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8

 衝撃的な話を聞いてから、一夜が明けた。

 昨日イーサンが言っていた事は夢だったんじゃないかと思ったが、店中に張られた魔除けも、指輪も昨日置いた場所にあって、夢ではないと嫌でも知らされる。

 それでも日課はこなす。

 畑に水をやり、朝食の準備をする。

 昨日の話は嘘でした。ってチャイムが鳴るかと思ったが、誰も来なかった。

 久しぶりに、薬草の生育記録を書きながらの朝食をとった。

 最近適当だったから、きちんと書く。

 それでも時間が余ったから、目の覚めるハーブティーを入れて、一人でゆっくりと飲む。

 これだよ、これ。

 日常がやっと戻ってきた事を実感して、俺は歓喜した。

 ああ、何て快適で平穏な朝なのだろう。

 朝からマックスのうるさい声を聞く事もなく、イーサンの嫌味もない。

 あいつらの居ない平和な日常に、思わず鼻歌が出てしまうくらいだ。

 前と同じように、午前中は常連の相手をしながら研究を続ける。

 髪を染める液体の開発はいよいよ大詰めの、金色と銀色に挑戦している。鉱石を使った実験は上々で、人気である金色もようやく綺麗に出るようになった。大変順調。

 髪の毛を染めるという最初の趣旨から、色の数を増やすという事に目的が変わっているが、別に急ぎではないからいいのだ。

 昼ごはんも、一人静かにとる。

 そして、今日は買い出しに出かける。

 食料が少なくなっていたからだ。

 二人の朝食が無くなる分金が浮くから、少し贅沢をしようと心が勝手にワクワクする。

 ああ、懐かしい。

 毎日こうだったよな。

 今まで毎日決まった金額で三人分作る為に、わざわざ野菜のグレードを落としたり、マックスが持ってくる肉に合わせたものしか作れなかったが、今日からその心配もない。

 パン屋に行き、いつも通りに取ろうとして、おっと少なくていいんだと思い出し棚に戻し、いつものバゲットを二本と、贅沢にクルミの入ったパンを少量買う。

 いつもだったら、取った商品を戻すなんて事をしたら怒りそうなトビーが、カウンターで明後日の方向を見ながら、ため息をついている。

 せっかくいい気分なのに、暗い顔をしてるなんて。

 レジに持っていっても気づかない。

 いくら機嫌が良くても休憩時間は有限だから、いい加減に声をかけようとした所で、店の奥から奥さんが出てくる。


「こらっ、トビー。ナルさん来てるよ」

「ああ、何だナルか。いらっしゃい」


 俺の存在に今気づいたかのように、トビーが気のない返事をする。


「バカタレ、さっさと包みなさい」


 奥さんがげんこつを一発食らわせると、トビーはしぶしぶとパンを紙で包み始める。


「そうだ、これ親父に」


 俺は渡そうと思っていた湿布薬を奥さんに渡す。

 祭りの為に張り切っていて、腰が痛そうだって聞いたからな。


「いつもありがとうね。うちの人年に一回だからって張り切っちゃって。お代は」

「俺は祭りの手伝いが出来ないから、その分という事で」

「助かるわ」


 うん、俺も人助けが出来て気分がいい。

 ストレスの原因がなくなると、人に優しく出来るって本当なんだな。

 

「祭りなんて無くなればいい」


 パンを包み終えたトビーがボソッと言う。


「全く、この子は」

「どうしたんですか?」

「ここだけの話しよ。何でも祭りを見に来た貴族が、ココちゃんに一目惚れしたらしくてね。毎日アタックしているらしいのよ」

「は?」


 ココはまだ12歳だぞ。

 確かに貴族の結婚年齢は低いが、まだココは学園に通う年齢にならない子供だ。

 

「その話しを聞いたこの子が、昨日ココちゃんに確認に行ったみたいなんだけど、しつこく聞きすぎたのか喧嘩しちゃったみたいで」

「うるさいな、ナルなんかに言うなよ!」

「あんたが真面目に接客しないからでしょ」


 さすが母親は強い。

 強く怒られたトビーは不貞腐れている。


「ココはやっぱり、金持ちの方がいいんだろうか」


 平民にとって貴族に見初められるというのは、一種の憧れでもある。

 基本的に貴族は金持ちだしな。

 シビルの店に居る子の大半が、同じ思いだろう。


「まだそんな事言ってるのかい。メソメソしてないで、早く謝りにいきなさい」

「だってココすげー怒ってた」


 落ち込んでいる姿からは、いつもの生意気な感じはない。

 いつもこうだったら、大人しくていいのに。

 でも、俺は大人だから。今までの事を水に流してアドバイスをしてやる。


「大丈夫だ、ココはポッと来た貴族なんかに惚れたりなんかしないだろ。今まで仲良くやってきてたんだから、自信持てよ。そうだよ、お前もココに花でもプレゼントしてみたらどうだ?女は花とかプレゼントすると喜ぶぞ」


 ココはしっかりしてるし、貴族が来るなんて毎年の事だから分かっているだろう。

 可愛いココをまだ嫁に何か出してたまるか。 

 それに、あの親父が町からココを出す事なんて想像出来ない。

 元気づけるように言った俺に、トビーがこれみよがしにため息をいた。


「童貞にアドバイスされてもな」


 見下すように言われ、呆気にとられている間に、奥さんにお釣りを握らされ、店を出てから我に返る。

 誰だ、そんな不名誉な噂流したやつ。

 絶対犯人を捕まえて血祭りにあげるしかない。

 心の中で決心をしながら、店へと帰った。

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