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「いらっしゃいませー」


 ココがいつものように満面の笑顔を俺に向ける。

 昼ではない外れた時間だったからか、客は居なかった。

 カウンターの向こうで新聞を読んでいたココの親父、バーグがチラッと俺の方を見たから手をあげると、立ち上がり椅子の上に新聞を置いた。。

 飯を作るのが面倒な時に良く行く「満腹亭」は家族でやっているこじんまりとした定食屋だ。

 味も値段もそこそこで町でも人気がある。

 母親であるコリンナさんは今妊娠中で店を手伝えないから、今はバーグとココが二人で営業している。

 ココは12歳でもうすぐ13歳になる。

 俺と違って王都の学園には通わず、そのまま店を手伝うという。

 まあ、特待生でも無い限り、平民が王都の学園の通うなんてことはほぼ無いからな。

 空いていた席に座ると、チョコチョコとココが水を持ってきてくれる。


「今日の日替りはチキンのソテーかシチューになります」

「チキンのソテーで」


 今日は鳥の魔物に突かれそうになった事だし、八つ当たり気味に決めてしまった。


「分かりました。お父さんチキンのソテーだって!」


 料理を通したのにココは俺の向かいに座った。

 暇なのだろうか?

 まあ他に客も居ないし別にいいか。


「ナルさんがうちに来るっていう事は、今日はダンジョンに行ってたんですか?」


 普段は食堂に行かないから分かっているのだろう。

 狭い町だと往々にしてある事だ。


「ああ。どうしても必要な薬草がダンジョンにしかなかったからな」

「ふうん、つまんないの。もっと凄いダンジョンで凄い魔物と戦ったとか無いの?」


 代わり映えしない話からか、すぐに興味を失くしたようだ。

 ココは異常な事に冒険者という人種に憧れているから、Dランクの俺の冒険よりももっとランクの高い冒険者の話を沢山聞くのが好きなのだろう。


 まあ現実を知らない少女にとっては、強いし夢を追っている人素敵♡と見えるかもしれない。

 現実的に考えたら、ただの定職もつかないプー太郎だ。

 夢はいつか覚めるものだから、生温い目で見ておく。


「ほら、チキンのソテーだ。あまり危険な事するなよ。この町薬屋はお前の店の一軒しかないんだからな」


 客が居ないからか、わざわざキッチンから出てきてバーグが届けてくれた。

 素っ気ないが、俺を案じて言っているという事は分かっているから素直に頷いておく。


「分かってる。危険な場所には行っていない」

「ならいいんだが」


 それだけ言うとバーグはまた新聞を読み始めた。

 ダックウィードでは新聞を発行していないから、わざわざギルドから取り寄せているのだろう。

 冒険者にとって情報が命だから、どのギルドでも無料で読めるが、きっと店を空けておきたくないのだろう。

 俺も頼もうと思ったが、狭い町で王都の最新情報を手に入れた所で使う場所もなく、金の無駄だと思いやめた。

 ココのとりとめない話を聞きながら、やってきた憎き鳥の解体をし始めた。


 ♢


 家に戻ると早速手に入れたバスクフラワーの仕分けする。

 魔力の高い物と低い物と似ているが違うもの。

 色の濃い物、枯れかけているものと種類を分別して適切な処理をする。

 あの場では鑑定する暇もなかったからな。

 薬草は手に入れたからと言ってすぐに使えるようになる訳ではない。

 最初の処理が重要だと学園でも口酸っぱく教えられた。

 今日は使えるようにはならない。

 仕分けが終わったら、とりあえずすぐに処理をしなければならない物を鍋に放り込み、水を入れ、弱火でグツグツと煮る。

 水に溶け出す成分が必要なので、切ったりなどの作業はいらない。

 しかし均一にするために時々かき混ぜなければならない。


 待っている間暇なので、図書館で借りた本を写本する。

 別に勤勉な訳ではない。

 俺のスキルである、ライブラリーという能力を伸ばす為だ。

 12歳の時に神殿に行くと自分のスキルを教えて貰える。

 この世界に来た勇者が開発した魔道具に触れるとわかるのだ。

 スキルとは、自分の適性にあったものをある程度以上勉強するなりこなしたりすると生えてきたり、何故か突然現れるものだ。

 スキルが生えると、その物事に関して少し得意になる。

 例えば剣技レベルが1だと野ウサギ程度しか倒せないが、レベルが4になれば、ピンクペッカーだって一刀で倒せるようになる。

 俺の鑑定の能力も学園に通ってから取得したスキルだ。

 このようにスキルは元から持っているものと、後から持っているものとある。

 代表的なのものは、職業そのものに関するスキルだ。

