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エリンから渡された手紙をマックスが受け取った。
マックスのようにギルドの寮に住んでいたり、定宿が決まっていない冒険者に、ギルドが代わりに手紙を預かる事がある。
「一応受け取りのサインをください」
「あいよ」
サラサラとサインをしてから、マックスは躊躇いもなく封を開ける。
「珍しいな、親父からかな?」
「親と連絡とってるのか?」
「ああ。王都を離れる時に、どこに居るのかだけは連絡してくれって言われてるんだ。根回しが大変だからとか、良く分からない事言ってたけどな」
それはお前が何かやらかした時に、尻拭いをする為じゃないか?
父親って大変だな。
まあ俺の家族は俺が村から出て行っても、心配なんてしていなかったが。
手紙の文面を読んでいる内に、マックスの顔色が悪くなってくる。
いつも飄々としているマックスの顔色が悪くなるだなんて、一体何が書いてあるんだ?
「み、み、み、み、ミラ。何か、長期でこの町を離れる護衛依頼とかないか?」
「どうしたの、マックス?護衛依頼から、今帰ってきたばかりじゃない」
明らかに挙動不審なマックスの様子に、ミラが不審な目を向ける。
「な、な、な、何でもいいんだ。とにかく飯が出れば、どんな安い依頼でも受ける」
「駄目よ、ちゃんと休まないと。いくらマックスが鍛えていて疲れてないって言っても体は疲れてる事もあるんだから」
「わ、わ、わ、分かった。なら、俺は当分この町から離れて隣町に行く。緑光石が足りないって言ってただろ?取りに行ってくる。ナル、という訳でしばらく飯はいらない。じゃあな」
「待ってよ、依頼から帰ってきたらご飯行こうって言ってたじゃない」
げ、マックスとミラって、二人で出掛けるような仲なのかよ。
「ご、ご、ごめん、ミラ。埋め合わせはする。でも、今はこの町から早く離れないと」
マックスがギルドから出ていこうとした所で、ギルドのドアが荒々しく開かれる。
「……遅かった」
入ってきたのは一人の女性だった。
マックスが着ていたような騎士服を着て堂々と歩く姿に、ギルド中の目が集まる。
しかし、注目を集めるのなんて慣れてるとでも言うように、彼女は歩みを止めない。
マックスと同じ北の領地から来たのか、この町では珍しい真っ黒な長い髪に、燃えるような赤い瞳。
女はマックスを見つけると、口角を上げ、ズンズンと近づいてくる。
「やあやあ、私が来ると知って出迎えてくれるだなんて、マックスも一端の紳士になったようだな」
「な、な、な、何で手紙には2日前に王都を出るって……」
顔色の悪いマックスは、どもりながらも女に聞く。
王都からダックウィードの町までは馬車で3日もかかる。
「ああ、馬で寝ずに飛ばしてきたからな。久しぶりにいい運動になったよ」
「嘘だろ!!」
「会いたかったよ、婚約者殿」
「「婚約者!?」」
女性の発した言葉に、俺はここ何年かで一番驚いた。
それは俺だけじゃなかったようで、ミラも同じように叫び、エリンも珍しく目を見開き、驚きをあらわしている。
固まっている俺たちをよそに、女性はマックスに向かって話し続ける。
「マックスが騎士団を辞めて、王都を去ったと聞いた時には驚いたよ。すぐにでも会いたかったんだが、いかんせん雁字搦めのこの身が恨めしい」
女性がオーバーリアクションで嘆く。
北の方の住人ってマックスのようになるのだろうか?
脳内の要注意リストに北の辺境をメモる。
「ロレッタには関係ないだろ。それに辞めたんじゃない、広い世界を見てこいって言われたから、従っているだけだ」
まだクビになったって気づいてないのかよ。
「それに、何でここに居るって知ってるんだよ。ここは父上にしか」
「ああ、そんな事か。夫人が教えてくれたのさ」
「母上め」
親とも親交があるって事は、つまりそういう事なんだろうか?
それにしては、学園時代にもマックスに婚約者が居るだなんて聞いた事なかったな。
それに花街に誘ってもいた。
婚約者が居るっていうのに……こいつ最低だな。
「マックスさん、婚約者が居たの?」
ミラの呼び方が呼び捨てから、さん付けに変わっている。
しかも笑顔なのに目が全く笑ってない。
怖っ。
「ち、ち、ち、違う。俺は承諾していない」
「冷たい事言うなよ、マックス。私の事を傷物にしておいて」
傷物!?
何やらかしてんだこいつ。
この女性、明らかに貴族だろ。
平民と違って貴族にとって純潔は結婚までとっておく大切なものだ。
それを奪っておいて放置するだなんて。
「マックスさん婚約者が居ながら、私をデートに誘うだなんて。私の事は遊びだったの?」
「み、ミラ、違う」
マックスが弁解しようとするが、クズ男の発言にしか聞こえない。
泣き出したミラの背中を、エリンが慰めるように擦る。
「マックス、愛妾を持つのは構わないが、私との結婚後にしてくれないか?」
「だから、違う」
確かに貴族の中には平民の愛妾を囲う奴も居る。
領主もそうだったしな。
でも、マックスがそうだとは思わなかった。
「最低だな」
ボソリと思わず口から出ていた。
「ち、違う、ナル」
縋るように俺を見てくるが、冷たい視線で返す。
「君がナル君か。学園時代マックスのルームメイトだったんだってな。今度ゆっくり話そう」
「はあ」
勝手に手をとられ上下にブンブンと振られた俺は、生返事で返す。
随分とパワフルな人だ。
「とりあえず、この町に滞在しようと思っているから、マックス案内を頼む」
「イヤだ、ナル」
最低な奴に差し伸べる手なんてある訳ない。
「いってこい、マックス」
「助けてーーー!」
マックスをズルズルと引きずりながら、嵐のような女性はギルドから出ていった。
残されたのは泣いているミラと、傍観していた冒険者達だけだ。
一体この空気をどうしろっていうんだ。
「何かあったのかい?」
空気を読まずにギルド長が来てくれた事に、心の底からホッとした。