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「なんか、こっちに来そうだな」
シビルが気を利かせて、俺たちの手前の席にしてくれたのだろう。
根回しがバッチリすぎる。
女が、ガイラー男爵を引っ張ってこっちに来るから、俺とエリンは見つからないように背をかがめた。
一応、変装をしている俺が入り口側にしておいた。
その時、ガイラー男爵の後をついていくギルド長と、はっきりと目が合ってしまった。
気の所為かと思ったが、口角を上げたのを見ると、絶対に気づかれたんだろうな。
エリンですら髪の毛の色が違うからか、最初は俺だと気づかなかったのに。
やっぱり食えない奴だな。
「大変お待たせしました」
そういえば黒服が、女の子を呼ぶと言っていたっけ。
やってきたのは、明らかに不機嫌って顔をしたアディラだった。
そして乱暴に持ってきた酒をテーブルに置いて、俺の隣に座った。
「……お前少し太った?」
なんていうか、頻繁に見かける丈の短いドレスが少しパツパツ気味じゃないか?
顔も心無しか丸くなったような。
「ナルさん!」
俺の言葉に、エリンが小さいながらも悲鳴のような声を上げた。
「……悪かったわね、太ったわよ!わざわざ言われなくても、私だって分かってるわよ!」
言うとエリンは、グラスに入っていた酒を一気に飲み干してから、通りかかった黒服に次の酒を要求している。
「お前の分は出さないからな」
「分かってるわよ、ナルがケチな事ぐらい。お金は私のお給料から引いておいてね」
慣れているのか、黒服は頷いてから酒を取りにいった。
どうやらあれからもやけ食いは続いていたらしい。
そりゃあんな食っちゃ寝してたら、太るだろうよ。
一応接客業だから、気にしているのだろう。
エリンが気まずそうに置いてある酒に手を伸ばした。
「お前、こっちのテーブルでいいのかよ」
指名率ナンバーワンのアディラは、貴族の接待だってお手の物の筈。
むしろ、あっちのテーブルでガイラー男爵を気分良くさせて、色々と話させてほしいぐらいだ。
「相手方から指名があったのよ。胸が大きな子がいいって」
そして対面に座っているエリンを見て、テーブルに突っ伏す。
「ナルも、ナルもなのね。女の子を連れてきたと思ったら。男って本当に体にしか興味がないのね」
なんて勘違いなんだ。
失礼だぞ。
確かにエリンは普段が目立たないから気づかれにくいけど、実は結構……って違う。
「な、ナルさんも胸の大きな女性が好きなんですか?さっきも凄いあの女の人を見てましたし」
せっかく打ち解けたエリンの視線が、厳しくなった。
「違う」
あれは女というより、ガイラー男爵を観察していたんだ。
ここに来たのはガイラー男爵の弱みを探る為なんだぞ。
何でどいつもこいつも、俺を巨乳好きにしたがるんだ。
確かにデカい胸には視線は行くが、初対面の男にベタベタと抱きつくような女は、どっちかというと苦手だ。
「私には嘘をつかなくてもいいのよ」
「ぼ、冒険者の方の中にも、ミラをそんな目で見てくる人が居ますが、ナルさんは違うと思ってました」
涙目で訴えるように言ってくる。
二人して何て嫌な絡み方をしてくるんだ。
もう酔っ払ってるのかよ。
よく見ればエリンの頬は、うっすらと赤くなっている。
弱いなら弱いって自己申告してくれよ。
俺は通りがかった黒服に水を持ってくるように頼んだ。
哀れみの目で見てくるなよ、くそっ。
「だから違うって言ってるだろ!俺は胸が大きくても小さくても、好きになったらどっちでも構わない派だ。エリンは背が高い男や年収が高い男だったら、誰でもいいのか?」
俺の言葉に疑いが晴れたのか、エリンは納得したかのように頷いた。
「それよりも後ろの会話だ」
今日はその為に来たんだ。
定食屋の一週間分のタダ券がかかってるんだ。
前の席は和やかに話しが進んでいるようだ。
黒服から水を受け取る際にこっそりとのぞきこむと、あの女はガイラー男爵に寄りかかって、ベタベタとしている。
ガイラー男爵は苦笑しながらも、強く止めていない。
あの女がタイプだっていうなら、ココとは遠い気がする。
覗き込んだアディラの手の中のグラスが、嫌な音を立てた。
いや、本当に頼むから落ち着いてくれ。
バレたらおしまいだからな。
そこに見知った顔が通り過ぎていった。
イーサンだ。
「ご注文の物をお持ちしました」
「ありがとう」
ガイラー男爵はイーサンの顔を知らなかったのか、黒服に対するように接している。
それとも気づいてないのか?
というかその後も酒を置いている。
イーサンが爵位の低いガイラー男爵に命令されても、真面目に受け答えするだなんて。
感動する。
普段だったらキレてもおかしくないのに。
真面目に仕事をすると言っていたのは本当だったのか。
「ありがとう、イーサン」
女がイーサンに向かって礼を言うと、イーサンが小さく笑った。
笑った。
あのイーサンが。
不機嫌を絵に描いたような男が。
確かにイーサンは巨乳好きだが、平民の女に礼を言われたぐらいで笑うだなんて、以前だったら考えられない。
「イーサンもボニーに夢中なのよ。今度同棲するとか言ってたわよ」
運命ってあの女かよ。
イーサンの女の趣味を疑う。
っていうか、自分の好きな女が他の男にベタベタしてるのは許せるのか?
仕事だと割り切ってるのか?
それとも貴族にとっては当たり前の感覚なのか?
俺だったら耐えられないだろう。