7
時間に少し遅れました。
スミマセン。
初めてシビルの店の、2階に上がった。
女の子を買わない限りは2階には行かないからな。
その中でも奥の方へと、イーサンが進んでいくからついていく。
中は紙類でごちゃごちゃとしていた。床には書きかけの紙が散乱している。
相変わらずの汚さだ。
俺は学園の寮にあったイーサンの部屋を思い出した。
かろうじてベッドの上には何も置かれていないが、きっと時間の問題だろう。
学園に居た時は一ヶ月に一回大掃除していたが、まだそこまででもない。
三年の間に、少しは成長したらしい。
っていうか床に落ちてる紙、魔法陣の書きかけに見えるんだが。
俺は踏まないように避けながら、ついていく。
次に目に入るのは大量の本だ。
本人には何か順番があるらしいが、俺には適当に積んであるようにしか見えないが、とにかく大量だ。
本は元から高価なのにこんなにあるだなんて。
ダックウィードで買った訳ではなく、元々持っていたのを持ち込んだのだろう。
さすが貴族は容量の多いカバンを持っている。まさか。
「これは私物だよな?」
「当たり前だろ。何を寝ぼけた事を言ってるんだ?」
良かった。
マックスみたいに、城の備品を勝手に持ち出してる奴なんかいないか。
それにイーサンはどっちかというと潔癖な所があるからな。
「というか、朝来ないなら来ないで前日に言っておくとか、何か無いのか?」
イーサンに会ったら言おうと思っていた事を、ちょうどいいのでぶつけた。
「それは悪かった」
俺の予想とは違い、イーサンは素直に謝った。
てっきり「高貴な私の予定をお前が勝手に決めるな」とか「私の為の朝食を用意出来るだけ有り難く思え」ぐらい言うかと思ったのに、イーサンが謝った。
あのプライドが高く、平民なんてゴミと同じくらいにしか思っていないイーサンが、平民の俺に?
幻聴だろうか?
きっと働き過ぎたのだ。
じゃなければ、隕石でも落ちてくる前触れなんじゃないか?
「なんだその顔は?ブサイクな顔が、余計にブサイクになっているぞ」
良かった、いつも通りだった。
「で、話ってなんだ?」
わざわざ自分の部屋にまで呼ぶだなんて、珍しい。
完璧なイーサンは自分の部屋を人に見られるのを嫌がる。
本人も汚いと自覚しているようで何よりだ。
イーサンはバツが悪そうに視線を上に向けてから、思い出したように言う。
何か挙動がおかしくないか?
「そういえばロレッタ嬢から伝言があった」
「ロレッタ嬢?」
はて、接点が無いぞ?
「滞在中はマックスの朝食の準備は不要との事だ。まあ久しぶりの婚約者との逢瀬だ。ナルは寂しいかもしれないが、仕方ないだろう」
仕方ないって、俺がマックスの為に喜んで朝食を用意してるみたいに言うな。
仕方なくだ、仕方なく俺が用意してやっていたんだ。
来ないなら来ない方がいいに決まってるだろ。
「ロレッタ嬢に会ったのか?」
「ああ。マックスを引きずって、昨日店に来た」
いや、女性が来る店じゃないだろう。
「マックスが世話になってるからと、笑顔で金を使っていった。ほとんどの女性が彼女に夢中になっていて、テーブルに誰がつくかで揉めていたのを仲裁しに行ったんだ。私が居た事に大層驚いていたな」
うわっ、マックスの話は本当だったんだな。
確かに女性で騎士だし優しいから
あれ、それよりも。
「朝に会っただろう?」
俺は入りたくなかったが、あの断末魔があった部屋に、イーサンは居たはず。
「マックスしか目に入ってなかったんだろう」
目線を反らし、歯切れ悪くイーサンが言う。
一体あの部屋で何があったんだ。
いや、聞きたくない。
「今日は、二人で魔物狩りデートに行くと言っていた」
さすが騎士だ。
デートまで通常の人とは違う。
「それとな、私も明日からは朝ナルの家に行けない」
漸く自立する事を考えてくれたのか、嬉しい限りだ。
「それは平気だが、仕事が忙しいのか?」
「実は結婚を考えている女性が居る」
は?
血痕?
なんだ、誰かイーサンの機嫌でも悪くしたのか?
「誰かを殺るのならば俺とは関係のない所でしてくれ。むしろこの町でするな」
「何を言ってるんだ、ナル。結婚だ結婚。今付き合ってる女性が居てな。平民なんだがとても美人で同棲しようという話が出ているんだ。その彼女が朝食も作ってくれるようだから、朝食はいらない」
「お、俺が知らない間にいつの間に?いつ会ったんだ?」
「つい一週間ほど前だ」
「い、一週間前?お前、一週間前に会ってすぐに結婚だなんて、さすがに早すぎじゃないか?」
「付き合った長さなど関係ないだろう?彼女と会ったのは運命だったんだ。いずれ結ばれるのに月日の長さなど関係ないだろう」
おかしいだろう。
いや、貴族だったら普通なのか?
こいつの普通が分からん。
「思えば私は今まで何でも人より出来過ぎてしまうから、人を見下して真面目に働く事をしてこなかった。何故出来ないのか分からなかったしな。しかし間違っていた。守る者が出来るというのは、このような気持ちになるんだな。これからは真面目に働き、お前にも迷惑をかけないようにしようと思う」
言っている事は正しい。
正しいが、イーサンが言っているという事がおかしい。
「お、おう」
「じゃあ、話は終わりだ。部屋の片付けの途中っだったから、さっさと出て行ってくれ」
自分から呼んだ癖に、追い出されるようにイーサンの部屋から俺は出た。
そして、帰って速攻魔除けの札を店中に張った。
何か嫌な事がおきそうだ。
ついでに祠で貰った指輪も飾る。
そして祈った。
どうか平和が続きますようにと