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入ってきたのは、この町では見ないタイプの、カッチリとした服装で神経質そうな男だった。
男は物珍しそうに棚へと向かい、カウンターに居る俺の存在には気づいてないようだ。
ジロジロと舐めるように見ていて、時折視線が不自然な方向を見る。
鑑定持ちだな。
という事は、きっと同業者だろう。
こんな寂れた町にやってくるだなんて、不信感しか湧かない。
外から来た人を警戒し始めるだなんて、俺もダックウィードの町に染まってきたのかもしれない。
「何かお探しでしょうか?」
親切を装って声をかけてやると、男は胡散臭そうな笑顔を向ける。
「いい品揃えだね。王都でも中々ここまでの品質のポーションを、安価で売っていないよ」
「ありがとうございます」
「これじゃあ儲けなんてほとんど出ないでしょう?」
いいえ。
原価が安いのでボロ儲けです。とは答えず曖昧に笑って見せる。
「これは中級ポーションだね。それに各種状態異常を回復する薬まで売っている。こんな小さな薬屋にしては種類豊富に置いてあるなんて珍しい」
「ダックウィードはダンジョンのある町ですから」
ダンジョンに出てくる魔物には状態異常をかけてくる魔物も居る。
しかし、この町のダンジョンは攻略されつくしていて、どの階層にどの魔物が出てくるかも丁寧にマップにして売っている。
つまり、階数によって持っていく回復薬も決まっていて対策が容易。
準備する事も容易なのだ。
「ああ、自己紹介をして居なかったね。私は王都でルスットゥル商会を経営しているオーガスタスという。今度この町にも商会を建てようと思っていてね。今日は挨拶に来たんだ」
こんな何もない町に王都に出店するような商会が来るだなんて、有り得ない、いや、無くはないのか?
「そうですか」
適当に相槌を打つとオーガスタスは驚いたような顔をする。
一体この男は何がしたいんだ?
「知らないのかい?今王都で最も人気があるって言われている商会だよ」
「何分この町は田舎のもので、王都の情報はそうそう届かないんです」
そうか。だから町の女達の反応も悪かったのか。と小声で言っている辺り、随分前からこの町を偵察していたのだろう。
まあ、店を開くのは言ってみれば博打みたいなものだから、事前調査をするのは当たり前か。
それにしても、自分から王都一番の商会だって言うなんて、随分と自信過な奴だな。
2年前王都に居た時にはそんな商会の名前は聞いた事がないから、最近出てきたのだろう。
「参ったな。王都から3日離れるだけで、こんなにも情報が遅れてしまうだなんて」
住み始めたらもっとビックリしますよ。
「私が店を開いたら、きっと王都からも人が沢山来るようになって、この町は一新されるだろう」
「そうですか」
そんな上手くいくものなのか?とはおくびにも出さない。
この男はこの町の寂れっぷりを理解しておらず、夢見ているのだろう。
ご愁傷さま。
「……ところで、君が店主なのかい?」
「いいえ。店主は別に居ます」
「呼んでもらえるかい?重要な話しがあるんだ」
「店主は今不在です。代わりに言って貰えれば伝えます」
何だ、回りくどいやつだな。
言いたい事があるならさっさと言え。
「じゃあ単刀直入言うが、この店の薬をうちの店に下ろしてくれないか?値段はこのままでいい。うちでもポーションの類は取り扱っているが、王都からわざわざ薬を運ぶよりも安上がりだし、君も販売する手間が減る。お互いにとっていい話だと思うが」
それは吸収ってやつじゃないか?
「そのような話はお受け出来ないと思います」
「そうか。じゃあ更に売上の二割も渡そう」
こいつ、舐めてるんじゃないだろうか?
「そもそも王都では中級ポーションだったら、倍の値段で売られてるんですよね?もし貴方がこのポーションを王都と同じ値段でこの町で売ったとしたら、二割貰った所で貴方が得をするのでは?」
王都での値段を知られてるとは思わなかったのか、男が驚いたように見る。
しかし、すぐに胡散臭い笑顔に戻った。
「ではこの薬を作っている薬師を引き抜こう」
堂々と言う事なのか?
「今の給料の3倍を出せばいいかな?交渉したいので呼んでもらえないか?」
「必要ありません」
「君には聞いていない。判断するのは薬師だ」
「その薬は全て俺が作っています。必要であれば証明書を見せますが」
「……なんでこんないい腕を持っているのに、小さな町で燻っているんだ。君ならもっと大きな店で働けただろう?」
身分が無かったんですよ。
「丁度いい、君も王都でも有名な商会で働いた方がいいだろ?給料だって多く渡すと言ってる。希望するなら数年働いてもらってからになるが、王都に配属したっていい」
「関係ありません。何も買わないのであれば、お帰りください」
「断った事、後悔するぞ」
オーガスタスは悪役のような台詞を吐いて帰っていった。
面倒な奴が来たな。