。
いや、でもしがない薬屋が目立った所で仕方がないからな。
王都に知らせるだなんて、俺には思いつかなかっただろうし。
「たまたま運が良かったのでしょう」
「ご謙遜を。僕はこの町の為だったら、いくらか投資をしてもいいと思ってるよ。別荘でも買って、長期で滞在してもいいくらいには、君の事も気に入っている」
「土地でしたら、ルスットゥル商会の跡地がありますよ。大通りに面した一等地ですが、不吉で借りてが中々いないので、お安くお貸しします」
「はは、本当に商売上手だな」
「寂れた町のギルドは、こうやって慈悲にすがらないとやっていけないのですよ」
その後しばし無言になってから、グラスの置かれる音がした。
お互いに、同じタイミングで酒を飲んだのだろう。
「ねえ、難しい話しばかりじゃつまらないわ」
「そうだね。じゃあ君の事が聞きたいな」
「えー、私はガイラー男爵様の事が聞きたい」
その後は二人のいちゃついている会話に、時々ギルド長が頷いている会話が続いている。
その間に、エリンは机に突っ伏してしまっている。
酔っ払って眠くなったのだろう。
仕事も忙しいようだし、無理に押し付けられて来たようなものだから、そっとしておこう。
黒服に言って毛布を貸してもらい、かけてやった。
「アディラはガイラー男爵の事、どう思う?」
「むかつく」
「それは分かってる」
アディラは悔しそうに言う。
「当たり障りがないとしか言いようが無いわ。貴族の受け答えとしては文句は無いけど。あいつがココちゃんにアタックしてるって本当なの?指輪はしてないみたいだけど」
「親父曰く本当らしい。愛人ではなく、妻にしたいと言っているらしい」
じゃなきゃ金を払ってまで、俺に頼まないだろう。
最近貴族の中でも、平民を妻にする事は少なくはない。
「でもあの男は止めた方が、私はいいと思うけどね」
「理由があるのか?」
「女に対して手慣れすぎてる気がする。貴族って男も女も貞操を重んじる傾向があるじゃない?だから女の人がベタベタと触ってくると避けるか、やんわりと嗜める事が多いわ。それが無いという事は、貴族としたら失格ね。遊び回っている証拠よ」
イーサンやマックスが花町に出入りするとしても、ただ酒を飲んでいるだけで、花を買う事はないし、プロの居る店しか行かない。
プロの店は、守秘義務やら規則もきちんとしている。
逆に、この店は酒を気持ちよく飲んでもらう為の店であって、体を売るか売らないかは個人の裁量に任されているアバウト加減。
つまり、やるのは自由、責任は自分でとれという事だ。
「愛人にするにしてはココちゃんは若すぎるし、あの男の趣味は十分に分かったわ」
まあ、巨乳の女の子ばかりがテーブルについてるからな。
「つまり、ココに本気でアプローチしている訳ではないと」
「そうでしょうね」
じゃあ何でだ?
しがない町の定食屋の娘を、わざわざ口説くなんて。
ココは遊びで手を出してもいい子では、決してない。
「それにこの町に別荘を建てるだなんて。バルト伯爵は良い顔しないんじゃない?一応自分の領地に別荘とはいえ、貴族を住まわせるだなんて。店を出すのとは違うのよ」
俺はイーサンに椅子にされていた、バルト伯爵の息子の顔を思い出す。
あのぼんくら息子だったら、金を積まれたら了承しそうな気もするが。
「良く分からないが、早く自分の領地に帰ってほしいな」
「あら、ナルがそんな事言うの珍しいわね。漸くこの町に染まって来たの?」
冗談言うな。
これと、俺がこの町に染まるかどうかは、話が別だ。
俺はじゃれついてきたアディラを引き剥がす。
「ココは絶対に渡さん」
「過保護なお父さんね」
「うるさい」