13
俺より先に声を上げたのはエリンだった。
隣でミラも驚いたような顔をしている。
というか、エリンって大きな声も出せたんだな。
こんな状況なのに、俺は感心していた。
「ナルさんは、誠実な人です。それは、少し言い方とかキツイかもしれませんけど、薬を作る事に対しては真摯です。それに、今も緊急事態という事で、わざわざ来てくれてます。そのおかげで、貴方達も助かったんですよね?」
エリンの指摘に、威勢の良かった冒険者は言葉に詰まった。
「それなのに、証拠も無いのに疑うなんて、いけないと思います」
最後の方は尻すぼみになりながらも、エリンが言ってくれた。
マックスが庇ってくれた時の、100倍以上嬉しかった。
「君は、受付嬢まで騙しているのか?」
だから、なんでそういう思考になる。
クリスは何が何でも俺を悪者にしたいようだな。
溜息しか出てこない。
呆れた様子が伝わってしまったのか、クリスが威圧を放ち始める。
まさかここで何かする気かよ。
「反省もないようだな。もう我慢出来ない。君にはこの町から出て行ってもらう。君のような不誠実な人をこの町に置いておく訳には行かない。素直に出ていかないのなら、少し痛い目を見てもらう」
そう言ってクリスが剣に手をかけようとする。
ふざけんなよ。
と言っても抵抗してもDランクの俺じゃあ、クリスに勝てる訳でもない。
だからといって店を離れる訳にも行かない。
どうすればいいんだ。
「一体何の騒ぎだ?」
空気をぶった切るように、医務室に入ってきたのは、ギルド長だった。
まだ若く、眼鏡をかけ30代くらいの細身で、普段は温和で怒る事も無いという。
王都のギルドでは、結構上のポジションに居たらしいが、1年前にダックウィードのギルドに赴任してきた。
いつの間にかミラの姿がなかった。
呼んできてくれたのか。たまには良いこともするじゃないか。
「ギルド長」
「ギルド内での私闘は禁止されている。Aランク冒険者であるクリス君なら知っているだろう」
「はい、すみません」
ギルド長の言葉に威圧が治まってホッとする。
「しかし、今回はポーションに毒を盛ったという事です。憲兵に突き出し、公正なる罰を与えるべきです」
「彼がやったという証拠はあるのか?」
「ですが、今この町でポーションを売っているのはナルしかいないです」
ギルド長はこれみよがしにため息をついた。
クリスの取り巻き達がいきり立つが、さすがにギルド長には何も言えずに黙っている。
「持ってきましたよ」
受付に取りに行っていたのか、ミラがポーションをギルド長に渡す。
「ありがとう、ミラ君。ところで、君が買ったポーションはこれかい?」
問われた冒険者は目を泳がせている。
「ぽ、ポーションの違いなんて、分かる訳ないだろ」
まあ、普通考えないよな。
「では、飲み終わった瓶はあるかい?」
「一応ある」
ポーションの瓶だって有限だ。
薬屋やギルドに空の瓶を持っていくと、いくらか返金されるシステムになっている。
冒険者の中では常識の事だ。
この冒険者も例外なく、飲み干したポーションの瓶を持っていたようだ。
「これがギルドが買い取ったポーションだ」
底にギルドのラベルがついている。
初めて知ったのか、冒険者達が驚いたような顔をしているが、知らなかったのだろうか?
「ナル君が販売するポーションには、瓶の底にギルドのラベルが貼ってある。全てにだ」
まあ瓶だってタダではない。
面倒だからダックウィードで売っているポーションは全て同じものを使っている。
他の町で買ったものを引き取った場合は、支給されているラベルを貼っている。
冒険者の持っていた瓶の底を見ると、ラベルは貼っていなかった。
つまり、飲んだものは俺の売ったポーションではないという事だ。
「何の保証もなしにギルドがポーションの販売契約をする訳ないだろう。それとも、ギルドの目が節穴だったとでも、君は言いたいのか?それなら利用しなくても結構だ」
冒険者は何も言えなくなった。
そもそも力のある冒険者だったら他の町に行っている。
この町に居る時点で、実力が無いか、移動出来ない訳があるかのどっちかだ。
それなのにギルドから締め出されたら、終わりだろう。
「それに、最近はナル君の薬屋以外にもポーションを販売している店はあるだろう?」
「ルスットゥル商会……ですね」
「ああ、知っているんじゃないか、クリス君。新しく出来た所で、まだうちでは取引はしていないがね」
「ギルド長が面会の予約を蹴ってて良かった」
ミラがボソッと言った言葉に上がった好感度は元に戻った。
「私もヒマではないんで、信用の無い商会とは付き合わないんだが、正解だったようだね。それに、ナル君の事は色々な人から話も聞いている」
「でしたら」
「でも、それとこれとは関係が無い。クリス君は、しっかりとした冒険者だと思っていたが、噂のみで人を判断するのだとは知らなかったな」
一体何を聞いているのか気になるが、とりあえずギルド長が味方になってくれて良かった。
「うちの冒険者が君の事を疑って申し訳ない」
ギルド長が謝罪をした事に、クリスや冒険者達はショックを受けたような顔をしている。
少しやり過ぎだろ。と思ったが言える空気ではない。
「ギルド長が謝る必要はないです」
俺が冒険者達に目を向けるが、目を反らしただけで何も返事をしなかった。
謝らなくてもいいが、ギルドへの印象は最悪だぞ。
それ程までに俺へ頭を下げたくないのか。
別にいいけど。
「図々しいと思うが、君に依頼をしたい。このポーションの解毒薬を作ってくれないか?」
嫌な顔をしたのがわかっているのに、ギルド長は引く様子はない。
「もちろんギルドからの依頼という事で、依頼料は出そう。出来た薬は、全てダックウィードのギルドが買い取るという契約だ。損にはならないだろう。それにシビルの店でも同じ症状の客が出たようだな。蔓延したら何度も呼ばれて困るだろう」
「ギルド長、何でそんな事知ってるんですか?」
「この町の情報はみんなで共有しているからね」
胡散臭い奴だな。
しかし、何度も呼ばれるのは確かに困る。
「……絶対に出来るという保証はないですが」
「もちろん。失敗しても違反にはしない」
「それなら受けます」
俺も冒険者登録しているから、指名依頼を断れないからな。
分かっていて出している辺り、本当にこのギルド長は食えない奴だよな。
「疑問は解決したかな。それなら病人以外は出て行ってくれないか?一応ここは医務室なんだ。それに、私もこれから領主に報告しないといけないからね」
その言葉にクリスを含めた冒険者たちは、ゾロゾロと出ていった。
「じゃあギルド長、俺は依頼があるので何日か店を閉めてもいいですか?」
「もちろん、ギルドにはポーションの在庫がまだまだあるからね。ナル君が何日か店を閉めたとしても、問題ないよ。あと、申し訳ないんだが、マックス君は私と一緒に来てくれないか?」
「俺の事知ってるんですか?」
「もちろん。ああナル君。これルスットゥル商会のポーションね」
行った事ないと言っていたのに現物があるだなんて、明らかに疑ってただろ。
まあ持っていなかったからちょうどいいか。