 大抵の専門職についている人にはそのようなスキルを元から持っている者が多い。

 環境に左右するからだ。

 商売をやっている家では鑑定や礼儀作法に関するスキル。

 農民には身体強化だったり、魔力が高いと水魔法のスキルを持っている者もいる。

 大変便利なのだが、無料で鑑定出来るのは12歳の一回と学園の卒業前の一回のみである。

 再度鑑定する為には多額の寄付金を払わなければならないし、人のスキルを鑑定出来るスキルを持つ人は、城に囲われるか黙っているので、滅多にお目にかかれない。

 なので城に務める人や王都で就職する以外の人は、滅多にスキルの事なんて意識していない。

 大体の人は、スキルとはちょっとした特技のようなもので無くても生きていけるからだ。

 当然ながら、俺も学園を卒業してからは一回も確認していない。


 その中でも、ただの子沢山の農民の家から産まれた俺のスキル、ライブラリーはレアな能力だ。

 なぜ文官系の能力がいきなり生えてきたのかは分からないが、そのおかげで特待生として学園に通う事が出来るようになり、故郷の村から脱出出来たのだから良しとする。

 王都の国で運営している学園は貴族以外にも平民でも通う事が出来る。

 金さえ払えば。

 裕福な商人の娘などは学園を卒業したという箔をつける為に通っていた者も居る。

 しかし特待生で入ると、授業料や衣食住が無料になるからだ。

 ただし、全教科95点以上をとらなければならない為、普通の平民はまず突破出来ない。

 俺は村の図書館の本を片っ端からライブラリーに入れて、試験を突破した非常に珍しい部類だ。

 8人兄妹の真ん中っ子は食い扶持を一人で稼がないと、一生搾取されるからな。

 ライブラリーは、一度読んだ本を頭の中で取り出せるという、使い勝手が微妙な能力だ。

 まあ読んだ本はそのまま処分できるので、場所をとらないという点では利点だ。

 学園に居た頃のテストでは、教科書を丸ごと入れていたから覚える系の問題には非常に有効だった。

 スキルは髪の色が青いだとか、身長が高いとかと同じ、個人の変えられない能力なので、テスト時に使う事を制限されないのが幸いで、ペーパーテストで毎回5番以内だった俺は、特待生のまま学園を卒業した。


 しかし、この能力は決して万能ではない。

 まず、読んだ本をそのまま再現するというだけで、都合の良い情報だけをピックアップする事が出来ないのだ。

 索引がある本なら良いが、無い本はページ数を覚えていないとどこに何が書いてあるか分からなくなる。

 そしてもう一つ。

 頭の中でページを開くのに時間がとてもかかるという事だ。

 疑問にぶち当たった際に、まずは頭の中にある本棚から目当ての本を見つける。

 そこから目当てのページを捲って情報を探すというのは思っているよりも時間のかかる作業なのだ。 

 そして、スキルを使っている間、知り合いに言わせると、とても間の抜けた顔になっているらしい。

 少しでも調べる時間を短縮する為にも良く使いそうなものだけをピックアップして、本に書き写すという地味な努力の積み重ねが必要になる。

 

 学園のペーパーテストをスキルで無双した俺だが、当然だが就職が全く決まらなかった。

 そもそも学園に通うのは貴族が多く、平民は数える程しかいなかった事もある。

 そして城の文官として採用されるのも、貴族の方が圧倒的に多かった。

 別に平民をとらない訳ではない。

 ペーパーテストは合格したのだが、面接時にライブラリーに頼っていた弊害が出てしまった。

 スキルを使っている間に質問が移ってしまい、結局ほとんど答えられなかったのだ。

 当たり前だが、城で働く以上求められるのは専門的な知識が多く、ライブラリーに頼っていた俺は頼っていない、自分の力で解答出来る人に負けたのだ。

 これは今でも若さ故の自惚れで黒歴史でもある。


 それでも就職しない訳には行かない。

 生まれた村に帰るなんて死ぬ程嫌だったからな。

 何とか就職出来たのがダックウィードの町の薬屋だったというだけだ。

 俺を採用した爺さんももう亡くなっていて、孫は家を継ぐ為に半年前から、俺の通っていた学園に通っている。

 孫が本格的に継いだら、俺はまた別の就職場所を決めなければならない。

 その為にも金は必要だ。

 それに新卒と違って経験があるという事は、前よりも就職出来る可能性は高いだろう。

 俺は未来を考えながら鍋をかき回し続けた。

本日のみ、あと一回更新します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 街に一軒しかない薬屋がそれほど大事にされない理由って、何があるのだろう?
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