10
俺はごねるアディラに「ジュース奢ってやっただろ」と突き放して、店に戻った。
長くいればその分絞られそうだからな。
そして、研究の続きをする。
とりあえずスカーフも置いてもらえる事にもなったし、金は今の所は大丈夫だろう。
今作っている商品の目処が立ち特許をとってしまえば、ポーションを売らなくても生活が立てられるかもしれない。
キリが良い所まで作って時計を見ると、もう23時だった。
明日も朝から店を開けなければならないから、もう寝ようと思ったらドアが激しく叩かれる。
こんな夜中に不審に思い、窓から外を覗くと、イーサンだった。
ローブではなく黒服を着ている所を見ると、まだ仕事中だろうに、一体何のようだ?
まさか、イーサンの顔で出掛けたのが、もうバレたのか?
でも特に何かした訳じゃないから、明日でもいいだろ。
無視しようと思ったが、ずっとドアを叩かれてるのもウザい。
「うるさい、夜なんだからそんな何度も叩くな」
「ナル起きてたか、あと十秒遅かったら部屋に押し入る所だったぞ」
良かった開けて。
っていうか、俺の家の扉の存在価値が全くない件については、誰に訴えればいいのだろうか?
「もう寝る所だ」
「申し訳ないがちょっと来てくれ、客の一人がおかしくなってるんだ」
「は?医者を呼べよ」
どうせ飲み過ぎとかだろ?
自分の適性の量が呑めないバカみたいな冒険者は大勢居る。
余程の緊急性がない限りは、放置しておけば明日にはケロッとしているだろう。
「医者は行ったが応答がなかった」
まあこの村に住んでる医者は大分高齢だから、この時間ではもう寝てるのも当たり前だな。
「金は払うとシビルは言っている。転移するから早くしろ」
転移の魔法は、少しの距離なのにバカみたいに魔力を食う。
それなのにイーサンが使うというのだから、余程の緊急なのだろう。
「分かった」
俺は非常用の薬の入ったバッグを持ちイーサンに掴まると、速攻景色が変わった。
あっという間にシビルの店の前につく。
堂々と入っていくイーサンの後について、俺もシビルの店に入る。
こんな短期間に何度もシビルの店に出入りする事になるとは思わなかったな。
フロアは浮足だっている。
冒険者達は酒を飲んでいるし、綺麗な女の子達もお喋りをしているが、奥の部屋をチラチラと気にしている。
何かあったのはすぐ分かった。
「そこ、グラスが割れたから気をつけろ」
一箇所のテーブルでは黒服二人が絨毯に這いつくばって、大きなガラスを拾ったり、クリーナーをかけている。
まるで誰かが暴れたかのようだ。
シビルの店で暴れるだなんて、自殺行為もいい所だろう。
「何があった?」
「見た方が早い」
イーサンは躊躇いもなく、奥の部屋を開ける。
「ナルを連れてきたぞ」
奥の部屋には縄で拘束され、黒服に押さえつけられたまま暴れている男と、その男を宥めようとしている男。
そして、女の子を手当しているアディラが居る。
「来たかい」
シビルが疲れたように言う。
「ぐうう、はなせ、虫が、虫が!」
「どうしたんだよ、バート!ここに虫なんて居ないだろ、落ち着け!」
「どうしたんだ、これは?」
あまりにも意味不明な言動に訝しく思う。
黒服がまた暴れだした冒険者を押さえつける。
「大人しくするんだ、今薬屋が来た!」
「昏倒させようと思ったが、何か変な薬でもやってたら困るからとりあえずアンタを呼んだんだ。治療出来るかい?」
黒服は屈強だが、暴れ回っていたらいつかは怪我をするかもしれない。
「とりあえず大人しくさせるか」
俺は持ってきたカバンの中から即効性のある麻痺役をハンカチに染み込ませ、押さえつけている黒服に渡す。
対魔物用のだが、量を間違えなければ人にも使えるだろう。
すぐに薬が効いたのか、男は意識をはっきりさせたまま大人しくなった。
「何をしたんだ!?」
ついていた男がうるさく叫ぶ。
「少し麻痺させただけだ。息が止まらないように横に向けさせておいてくれ」
俺が言うと黒服が男を横に傾ける。
力が入らないのか、男はされるがままだった。
漸く診察が出来る。
異様な発汗に、開ききった瞳孔。
体中に虫が這い回るような幻覚。
「何か変な魔物と戦ったか?」
「い、いいや。今日はダンジョンの20階まで行っただけだ」
20階には幻覚を見せるような魔物は居ない。
「なら薬物による中毒だろう。こいつがいつも飲んでる薬とかあるか?」
「薬物!?そんなもの使う訳ないだろ!」
だろうな。
明らかにシビルの店に来るのも無理してるだろうという貧弱な装備。
ランクでいうとCぐらいだろう。
それに王都じゃあるまいし、依存性のある薬なんてこんな田舎で手に入るとは思いづらい。
新種のモンスターが蔓延ってるのかと思えば、そうでもない。
一体こいつはどこでそんなに大量の薬物を摂取したんだ?
まあ考えるのは俺の仕事ではない。
「医者じゃないから断定は出来ないが、明らかに薬物による中毒である事は症状全てが示している。信じられないなら明日医者に見せればいい」
「それで、ナル。こやつはどうすればいいんだ?」
「とりあえず薬が抜けるまでは拘束しておくのがいいだろうな。何かの薬が酒と過剰に反応しているだけだろう。抜ければ元通りになる」
「本当か?」
「とりあえず発汗作用のある薬を飲ませる。体外に出さない限り、症状は続くだろうから」
俺は持ってきていた薬と睡眠薬を一緒に飲ませる。
これである程度は抜けるだろう。
「大量に汗をかくだろうが、体から異物を出す為だから仕方ない。冷やさないように気をつけてみていろ」
「わ、わかった」
「話は終わった所で、私からも話をしよう」
シビルがいい笑顔で紙をもう一人の冒険者に渡す。
顔が見る見る青ざめるのが分かった。
迷惑料だろうな。
「とりあえず夜も遅いから俺は帰る」
「悪かったね、ナル。請求は明日回す」
「分かった」
シビルは金払いがいいから期待しておく。